中町 (掛川市)
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| 中町 | |
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| 大字 | |
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中町の航空写真 (2020年6月16日撮影) | |
北緯34度46分21.99389秒 東経138度0分52.18906秒 / 北緯34.7727760806度 東経138.0144969611度座標: 北緯34度46分21.99389秒 東経138度0分52.18906秒 / 北緯34.7727760806度 東経138.0144969611度 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 人口情報(2024年3月末日[1]) | |
| 人口 | 89 人 |
| 世帯数 | 40 世帯 |
| 郵便番号 | 436-0092 |
| 市外局番 | 0537(掛川MA) |
| ナンバープレート | 浜松 |

静岡県掛川市の北部に位置する。合併前の旧掛川市においては南部に位置していた。東西に伸びた長方形のような形状の大字である。全域が平地であり商店や住居などが多くみられる。西から東に静岡県道37号掛川浜岡線が貫いており、東端が静岡県道254号掛川停車場線と接している。
近隣には大字の名称と集落の名称とが一致しない地が散見されるが、中町においては大字としての住所表記は「中町」[2]と記されるのに対し、集落としては他の大字とともに「町西部」[3]を構成している。
なお、大字としての中町に関する一帯には、掛川市の自治区である中町区が置かれている[4]。中町区は龍尾神社の氏子区域であり[5]、掛川祭では曳き回す屋台に桃太郎が彫られていることから、それに因んで手踊りとして「桃太郎」[6]を披露することでも知られている。
歴史
中町と呼ばれている地は、もともとは遠江国佐野郡掛川宿の一部であった[7]。具体的には、掛川宿のうち中町が、のちの大字としての「中町」と「城下」に該当する[8]。掛川宿は、山内氏領となったが[9]、江戸時代に入ると掛川藩領となった[9]。その掛川宿にある中町は、かつては「中宿」と呼ばれていた[8]。掛川城が築かれたために東海道が逆川の南に移動したことから[8]、それに伴い中宿は中町になったという[8]。掛川宿は、明治元年には駿府藩領となり[9]、明治2年には静岡藩領となった[9]。この掛川宿の中町の一部が、のちの大字としての中町に該当する[8]。
町村制が施行された1889年(明治22年)に掛川宿は下俣町、十九首町、仁藤村の大部分、大池村の一部、葛川村の一部と合併することになり、掛川町が発足した。その後の度重なる市町村合併を経て、この地は掛川市の一部となった。
沿革
世帯数と人口
事業所
2021年(令和3年)現在の事業所数と従業員数は以下の通りである[10]。
| 大字 | 事業所数 | 従業員数 |
|---|---|---|
| 中町 | 39事業所 | 116人 |
小・中学校の学区
交通
バス
- 掛川バスサービス粟本線 - 仲町停留所
- 掛川バスサービス居尻線 - 仲町停留所
- 掛川バスサービス桜木線 - 仲町停留所
- 掛川バスサービス倉真線 - 仲町停留所
- 掛川バスサービス東山線 - 仲町停留所

