掛川 (掛川市)

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掛川
大字
掛川の街並み(手前右~奥左)
(2019年10月撮影)
北緯34度46分31.54627秒 東経138度1分3.90266秒 / 北緯34.7754295194度 東経138.0177507389度 / 34.7754295194; 138.0177507389座標: 北緯34度46分31.54627秒 東経138度1分3.90266秒 / 北緯34.7754295194度 東経138.0177507389度 / 34.7754295194; 138.0177507389
日本の旗 日本
都道府県 静岡県の旗 静岡県
市町村 掛川市
人口情報(2024年3月末日[1]
 人口 1,409 人
 世帯数 639 世帯
設置日 1889年
郵便番号 436-0079
市外局番 0537(掛川MA
ナンバープレート 浜松
ポータルアイコン ポータル 日本の町・字
ポータルアイコン ポータル 静岡県
プロジェクト 日本の町・字
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掛川(かけがわ)は、静岡県掛川市にある大字

河川

掛川祭での西町区の「奴道中」(2015年10月撮影)
掛川祭での瓦町区の「獅子舞かんからまち」(2015年10月撮影)

静岡県掛川市の北部に位置する。合併前の旧掛川市においては南部に位置していた。東西に細長い形状の主要領域と、幾つかの飛地によって構成される大字である。全域が平地であり商店や住居などが多くみられる。主要領域の西端は静岡県道254号掛川停車場線と接し、主要領域の北端は静岡県道415号日坂沢田線と接している。主要領域の南端は逆川と接している。主要領域からみて南東から南西にかけては複数の飛地が点在している。特に最大の飛地が主要領域の南西に位置しており、その東端は静岡県道254号掛川停車場線と接し、その北端は逆川と接している。

近隣には大字の名称と集落の名称とが一致しない地が散見されるが、掛川においては大字としての住所表記は「掛川」[2]と記されるのに対し、集落としては掛川の東側は他の大字とともに「町東部」[3]を構成し、掛川の西側は他の大字とともに「町西部」[4]を構成している。

なお、大字としての掛川に関する一帯には、掛川市の自治区として西町区や瓦町区など複数の区が置かれている[5]。西町区は龍尾神社の氏子区域であり[6]掛川祭において「奴道中」を披露することで知られている[7]。1895年(明治28年)の日清戦争の勝利を祝したのが発祥とされ[8]、1936年(昭和11年)を最後にいったん中断した[8]。しかし、1961年(昭和36年)より奴道中のみが復活し[8]、1988年(昭和63年)からは規模を拡大して大名行列として披露されるようになったが[8]、後年になってまた奴道中のみとなっている[8]。また、瓦町区も龍尾神社の氏子区域であり[6]、掛川祭において「獅子舞かんからまち」を披露することで知られている[7][9]。この「獅子舞かんからまち」は東日本にみられる風流系に属する獅子舞であり[9]、一人立ち三頭獅子の舞である[10]。地べたでは披露しない格式の高い舞とされており、路上で舞う際には必ず茣蓙を敷くことになっている[11]明応年間~文亀年間(1492年~1505年)の頃、朝比奈泰煕掛川城を築城したのちに牛頭天王社に獅子頭を奉納したのが発祥とされている[11]。これらの余興は、他の大字に位置している仁藤町区が披露する「大獅子」と並び「掛川祭三大余興」とされている[12]。大字としての掛川に関する一帯には、そのほかにも多くの自治区が置かれており、掛川祭においてはそれぞれの自治区が余興の披露や山車の曳き回しを行っている。

歴史

掛川城天守(2018年3月中旬撮影)

大字として「掛川」と呼ばれている地は、もともとは遠江国佐野郡掛川宿の一部であった[13]。具体的には、掛川宿のうち新町[14]、西町[15]、研屋町[16]、瓦町といった町丁[17]、のちの大字としての「掛川」に該当する[14][15][16][17]。掛川宿は、山内氏領となったが[18]江戸時代に入ると掛川藩領となった[18]。大字の「掛川」に該当する地には、掛川城の天守などが設けられていた[19]。また、1619年(旧暦元和5年)には、上張村の一部と増田村の一部が新町として独立したうえで[14]、掛川宿に組み込まれることになった[14]。掛川宿は、明治元年には駿府藩領となり[18]、明治2年には静岡藩領となった[18]。この掛川宿の一部が、のちの大字としての掛川に該当する[13]

町村制が施行された1889年(明治22年)に掛川宿は下俣町、十九首町、仁藤村の大部分、大池村の一部、葛川村の一部と合併することになり、掛川町が発足した。その際に従来の宿駅自然村は大字とされることになり[20]、掛川町の大字として「掛川」が設置された[20]。その後の度重なる市町村合併を経て、この地は掛川市の一部となった。なお、後年になって大字としての掛川は細分化され、大字としての「仁藤町」などが掛川から独立を果たした。

沿革

掛川の航空写真(2020年6月16日撮影)
  • 1871年 - 佐野郡静岡県に移管。
  • 1871年 - 佐野郡が浜松県に移管。
  • 1876年 - 佐野郡が静岡県に移管。
  • 1889年 - 静岡県佐野郡掛川宿、下俣町、十九首町、仁藤村の大部分、大池村の一部、葛川村の一部が合併して掛川町を設置。掛川町の大字として掛川を設置。
  • 1896年 - 静岡県佐野郡、城東郡が合併して小笠郡を設置。
  • 1954年 - 静岡県小笠郡掛川町が曽我村東山口村を編入して掛川市を設置。

世帯数と人口

掛川祭での城内区の山車

2024年(令和6年)3月末日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

大字世帯数人口
掛川639世帯1409人

事業所

大日本報徳社大講堂(2017年2月3日撮影)

2021年(令和3年)現在の事業所数と従業員数は以下の通りである[21]

大字事業所数従業員数
掛川99事業所781人

小・中学校の学区

公立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[22][† 1]

自治区小学校中学校
新町区掛川市立第一小学校掛川市立東中学校
道神町区
神明町区
松尾区
城内区
研屋町区掛川市立中央小学校掛川市立西中学校
西町区
瓦町区

交通

バス

  • 掛川バスサービス市街地循環線 - 中町商店街停留所、西町商店街西停留所、神明町停留所
  • 掛川バスサービス桜木線 - 中町商店街停留所、仲町停留所、西町商店街西停留所
  • 掛川バスサービス粟本線 - 仲町停留所
  • 掛川バスサービス居尻線 - 仲町停留所
  • 掛川バスサービス倉真線 - 仲町停留所
  • 掛川バスサービス東山線 - 仲町停留所

道路

施設

淡山翁記念報徳図書館(左奥)と掛川市立中央図書館(右)(2017年2月3日撮影)
掛川城公園(2007年10月撮影)
竹の丸(2017年2月3日撮影)

史跡

掛川城御殿(2006年10月2日撮影)

その他

脚注

関連項目

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