交響曲第49番 (ハイドン)
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いわゆる、ハイドンの「シュトゥルム・ウント・ドラング(疾風怒濤)期」に書かれた短調の交響曲の一つであり、自筆原稿から1768年に作曲されたことがわかっている。
ハイドン自身の命名ではないものの、現在は『受難』という愛称で呼ばれており、これはおそらく第26番『ラメンタチオーネ』と同様の「受難交響曲」であったとH.C.ロビンス・ランドン[1]や大宮真琴[2]は考えているが、古くは『陽気なクエーカー教徒』(イタリア語: Il Quakero di bel´humore)という、今とは全く異なる愛称で呼ばれていることをエレーン・シスマンは指摘した[3]。
ジェームズ・ウェブスターは『受難』の愛称が真正のものではなく、また受難週や復活祭と関連する証拠は何もないとして、むしろ劇付随音楽に由来する可能性があるとしている[4]。




