北川ひかる
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| 名前 | ||||||||||||||
| 愛称 | ひかる、きゃた、ひかるん[1]、おでこ | |||||||||||||
| カタカナ | キタガワ ヒカル | |||||||||||||
| ラテン文字 | KITAGAWA Hikaru | |||||||||||||
| 基本情報 | ||||||||||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1997年5月10日(28歳)[1] | |||||||||||||
| 出身地 | 石川県金沢市[1] | |||||||||||||
| 身長 | 164cm[1] | |||||||||||||
| 体重 | 53kg[1] | |||||||||||||
| 選手情報 | ||||||||||||||
| 在籍チーム |
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| ポジション | DF、MF | |||||||||||||
| 背番号 | 13 | |||||||||||||
| 利き足 | 左足[1] | |||||||||||||
| ユース | ||||||||||||||
| リリーズ | ||||||||||||||
| 星稜PELバディ | ||||||||||||||
| 菊川FC Jr. | ||||||||||||||
| 2010-2015 | JFAアカデミー福島 | |||||||||||||
| クラブ1 | ||||||||||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||||||||||
| 2010-2015 |
| 56 | (17) | |||||||||||
| 2015-2018 |
| 43 | (4) | |||||||||||
| 2018-2023 |
| 76 | (3) | |||||||||||
| 2023-2024 |
| 22 | (6) | |||||||||||
| 2024-2025 |
| 17 | (2) | |||||||||||
| 2025- |
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| 通算 | 214 | (32) | ||||||||||||
| 代表歴2 | ||||||||||||||
| 2013-2014 |
| 14 | (9) | |||||||||||
| 2015-2016 |
| 14 | (1) | |||||||||||
| 2017- |
| 31 | (2) | |||||||||||
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1. 国内リーグ戦に限る。2025年7月9日現在。 2. 2026年4月17日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||||||||||
北川 ひかる(きたがわ ひかる、1997年5月10日 - )は、石川県金沢市出身の女子サッカー選手。ウィメンズ・スーパーリーグのエヴァートンFC所属。サッカー日本女子代表。ポジションはディフェンダーおよびミッドフィールダー。JFAアカデミー福島5期生。早稲田大学スポーツ科学部卒業[2]。
ユース
サッカーをやっていた兄の影響と、保育園時代のサッカー教室がきっかけで5歳の時にサッカーを始める。小学校では星稜PELバディと菊川FC Jr.の2クラブに在籍していた[3]。金沢市立泉野小学校出身[4]。
2009年、ナショナルトレセンU-12北信越に選抜され、頭角を現し始める。
- JFAアカデミー福島
2010年、小学校卒業と同時にJFAアカデミー福島に入校(5期生)。男子も含めて初の石川県出身のアカデミー生となり、親元を離れ寮生活を送る事になった[3]。同年U-13日本女子選抜に選ばれ、海外遠征に参加した。
2012年12月9日、第34回皇后杯3回戦のアルビレックス新潟レディース戦でスタメン中唯一の中学生ながらフル出場し、1ゴール1アシストの全ゴールに絡む活躍でチームを2-1の勝利へと導いた[5][6]。中学生と高校生の混成チーム[注釈 3]がなでしこリーグに所属する社会人チームに勝利した「大番狂わせ」として報道された[7]。
2015年4月、浦和レッズレディースに特別指定選手として入団、なでしこリーグ1部の試合に出場し始める。国内リーグでは2つのチームを掛け持つ過密日程をこなし、JFAアカデミー福島の10番としてチャレンジWESTの得点ランキング1位(9得点)に輝き得点能力の高さを見せつけた。
シニア
- 浦和レッズレディース
2016年、早稲田大学に進学し[8]、浦和レッズレディースに正式入団。チームがリーグ開幕から第7節まででわずか「勝ち点1」という創設以来の苦境に陥る中、第8節伊賀戦、第9節千葉戦と連続で決勝点をアシストしてチームの連敗を6で止めると、レギュラーシーズンを中断して行われた6月12日のリーグカップ第2節湯郷ベル戦において、味方のコーナーキックからシュートを決め、なでしこリーグ初ゴールを上げた。
最終的にリーグ戦においては、チームの総得点18のうち10得点に直接絡み、3ゴール4アシスト、ゴール数・シュート数ともにチーム最多、DF登録で出場した選手としてはリーグ最多得点、さらにカップ戦でも2ゴール1アシストするなど、新人SBとしては驚異的な数字を残し、一時はリーグ最下位に落ち込んだ名門チームを降格の危機から救った。
- アルビレックス新潟レディース
2018年9月19日、3年半在籍した浦和レッズレディースを離れ、同じなでしこリーグ1部のアルビレックス新潟レディースへ完全移籍する事が発表された[9][10]。移籍発表当日から練習参加し、5日後のリーグ第12節のセレッソ大阪堺レディース戦でフル出場1アシストすると[11]、その後は最終節まで全試合に出場し、移籍後7試合で1ゴール3アシストを記録、特に第15節の古巣・浦和レッズレディースとの対戦では、1ゴール1アシストと全得点に絡む活躍でチームを勝利へと導いた[12]。
- INAC神戸レオネッサ
2023年7月7日、INAC神戸レオネッサへの完全移籍が発表された[13]。INACの新体制発表会見で2年続けてのオファーであったことを明かしている[14]。
パリオリンピック敗退後の2024年8月9日、海外挑戦のためINAC神戸レオネッサを退団することを発表した[15]。
- BKヘッケンFF
同年8月19日にスウェーデンの女子1部リーグ・ダームアルスヴェンスカンのBKヘッケンFFへの移籍が発表された[16]。
- エヴァートンFC
2025年7月9日、イングランドのウィメンズ・スーパーリーグに所属するエヴァートンFCへの移籍が発表された[17]。
代表
- U-17日本女子代表
2013年9月、AFC U-16女子選手権(中華人民共和国・南京市)に出場、FWやMFなど複数のポジションをこなし、6得点の活躍でチームの優勝に貢献した。
2014年3月、2014 FIFA U-17女子ワールドカップ(コスタリカ)に出場。この頃から左SBが定位置になる。決勝を除く全ての試合に出場し、大会を通じてわずか1失点の守備陣の要として活躍した(北川が出場していた時間帯での失点はゼロ)。準決勝のベネズエラ戦で相手選手と接触、脳震盪を起こし退場、本人は出場の意志を示したが、ドクターストップにより決勝は欠場を余儀なくされる。優勝が決まった瞬間はピッチに駆け出し仲間を涙で祝福した[4]。
- U-19日本女子代表
2015年8月には、AFC U-19女子選手権(中華人民共和国・南京市)に出場、グループリーグ初戦のオーストラリア戦で負傷し、タンカで運び出されるアクシデントに見舞われたが、その後は決勝を含む3試合にフル出場し、北朝鮮との決勝では延長戦でも決着がつかないない中、PK戦の3人目のキッカーとして落ち着いてPKを決め、チームの優勝に貢献した。
- 日本女子代表(なでしこジャパン)
2017年のアルガルヴェ・カップで初招集された[18]が、その後定着することは出来なかった。
2024年6月14日、2024年パリオリンピックに出場するなでしこジャパンメンバーに選出された[19]。しかし、同年7月13日、地元である石川の金沢ゴーゴーカレースタジアムで行われたオリンピック壮行試合・ガーナ戦の終盤で右膝の軟骨を負傷し退場[20]。五輪直前での怪我で代表離脱も心配されたがチームには帯同し、7月31日に行われたグループステージ第3戦のナイジェリア戦にようやく先発で復帰を果たすと、前半終了間際に獲得したFKのキッカーを長谷川唯に勧められ、見事に自身のサッカー人生初の直接FKを初出場の五輪の舞台で決めてみせた[21][22]。