中島依美

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愛称 えみ[1]
カタカナ ナカジマ エミ
ラテン文字 NAKAJIMA Emi
国籍 日本の旗 日本
中島 依美
名前
愛称 えみ[1]
カタカナ ナカジマ エミ
ラテン文字 NAKAJIMA Emi
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1990-09-27) 1990年9月27日(34歳)
出身地 滋賀県野洲市
身長 158cm[1]
体重 50kg[1]
選手情報
在籍チーム 大韓民国の旗 慶州韓国水力原子力英語版
ポジション MF
利き足 右足[1]
ユース
野洲ジュニアフットボールクラブ
2003-2005 ラガッツァFC高槻
2005-2008 FCヴィトーリア
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2009-2022 日本の旗 INAC神戸レオネッサ 221 (34)
2022-2025 日本の旗 マイナビ仙台レディース 63 (6)
2025- 大韓民国の旗 慶州韓国水力原子力英語版
通算 284 (40)
代表歴2
2010  日本U-20 3 (1)
2011-2021  日本 90 (14)
獲得メダル
女子サッカー
アジア大会
2018 ジャカルタ女子
1. 国内リーグ戦に限る。2025年5月17日現在。
2. 2021年7月30日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

中島 依美(なかじま えみ、1990年9月27日 - )は、滋賀県野洲市出身の女子サッカー選手。慶州韓国水力原子力WFC英語版所属。元サッカー日本女子代表。ポジションはミッドフィールダー滋賀県立野洲高等学校出身。

ユース

小学4年生の時にサッカーを始め、野洲ジュニアフットボールクラブに入団[2]。中学生時代はスペランツァF.C.高槻の下部組織であるラガッツァFC高槻スペランツァでプレーしていた。チームメートには阪口夢穂上辻佑実がいた。[3]

2004年、中学2年生の時にU-15大阪府選抜チームに選出されて全日本女子ユース (U-15)サッカー選手権大会に出場しベスト4を経験した。同年U-18大阪府選抜チームにも選出されて全日本女子ユース (U-18)サッカー選手権大会に出場[4]、大会準優勝を経験した。

2005年、ラガッツァ高槻の選手・スタッフがスペランツァ高槻傘下を離れてFCヴィトーリアを立ち上げる際に参加。

2006年、滋賀県立野洲高等学校に進学。中島が受験した直前には、乾貴士らを擁した男子サッカー部が第84回全国高等学校サッカー選手権大会で全国制覇を成し遂げており、「受験者が増えるなあ」と心配したというが、無事合格した[5]。高校卒業までFCヴィトーリアでプレーし、その間国民体育大会滋賀県選抜チームに選出されて近畿地区ブロック大会にも出場した。

シニア

2009年、高校卒業後INAC神戸レオネッサに入団。加入初年度は11試合に出場して1得点を挙げ、加入2年目は3トップの一角でレギュラーとしてプレーするようになった。

2013年11月、なでしこリーグのベストイレブンに初めて選出された[6]

2017年シーズン、チームは2年連続での2位に終わったが、リーグの個人表彰では敢闘賞と2013年以来2度目となるベストイレブンに選出された[7][8]

2022年7月25日マイナビ仙台レディースへの移籍が発表された[9]2022-23シーズンはリーグ開幕戦でゴールを挙げるなど、公式戦全試合に出場し3得点。

2025年5月22日、契約満了に伴い仙台を退団することを発表[10][11]。同年7月10日、韓国WKリーグ慶州韓国水力原子力WFC英語版へ加入することが発表された[12]

代表

2010年、FIFA U-20女子ワールドカップに出場。4-4-2システムを採用する同代表では右MFとしてグループリーグ3試合にフル出場し、右足でのプレースキッカーを務めた。3戦目のイングランド戦では先制点を挙げ、右サイドからのフリーキックによって2得点目をアシストした[13][14]

2011年5月、W杯を直前に控えた日本女子代表のアメリカ遠征で、なでしこジャパンに初選出された[15]。その後、W杯本大会には選出されなかったものの、同年8月に行われた、なでしこジャパンvsなでしこリーグ選抜では、リーグ選抜に選出されスタメン出場した[16]

2013年7月、東アジアカップ2013の初戦中国戦で後半12分にゴールを決め、代表初得点を記録した[17][18][19]

2015年7月、中国武漢で行われた東アジア杯のメンバーに、合宿中に怪我をした小原由梨愛に代わり急遽追加招集された[20][21]。第2戦の韓国戦では先制点となるミドルシュートを決めた[22]

2016年、リオデジャネイロオリンピックのサッカー女子アジア最終予選の日本代表メンバーに選出され、ベトナム戦では先制点をアシストしたが、チームは予選3位となり五輪出場権を逃した[23][24]

人物

2020年2月11日しがスポーツ大使に就任した[25]

個人成績

タイトル

脚注

外部リンク

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