大野貴洋
From Wikipedia, the free encyclopedia
中学時代は日高ボーイズでプレー[1]。所沢商高野球部では1年生から三塁手のレギュラーとなり、高校通算71本塁打を記録。これは当時歴代13位の記録であり、高校時代は正真正銘のスラッガーであった。
1996年のドラフト会議で横浜ベイスターズから3位指名され入団。左の長距離砲候補として期待されたが、二軍でも5年間で通算7本塁打とプロの壁に苦しみ、一軍出場のないまま2001年限りで退団。
2002年からは社会人野球の東京ガスに加入してプレーを継続。2008年限りで退部し現役を引退した。
その後はプロ・アマの経験や人脈を基に多くの理論・理論を収集して学童野球指導に携わり[2]、少年学童野球チームの「世田谷SKバッグス」で監督を務めた[3]。また、NPB12球団ジュニアトーナメントのベイスターズJr.のサポートコーチを務めたり[4]、ベイスターズ野球教室や野球ふれあいファミリーイベントに球団OB講師として参加したり[5][6]と、プロとして在籍した横浜の後進球団である横浜DeNAベイスターズとも学童野球指導者として関わりを持っていた。
2023年より、東京ガスのヘッドコーチに就任し[7][8]、2025年シーズンまで務めた[9]。
2026年1月22日、横浜DeNAベイスターズとコーチ契約を結ぶことが発表された。二軍野手育成コーチを務める[9][10]。
詳細情報
年度別打撃成績
- 一軍公式戦出場なし
背番号
- 31 (1997年 - 2001年)
- 83 (2026年 - )