石上泰輝

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (2001-05-18) 2001年5月18日(24歳)
身長
体重
172 cm
85 kg
石上 泰輝
横浜DeNAベイスターズ #44
2026年3月22日 西武ドームにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 徳島県鳴門市
生年月日 (2001-05-18) 2001年5月18日(24歳)
身長
体重
172 cm
85 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 遊撃手三塁手
プロ入り 2023年 ドラフト4位
初出場 2024年3月29日
年俸 1500万円(2026年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

石上 泰輝(いしかみ たいき、2001年5月18日 - )は、徳島県鳴門市出身[1]プロ野球選手内野手)。横浜DeNAベイスターズ所属。

2024年3月9日 横浜スタジアムにて

プロ入り前

鳴門市明神小学校で2年生の時に明神ブレーブスで野球を始める[2]鳴門市第一中学校では軟式野球部に所属し、3年時は主将を務めて全国中学校軟式野球大会に出場した[2]

徳島県立徳島商業高等学校では1年夏からベンチ入りし、2年秋から二塁手のレギュラーを務めた。この時点では高校卒業後に野球を引退して就職する意向だったが、その後出場した秋季四国大会にて、英明との初戦で4安打を記録して勝利に貢献[3]。大舞台で結果を残し、「関東の大学でプレーしたい」という意欲が芽生えた[3]。3年夏は徳島大会準決勝で鳴門に敗れ、3年間で甲子園大会出場はなかった[3]。高校通算11本塁打[2]

高校卒業後は東洋大学へ進学。1年秋からベンチ入りし、2年秋から二塁手のレギュラーを務めた。3年春からは遊撃手を務め、中央大学との入れ替え戦第1戦では西舘勇陽から満塁本塁打を放ち勝利に貢献したが、その後連敗し1部リーグ昇格を逃した[4]。4年春のリーグ戦では駒澤大学との入れ替え戦に勝利し、1部リーグ昇格を果たした[5]

2023年10月26日に開催されたドラフト会議にて、横浜DeNAベイスターズから4位指名を受けた[6]。指名当日は、大学同期の細野晴希が先に北海道日本ハムファイターズから1位指名を受けていたため、細野を囲み野球部の集合写真撮影が行われていた瞬間に石上もDeNAから指名を受け、仲間の歓声で指名に気付き祝福を受けた[7]。11月20日に契約金4900万円、年俸850万円(金額はいずれも推定)で仮契約した[8]。背番号は44[9]

DeNA時代

2024年は、春季キャンプからA班でのスタートとなり、練習試合からパンチ力のある打撃でアピールを続け、オープン戦では3月3日のオリックス・バファローズ戦(京セラドーム)で平野佳寿から、12球団の新人選手では第1号となる本塁打を記録した[10]。規定打席未満ながら打率.327を記録。5つの盗塁を成功させてオープン戦の盗塁王となった[11]。開幕一軍入りとなり、3月29日の広島東洋カープとの開幕戦(横浜スタジアム)では、「8番・遊撃手」で先発出場した。初打席ではバットを折られて一塁前のゴロになるものの、一塁手のジェイク・シャイナーが送球先を迷う間に一塁を駆け抜け、初安打を記録した[12]。この後に「1番・右翼手」で先発出場した度会隆輝の初安打となる本塁打で本塁を踏み、開幕戦で新人が揃って初安打を記録するのは球団初となった[13]。その後も多くの試合で遊撃手として先発起用されていたが、4月26日の試合での安打を最後に20打席無安打と調子を落とし、5月9日に出場選手登録を抹消された[14]。7月18日、チーム事情で出場辞退した井上絢登に代わってフレッシュオールスターゲームに補充された[15]。20日開催のそのフレッシュオールスターではイースタンの「1番・三塁手」として先発出場すると、2打席目に先制点となる1点本塁打を放ち[16]、優秀選手賞を受賞した[17]。その後はシーズン終了まで一軍昇格は無く、1年目の一軍成績を26試合、打率.183、3打点で終え[18]、二軍では78試合、打率.222、4本塁打、20打点の成績を残した[19]。11月9日、100万円増となる推定年俸950万円で契約を更改した[20]

2025年は開幕を二軍で迎える。二軍で23試合に出場し、打率.309、10打点、4盗塁と躍動すると、森敬斗に代わって4月26日に同年初めて一軍昇格した[21]。27日の対広島戦で「8番・遊撃手」として同年初スタメン起用された[22]。この年もDeNAは遊撃を固定できておらず、代走や守備固めの起用が多いながらも、石上も時折スタメン起用されながら一軍で過ごした。8月29日の中日ドラゴンズ戦(横浜スタジアム)では、3点を追う9回裏1死一塁の場面で中日の守護神・松山晋也からプロ初本塁打を打った[23]。しかし、実はこの打席の前の走塁で右小指を負傷しており、翌30日の試合も患部を固定して代走で出場はしたものの、31日に右小指MP関節橈側側副靭帯付着部剥離骨折で登録抹消となった[24]。9月6日の二軍戦で実戦に復帰し[25][26]、「痛みを我慢しながらもプレーできる範囲」との判断で、9月10日に抹消期間最短10日での一軍復帰となった[27][28]。9月上旬からは遊撃のレギュラーに定着し、レギュラーシーズン73試合に出場。クライマックスシリーズにも出場した[29]。11月5日、同月15日・16日開催の「ラグザス 侍ジャパンシリーズ2025 日本 vs 韓国」の日本代表メンバーに追加招集された[30]。同シリーズには2試合とも出場し、シーズンでは1試合しか守らなかった二塁のポジションに両試合とも就いた。1日目は途中出場でいずれも四球の3出塁と2盗塁を決め[31]、2日目は先発出場して一時勝ち越しとなる適時打など3打点を記録するなど躍動した[32]

2026年2月3日、WBC日本代表(侍ジャパン)のサポートメンバーに選出されたことが発表された。春季キャンプ終了後の2月24日に侍ジャパンに合流し、同月28日の「ラグザス 侍ジャパンシリーズ2026 名古屋」まで参加し[33][34]、27日・28日の2試合とも途中出場で三塁のポジションに就いた[35][36]

選手としての特徴・人物

遠投120メートルの強肩と、50メートル5秒9の俊足を武器にした打撃と守備が持ち味[37]。本職の遊撃のほか、二塁三塁も守れる[38]

筋肉量の多いガッチリとした体格で、ベンチプレスは140kg、デッドリフトは260kgを持ち上げるほどのパワーを持ち、打撃のタイプとしては石井琢朗コーチからはパワーヒッターと評されている[39]

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
2024 DeNA 2679713134001732020620173.183.247.239.486
2025 731581411534902491632201421422.241.314.348.662
通算:2年 9923721218471302661952402041595.222.292.311.603
  • 2025年度シーズン終了時

年度別守備成績



二塁三塁遊撃




































2024 DeNA -412001.000224248413.957
2025 114001.00013214031.0005457108319.982
通算 114001.00017316031.0007699156732.973
  • 2025年度シーズン終了時

記録

初記録

背番号

  • 44(2024年[9] - )

登場曲

奇数打席

偶数打席

脚注

関連項目

外部リンク

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