深沢鳳介
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| 横浜DeNAベイスターズ #43 | |
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2026年3月8日、横須賀スタジアムにて | |
| 基本情報 | |
| 国籍 |
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| 出身地 | 東京都江戸川区 |
| 生年月日 | 2003年11月5日(22歳) |
| 身長 体重 |
177 cm 74 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2021年 ドラフト5位 |
| 初出場 | 2026年4月7日 |
| 年俸 | 520万円(2025年)[1] |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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深沢 鳳介(ふかざわ おうすけ、2003年11月5日 - )は、東京都江戸川区出身[2]のプロ野球選手(投手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。
プロ入り前
小学校1年生から地元の野球チーム「雷サンダース」で野球を始める[3]。江戸川区立上一色中学校では軟式野球部に入部し、2年生の時に二塁手から投手に転向[4]。中学では東京大会準優勝、関東大会優勝を果たす[5]。
中学の2学年上に横山陸人がおり、横山を追って専修大学松戸高等学校へ進学[6]。監督の持丸修一からサイドからのリリースが一番力の入る腕の高さだと見立てられ、入学後すぐにスリークォーターから横山と同じサイドスローに転向した[3]。3年春にはエースとして第93回選抜高等学校野球大会に同校史上初出場。中京大中京高校の畔柳亨丞と互角に投げ合い3安打に抑える好投を見せるも0対2で負け1回戦敗退[2][7]。夏の第103回全国高等学校野球選手権大会では1回戦で選抜準優勝の明豊高校を9回無四球完封勝利で破り専大松戸を甲子園初勝利に導くも[8][9]、2回戦で長崎商業高校に敗れた[10]。
2021年10月11日に行われたドラフト会議にて、横浜DeNAベイスターズから5巡目で指名を受けた[11]。担当スカウトは吉見祐治[12]。11月14日、契約金3000万円、年俸480万円で契約した(金額は推定)[13]。背番号は43[14]。
DeNA時代
2022年、入団後しばらくは同期入団の小園健太と共に二軍で体作りに励み、7月28日のイースタン・リーグの読売ジャイアンツ戦でリリーフ登板し、1回を無失点に抑えて実戦デビューを果たした[15][16]。最終的に二軍戦で4試合に登板し、打者20人に対して5奪三振、無四球と、持ち味の制球力を見せた。
2023年、開幕から二軍の先発ローテーションに加わる。15試合に先発し、6勝6敗、防御率3.28の成績を残す。68奪三振、17与四球でK/BBは4.00を記録した。この年まで二軍監督を務めた仁志敏久は、この年の深沢の投球内容について「打線が打っていれば多分2軍で最多勝を獲れたくらい安定している」と評した[17]。
2024年は、初めて春季キャンプをA班で迎え、対外試合2試合を投げ5回無失点被安打1とほぼ完璧な投球でアピールを続け、一軍の開幕ローテーション候補にも挙がっていたが[18]、2月25日に行われた東北楽天ゴールデンイーグルスとのオープン戦(宜野湾)で2回を無失点に抑えたところで肘の張りを訴え降板[19]。リハビリ組に合流した後、3月19日に右肘内側側副靱帯再建術(トミー・ジョン手術)を受けたことが球団から発表された[20]。以降はリハビリに専念し、シーズン終了後の11月15日、育成契約への移行が発表された[21]。背番号は043に変更された[22]。
2025年6月12日、イースタン・リーグの千葉ロッテマリーンズ戦に登板し、約1年3か月ぶりの実戦復帰を果たした[23]。同年はイ・リーグ4試合に登板し、13イニングを投げて防御率3.46、13奪三振を記録[24]。オフの11月13日、翌年から再び支配下選手登録となることが発表され、背番号も43となった[25]。
2026年は、オープン戦1試合に登板し、3回を被安打1、無失点と好投した[26]。開幕は二軍で迎えるも、2試合の先発で防御率1.13と安定のある投球を見せる[27]と、4月7日の中日ドラゴンズ戦(横浜スタジアム)、インフルエンザ罹患のため登板回避したジョン・デュプランティエの代役(感染症特例の代替指名選手)に抜擢され、一軍初登板初先発を果たす。4回1失点で初勝利の権利はつかめなかったが、緊急登板ながら試合を作る役割を果たした[28](チームは5対3で勝利)。16日、デュプランティエの一軍復帰に伴い、代替指名選手の深沢は登録を一度抹消された[29]が、21日に再登録された[30]。しかし同日の先発登板では結果を残せず、翌日に登録を抹消された[31]。