中川虎大
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| 横浜DeNAベイスターズ #64 | |
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2022年3月5日 横浜スタジアム | |
| 基本情報 | |
| 国籍 |
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| 出身地 | 和歌山県和歌山市 |
| 生年月日 | 1999年10月2日(26歳) |
| 身長 体重 |
178 cm 85 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2017年 育成選手ドラフト1位 |
| 初出場 | 2019年7月28日 |
| 年俸 | 2300万円(2026年)[1] |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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中川 虎大(なかがわ こお、1999年10月2日 - )は、和歌山県和歌山市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。
プロ入り前
5歳から「野崎少年野球」で軟式野球を始め[2]、和歌山市立貴志南小学校時代には、捕手として貴志南野球団でプレー。小学6年時には、スポーツ少年団の全国大会で準優勝を経験した[3]。
和歌山市立貴志中学校への進学後は和歌山シニアへ入団したが、1年時に右肘を痛めた。手術を経て復帰した後は「4番・三塁手」としてレギュラーに定着していたが、2年時の冬に「遊びたくなった」という理由で退団し、一時は野球と距離を置いていた[2]。しかし、3年時の7月に、全国高等学校野球選手権和歌山大会の決勝(智弁和歌山高校対和歌山市立和歌山高等学校)を観戦し、同試合で市立和歌山が延長12回の末にサヨナラ勝利で全国大会出場を決めたシーンに遭遇したことから、野球熱が再燃したという[4]。
実母の従兄弟に和歌山県立箕島高等学校OBの木村竹志(「石井毅」として在学中の1979年にエースとして甲子園球場の全国大会で春夏連覇を達成)がいる縁で、3年時の秋から木村が理事長を務めるNPO法人の野球教室に参加[2]。中学卒業後は同校へ進学した[3]。入学の直後に自身の希望で投手に転向する[4]と、2年時の秋から主将を務めるとともに、エースの座を確保[3]。さらに、2年時のトレーニングによってストレートの球速が短期間で149km/hにまで達し[4]、NPB球団のスカウトから注目されるようになった。しかし、投球の安定感に課題があったことから、3年夏の選手権和歌山大会には背番号10の救援投手として登板[5]。在学中には全国大会と無縁であったが、3年時の秋には、プロ志望届を日本学生野球協会に提出した[6]。
2017年10月26日に行われたドラフト会議で、横浜DeNAベイスターズから育成選手ドラフト1位で指名を受け、支度金300万円、年俸360万円(金額は推定)という条件で、育成選手として入団した[7]。背番号は104[8]。
DeNA時代
2018年は、イースタン・リーグ公式戦17試合に登板。5勝5敗、防御率5.00という成績を残した。

2019年は、イースタン・リーグの開幕から、二軍の先発ローテーションに定着。前半戦は13試合に登板し、リーグトップの8勝(3敗)、防御率2.00という好成績を残した。7月11日のフレッシュオールスターゲーム(楽天生命パーク宮城)にも、同リーグ選抜チームの2番手投手として2回表から登板。2イニングを投げて2点を失いながらも、2三振を奪った[9]。7月14日には、支配下選手契約へ移行し、背番号を93に変更することが発表された[10][11]。7月28日の対中日ドラゴンズ戦(ナゴヤドーム)で、先発投手として一軍公式戦デビューを果たした[12][13]。一軍公式戦全体では3試合の登板(1試合に先発)で0勝1敗だったが、イースタン・リーグ公式戦では規定投球回に到達し、リーグ唯一の2桁勝利(11勝)とリーグトップの防御率(2.25)を記録した。
2020年は、開幕前の練習試合では一軍に帯同したが、巨人戦で2回を2失点、四死球5など制球難から開幕ローテ争いから外れるも[14]、二軍での好投が認められ7月4日のヤクルト戦で初先発を果たしたが、3回4失点で降板した[15]。同16日の中日戦では、わずか1回1失点で降板し、二軍降格となった[16]。降格した二軍戦で負傷交代し戦線を離れるも、9月に復帰し、11月に再び一軍に昇格。同4日の中日戦で二番手として登板し、2回無失点に抑え、さらにプロ初安打を放つなどの活躍を残した。シーズンオフには20万円増の推定年俸470万円でサインした。
2021年は、開幕二軍スタートとなったが、怪我や不調など先発不足なチーム事情のため4月後半に一軍昇格を果たした。6月2日のソフトバンク戦では、自身最長の6回を投げ1失点と好投するも勝ちがつかなかった[17]。最終的には7試合の登板(5試合に先発)で白星を掴むことができず、後半戦は一軍出場がなかった。シーズンオフには190万円増の推定年俸660万円で契約を更改した[18]。また、背番号が64に変更されることが発表された[19]。
2022年は、開幕は二軍で迎え、交流戦期間中の6月9日に一軍昇格となり、中継ぎとして待機していたが登板機会がないまま登録抹消となる[20]。8月1日に開催された大学・社会人選抜 対 U-23 NPB選抜にて、U-23 NPB選抜のメンバーに選出[21]、2点リードの9回に登板し、3人で締めセーブを記録する[22]。その後、一軍昇格し8月14日のヤクルト戦がシーズン初登板となり2回を無失点に抑える[23]。その後もビハインドの場面で中継ぎとして好投を続けたが[24]、9月23日、チームが2位に位置した中での首位ヤクルトとの直接対決で、7点リードの9回を任されると、ホセ・オスナから3点本塁打を打たれて1イニング持たずに降板し、登録抹消されシーズンを終えた[25]。イースタン・リーグ公式戦では32試合に登板し、2勝1敗8セーブ、防御率2.86という成績だった。シーズン終了後の10月31日、横浜市内の病院にて右肘クリーニング手術を行ったことを発表した[26]。
2023年は、6月5日に一軍へシーズン初登録され、4試合に登板した後6月29日に登録を抹消された[27]。シーズン終盤の9月1日に再び一軍へ登録[28]されて以降は最後までチームに帯同し続け、最終的に9試合の登板で防御率2.53の成績を収めた。シーズン終了後の11月14日、高校1年時から8年間交際を続けていた女性と前年9月に婚姻届を提出していたことを発表した[29]。
2024年は、4月26日に一軍へ同年初登録された[30]。6月1日の北海道日本ハムファイターズとの交流戦、同点の8回に4番手で登板して三者凡退に抑えると、次の回でチームが勝ち越したため、プロ初勝利を記録した[31]。一時は勝ちパターンを任されるなど、自己最多の31試合に登板して、1勝3敗10ホールド、防御率3.19を記録していたが[32]、8月12日の広島東洋カープ戦での登板で1回2失点で降板後に右肘の違和感を訴え、翌8月13日に登録抹消となった[33]。8月27日には右肘のクリーニング手術を受けたことが発表された[34]。11月29日、760万円増となる推定年俸1520万円で契約を更改した[32]。
選手としての特徴
人物
虎大と書いて「こお」と読む名前は、工藤公康のファンであった実母が「公康」の「公(こう)」を名前の読みに入れ、阪神タイガースのファンである実父が、阪神のチーム名をモチーフにした「虎」の字を入れたが、姓名判断で「う」と読ませる(運勢の)良い漢字が見当たらなかったため、読み方は「こお」とした[2]。
中川自身は阪神の藤川球児に憧れを抱き、小学生のときからフォークを投げるためにソフトボールを挟んで指を広げていた[40]。
4歳下の実弟である大雅も母校である箕島高校に進学しており、最速143km/hの左腕投手。3年生のときの2021年には「プロ注目」とも報じられたが、「(プロは)現状では無理なので、大学で力をつけて目指す」と[41]、関西国際大学に進学している[42]。
詳細情報
年度別投手成績
| 年 度 | 球 団 | 登 板 | 先 発 | 完 投 | 完 封 | 無 四 球 | 勝 利 | 敗 戦 | セ 丨 ブ | ホ 丨 ル ド | 勝 率 | 打 者 | 投 球 回 | 被 安 打 | 被 本 塁 打 | 与 四 球 | 敬 遠 | 与 死 球 | 奪 三 振 | 暴 投 | ボ 丨 ク | 失 点 | 自 責 点 | 防 御 率 | W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2019 | DeNA | 3 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | .000 | 25 | 5.0 | 7 | 2 | 3 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 3 | 3 | 5.40 | 2.00 |
| 2020 | 3 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | .000 | 27 | 6.1 | 6 | 2 | 4 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 5 | 5 | 7.11 | 1.58 | |
| 2021 | 7 | 5 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | .000 | 122 | 26.1 | 32 | 3 | 15 | 0 | 0 | 24 | 1 | 0 | 22 | 19 | 6.49 | 1.78 | |
| 2022 | 8 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 46 | 10.1 | 8 | 1 | 7 | 0 | 1 | 11 | 0 | 0 | 5 | 5 | 4.35 | 1.45 | |
| 2023 | 9 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | .000 | 41 | 10.2 | 9 | 2 | 3 | 0 | 0 | 10 | 0 | 0 | 3 | 3 | 2.53 | 1.13 | |
| 2024 | 31 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 3 | 0 | 10 | .250 | 134 | 31.0 | 29 | 2 | 10 | 2 | 1 | 30 | 2 | 0 | 11 | 11 | 3.19 | 1.26 | |
| 2025 | 30 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 3 | .000 | 106 | 25.2 | 24 | 3 | 7 | 2 | 0 | 25 | 1 | 0 | 9 | 9 | 3.16 | 1.21 | |
| 通算:7年 | 91 | 8 | 0 | 0 | 0 | 1 | 8 | 1 | 13 | .111 | 501 | 115.1 | 115 | 15 | 49 | 4 | 2 | 106 | 4 | 0 | 58 | 55 | 4.29 | 1.42 | |
- 2025年度シーズン終了時
年度別守備成績
| 年 度 | 球 団 | 投手 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 試 合 | 刺 殺 | 補 殺 | 失 策 | 併 殺 | 守 備 率 | ||
| 2019 | DeNA | 3 | 1 | 2 | 0 | 0 | 1.000 |
| 2020 | 3 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1.000 | |
| 2021 | 7 | 1 | 1 | 0 | 0 | 1.000 | |
| 2022 | 8 | 1 | 2 | 0 | 0 | 1.000 | |
| 2023 | 9 | 1 | 1 | 0 | 0 | 1.000 | |
| 2024 | 31 | 3 | 6 | 0 | 0 | 1.000 | |
| 2025 | 30 | 1 | 3 | 0 | 0 | 1.000 | |
| 通算 | 91 | 8 | 16 | 0 | 0 | 1.000 | |
- 2025年度シーズン終了時
記録
- 初記録
- 投手記録
- 初登板・初先発登板:2019年7月28日、対中日ドラゴンズ16回戦(ナゴヤドーム)、2回1失点で敗戦投手
- 初奪三振:同上、1回裏に阿部寿樹から空振り三振
- 初ホールド:2024年5月25日、対広島東洋カープ10回戦(横浜スタジアム)、5回表二死に2番手で救援登板、1/3を無失点
- 初勝利:2024年6月1日、対北海道日本ハムファイターズ2回戦(エスコンフィールドHOKKAIDO)、8回裏に4番手で救援登板、1回無失点
- 初セーブ:2025年10月1日、対東京ヤクルトスワローズ25回戦(横浜スタジアム)、9回表に7番手で救援登板・完了、1回無失点
- 打撃記録
- 初打席:2019年7月28日、対中日ドラゴンズ16回戦(ナゴヤドーム)、3回表に笠原祥太郎から見逃し三振
- 初安打:2020年11月4日、対中日ドラゴンズ23回戦(ナゴヤドーム)、6回表に勝野昌慶から右越二塁打
- 初打点:2021年6月22日、対読売ジャイアンツ9回戦(石川県立野球場)、2回表にエンジェル・サンチェスから左前適時打
