竹田祐

From Wikipedia, the free encyclopedia

国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1999-07-05) 1999年7月5日(26歳)
身長
体重
184 cm
96 kg
竹田 祐
横浜DeNAベイスターズ #12
三菱重工West時代
(2024年11月3日 京セラドーム大阪
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大阪府大東市[1]
生年月日 (1999-07-05) 1999年7月5日(26歳)
身長
体重
184 cm
96 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2024年 ドラフト1位
初出場 2025年8月16日
年俸 1600万円(2025年)[2]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

竹田 祐(たけだ ゆう、1999年7月5日 - )は、大阪府大東市出身のプロ野球選手投手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。

プロ入り前

父の竹田勉は元プロアメリカンフットボール選手(元三菱銀行センチュリアンズマイカルベアーズ→アズワンブラックイーグルス[3]。幼い頃からアメフトの楕円球キャッチボールをしていたため、投球の基礎は出来ていたという[3]

大東市立住道南小学校2年からオール住道で野球を始め、大東市立住道中学校では生駒ボーイズでプレー[1]

履正社高等学校では1年秋に遊撃手のレギュラーを獲得。2年春から投手を務めると、1学年上の寺島成輝山口裕次郎と盤石の投手陣を形成し春季近畿大会優勝、夏季大阪大会優勝を果たす(竹田の登板は夏季大阪大会1回戦のみ)。最上級生となった秋からはエースとなり、秋季大阪大会は準優勝だったものの、秋季近畿大会、国体明治神宮野球大会で優勝を経験。その後、3年春に出場した第89回選抜高等学校野球大会でもエースを務め、準優勝に貢献した[1]。同期に安田尚憲がいる。

高校卒業後は明治大学へ進学。最終学年では1学年上の入江大生からエースナンバーを受け継ぎ、4年間でリーグ通算11勝を挙げた[4][5]。同期の外野手・丸山和郁とともにプロ志望届を提出したが[6]2021年のドラフト会議では丸山が東京ヤクルトスワローズから2位指名を受けるも、竹田の指名はなかった[1]

大学卒業後は三菱重工West硬式野球部に所属し、1年目から都市対抗日本選手権への登板を経験。しかし、2年目は調子を崩し、ドラフト解禁年の2023年のドラフト会議でも指名漏れを経験した[1]

2024年10月24日に行われたプロ野球ドラフト会議において、金丸夢斗を抽選で外した横浜DeNAベイスターズより1位指名を受けた[7]。11月26日には神戸市内のホテルで契約金1億円、年俸1600万円で仮契約を行った(金額は推定)[2]。背番号は12[8]。担当スカウトは藤田和男[9]

DeNA時代

2025年は開幕を二軍で迎えた。イースタン・リーグで登板を続けるも調子は上がらず、球速を求めてフォームに力みが生じた結果、一時は球速が130 km/h台にまで落ちていた[10]。二軍での初勝利を挙げるまでに10試合以上も要したが[11]、フォームを修正して本来の投球を取り戻していき[10]、8月16日に前日に腰の違和感が生じたアンソニー・ケイの代替の先発投手として一軍に昇格[12]。その日の中日ドラゴンズ戦(バンテリンドーム ナゴヤ)で初先発すると、7回を投げ被安打2、無失点、6奪三振の投球内容で勝利投手となった。チームのドラフト1位投手としては、19年ぶりのプロ初登板初先発初勝利を挙げた選手となった[10]。8月24日の読売ジャイアンツ戦(東京ドーム)にも先発登板し、6回1失点の内容にまとめると登板2戦目で2勝目を挙げた[13]。翌8月25日、登録を抹消された[14]。9月6日に再登録され[15]、同日の東京ヤクルトスワローズ戦で本拠地・横浜スタジアムでの初登板を果たしたが、先発で6回途中3失点の内容で初敗戦を喫した[16]

2026年は開幕先発ローテーション入りを目指して調整し[17]、4月2日の開幕6戦目、対阪神タイガース戦(京セラドーム大阪)で今季初登板初先発する[18]

選手としての特徴

直球の最速は153km/h。変化球はカーブスライダーチェンジアップフォークを投げ[19]、特にカーブは大きな落差がある。完成度が高くゲームメーク能力に長けている[20]。野球評論家の野口寿浩は「ゆったりしたフォームから、切れのいい球がひゅんと来る感じ。打者から見て打ちにくさを感じる投手です」[21]、野球解説者の大矢明彦は「セットで構えて足を上げて左足が着地する前に1回伸びるんですよね。伸びてそれから着地する間があるので、バッターは意外とタイミングが取りにくいと思いますね」[22]と、ともに打者が打ちにくいフォームであると評している。

プロ入り1年目は走者がいない場面でもセットポジションで投げていたが、2年目はワインドアップでの投球に変更した[17]

人物

2度の指名漏れを経験した際、野球を辞めようとしていたが、1学年上の入江大生に電話をした時に入江に背中を押され、2024年のドラフト会議でプロ入りすることとなる[23]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2025 DeNA 660004100.80014137.123310112700771.690.88
通算:1年 660004100.80014137.123310112700771.690.88
  • 2025年度シーズン終了時

年度別打撃成績

















































O
P
S
2025 DeNA 615110000000003010080.000.000.083.083
通算:1年 615110000000003010080.000.000.083.083

年度別守備成績



投手












2025 DeNA 621001.000
通算 621001.000
  • 2025年度シーズン終了時

記録

初記録
投手記録
打撃記録
  • 初打席:2025年8月16日、対中日ドラゴンズ19回戦(バンテリンドームナゴヤ)、2回表に高橋宏斗から見逃し三振

背番号

  • 12(2025年[8] - )

脚注

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI