竹田祐
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| 横浜DeNAベイスターズ #12 | |
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三菱重工West時代 (2024年11月3日 京セラドーム大阪) | |
| 基本情報 | |
| 国籍 |
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| 出身地 | 大阪府大東市[1] |
| 生年月日 | 1999年7月5日(26歳) |
| 身長 体重 |
184 cm 96 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2024年 ドラフト1位 |
| 初出場 | 2025年8月16日 |
| 年俸 | 1600万円(2025年)[2] |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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竹田 祐(たけだ ゆう、1999年7月5日 - )は、大阪府大東市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。
プロ入り前
父の竹田勉は元プロアメリカンフットボール選手(元三菱銀行センチュリアンズ→マイカルベアーズ→アズワンブラックイーグルス)[3]。幼い頃からアメフトの楕円球でキャッチボールをしていたため、投球の基礎は出来ていたという[3]。
大東市立住道南小学校2年からオール住道で野球を始め、大東市立住道中学校では生駒ボーイズでプレー[1]。
履正社高等学校では1年秋に遊撃手のレギュラーを獲得。2年春から投手を務めると、1学年上の寺島成輝、山口裕次郎と盤石の投手陣を形成し春季近畿大会優勝、夏季大阪大会優勝を果たす(竹田の登板は夏季大阪大会1回戦のみ)。最上級生となった秋からはエースとなり、秋季大阪大会は準優勝だったものの、秋季近畿大会、国体、明治神宮野球大会で優勝を経験。その後、3年春に出場した第89回選抜高等学校野球大会でもエースを務め、準優勝に貢献した[1]。同期に安田尚憲がいる。
高校卒業後は明治大学へ進学。最終学年では1学年上の入江大生からエースナンバーを受け継ぎ、4年間でリーグ通算11勝を挙げた[4][5]。同期の外野手・丸山和郁とともにプロ志望届を提出したが[6]、2021年のドラフト会議では丸山が東京ヤクルトスワローズから2位指名を受けるも、竹田の指名はなかった[1]。
大学卒業後は三菱重工West硬式野球部に所属し、1年目から都市対抗と日本選手権への登板を経験。しかし、2年目は調子を崩し、ドラフト解禁年の2023年のドラフト会議でも指名漏れを経験した[1]。
2024年10月24日に行われたプロ野球ドラフト会議において、金丸夢斗を抽選で外した横浜DeNAベイスターズより1位指名を受けた[7]。11月26日には神戸市内のホテルで契約金1億円、年俸1600万円で仮契約を行った(金額は推定)[2]。背番号は12[8]。担当スカウトは藤田和男[9]。
DeNA時代
2025年は開幕を二軍で迎えた。イースタン・リーグで登板を続けるも調子は上がらず、球速を求めてフォームに力みが生じた結果、一時は球速が130 km/h台にまで落ちていた[10]。二軍での初勝利を挙げるまでに10試合以上も要したが[11]、フォームを修正して本来の投球を取り戻していき[10]、8月16日に前日に腰の違和感が生じたアンソニー・ケイの代替の先発投手として一軍に昇格[12]。その日の中日ドラゴンズ戦(バンテリンドーム ナゴヤ)で初先発すると、7回を投げ被安打2、無失点、6奪三振の投球内容で勝利投手となった。チームのドラフト1位投手としては、19年ぶりのプロ初登板初先発初勝利を挙げた選手となった[10]。8月24日の読売ジャイアンツ戦(東京ドーム)にも先発登板し、6回1失点の内容にまとめると登板2戦目で2勝目を挙げた[13]。翌8月25日、登録を抹消された[14]。9月6日に再登録され[15]、同日の東京ヤクルトスワローズ戦で本拠地・横浜スタジアムでの初登板を果たしたが、先発で6回途中3失点の内容で初敗戦を喫した[16]。
2026年は開幕先発ローテーション入りを目指して調整し[17]、4月2日の開幕6戦目、対阪神タイガース戦(京セラドーム大阪)で今季初登板初先発する[18]。
選手としての特徴
直球の最速は153km/h。変化球はカーブ、スライダー、チェンジアップ、フォークを投げ[19]、特にカーブは大きな落差がある。完成度が高くゲームメーク能力に長けている[20]。野球評論家の野口寿浩は「ゆったりしたフォームから、切れのいい球がひゅんと来る感じ。打者から見て打ちにくさを感じる投手です」[21]、野球解説者の大矢明彦は「セットで構えて足を上げて左足が着地する前に1回伸びるんですよね。伸びてそれから着地する間があるので、バッターは意外とタイミングが取りにくいと思いますね」[22]と、ともに打者が打ちにくいフォームであると評している。
プロ入り1年目は走者がいない場面でもセットポジションで投げていたが、2年目はワインドアップでの投球に変更した[17]。
人物
詳細情報
年度別投手成績
| 年 度 | 球 団 | 登 板 | 先 発 | 完 投 | 完 封 | 無 四 球 | 勝 利 | 敗 戦 | セ 丨 ブ | ホ 丨 ル ド | 勝 率 | 打 者 | 投 球 回 | 被 安 打 | 被 本 塁 打 | 与 四 球 | 敬 遠 | 与 死 球 | 奪 三 振 | 暴 投 | ボ 丨 ク | 失 点 | 自 責 点 | 防 御 率 | W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2025 | DeNA | 6 | 6 | 0 | 0 | 0 | 4 | 1 | 0 | 0 | .800 | 141 | 37.1 | 23 | 3 | 10 | 1 | 1 | 27 | 0 | 0 | 7 | 7 | 1.69 | 0.88 |
| 通算:1年 | 6 | 6 | 0 | 0 | 0 | 4 | 1 | 0 | 0 | .800 | 141 | 37.1 | 23 | 3 | 10 | 1 | 1 | 27 | 0 | 0 | 7 | 7 | 1.69 | 0.88 | |
- 2025年度シーズン終了時
年度別打撃成績
| 年 度 | 球 団 | 試 合 | 打 席 | 打 数 | 得 点 | 安 打 | 二 塁 打 | 三 塁 打 | 本 塁 打 | 塁 打 | 打 点 | 盗 塁 | 盗 塁 死 | 犠 打 | 犠 飛 | 四 球 | 敬 遠 | 死 球 | 三 振 | 併 殺 打 | 打 率 | 出 塁 率 | 長 打 率 | O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2025 | DeNA | 6 | 15 | 11 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 1 | 0 | 0 | 8 | 0 | .000 | .000 | .083 | .083 |
| 通算:1年 | 6 | 15 | 11 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 1 | 0 | 0 | 8 | 0 | .000 | .000 | .083 | .083 | |
年度別守備成績
| 年 度 | 球 団 | 投手 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 試 合 | 刺 殺 | 補 殺 | 失 策 | 併 殺 | 守 備 率 | ||
| 2025 | DeNA | 6 | 2 | 1 | 0 | 0 | 1.000 |
| 通算 | 6 | 2 | 1 | 0 | 0 | 1.000 | |
- 2025年度シーズン終了時
記録
- 初記録
- 投手記録
- 初登板・初先発登板・初勝利・初先発勝利:2025年8月16日、対中日ドラゴンズ19回戦(バンテリンドーム ナゴヤ)、7回2安打無失点
- 初奪三振:同上、2回裏にマイケル・チェイビスから見逃し三振
- 打撃記録
- 初打席:2025年8月16日、対中日ドラゴンズ19回戦(バンテリンドームナゴヤ)、2回表に高橋宏斗から見逃し三振
背番号
- 12(2025年[8] - )