小金井駅
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| 小金井駅 | |
|---|---|
|
東口(2024年6月) | |
|
こがねい Koganei | |
![]() | |
| 所在地 | 栃木県下野市小金井3009 |
| 所属事業者 | 東日本旅客鉄道(JR東日本) |
| 所属路線 |
■宇都宮線 (線路名称上は東北本線) |
| キロ程 |
88.1 km(東京起点) 東京から尾久経由で88.3 km |
| 電報略号 | カネ |
| 駅構造 | 地上駅(橋上駅) |
| ホーム | 2面4線[1] |
| 乗車人員 -統計年度- |
3,791人/日(降車客含まず) -2024年- |
| 開業年月日 | 1893年(明治26年)3月25日 |
| 備考 | 直営駅(管理駅) |

小金井駅(こがねいえき)は、栃木県下野市小金井にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)の駅である。
当駅に乗り入れている路線は、線路名称上は東北本線であるが、運転系統上・旅客案内上は宇都宮線(または「宇都宮線(東北線)」)として案内される。 駅北側には小山車両センターがあるため、当駅を起点・終点とする列車が多数設定されているほか、一部の列車は当駅で増解結を行う。
- 1893年(明治26年)3月25日:日本鉄道の駅として開業[2]。
- 1906年(明治39年)11月1日:鉄道国有法により国有化[2]。
- 1909年(明治42年)10月12日:線路名称制定により東北本線の所属となる。
- 1945年(昭和20年)7月28日:大戦中の空襲で宇都宮市に来襲した米軍機が東北本線上り旅客列車を追尾して機銃掃射[3]。当駅で停車後にも急襲(小金井空襲)。乗客乗員や列車を待っていた人等30余名が死亡した。西口にこの空襲による犠牲者を追悼する「平和の礎」がある。
- 1967年(昭和42年)11月6日:駅舎改築[4]。
- 1978年(昭和53年)3月31日:貨物の取り扱いを廃止[2]。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、東日本旅客鉄道の駅となる[2]。
- 2000年(平成12年)2月15日:自動改札機を設置し、供用開始[5]。
- 2001年(平成13年)11月18日:ICカードSuica供用開始。
- 2018年(平成30年)3月31日:構内にあったKIOSKが閉店。
- 2023年(令和5年)10月5日:みどりの窓口の営業を終了[6]。
- 2024年(令和6年)3月16日:小山営業統括センター発足に伴い、同センター管区内となった雀宮駅の管理業務を宇都宮駅から引き継ぐ。
駅構造
島式ホーム2面4線と留置線2線を持つ地上駅[1]。橋上駅舎を有する。小山営業統括センター管理の直営駅で、同センター管轄の地区駅として自治医大駅・石橋駅・雀宮駅を管理する。
のりば
| 番線 | 路線 | 方向 | 行先 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1・2 | ■ 宇都宮線(東北線) | 下り | 宇都宮・黒磯方面[7] | 朝6時台の1本のみ日光線直通 |
| 3・4 | ■ 宇都宮線(東北線) | 上り | 小山・大宮・上野方面[7] | 一部列車は2番線 |
| ■ 湘南新宿ライン | 大宮・新宿・横浜方面[7] | |||
| ■ 上野東京ライン | 上野・東京・横浜方面[7] | |||
| ■ 留置線 | - | (ホームはなく、小山車両センターの留置線として使用) | ||
- 付記事項
- 湘南新宿ラインは新宿駅経由で横須賀線に直通し、上野東京ラインは上野駅・東京駅経由で東海道線に直通する。
- 上野方面からの列車の約半数は当駅で折り返す。かつては日中の湘南新宿ラインからの列車も当駅折り返しが多かったが、2010年12月4日のダイヤ改正で日中時間帯の全列車が宇都宮駅まで延長された。これに伴い、上野駅発着の列車が1時間に1本当駅折り返しから古河駅折り返しに短縮された。
- 15両編成の一部列車は当駅で増解結を行う。
- かつては両毛線との直通列車が存在したが、2019年春のダイヤ改正をもって消滅している。
- 当駅北方の車両基地、小山車両センターに烏山線の列車が出入庫のために当駅に入線するが、旅客営業はせず、回送のみである。
- 改札口(2021年9月)
- 切符売り場(2021年9月)
- ホーム(2024年6月)
駅構内施設
自動券売機[6]、多機能券売機、指定席券売機[6]、Suica対応自動改札機、トイレ、ホーム連絡用のエレベーターが設置されている。
利用状況
JR東日本によると、2024年度(令和6年度)の1日平均乗車人員は3,791人である[利用客数 1]。
2000年度(平成12年度)以降の推移は以下のとおりである。
| 1日平均乗車人員推移 | ||||
|---|---|---|---|---|
| 年度 | 定期外 | 定期 | 合計 | 出典 |
| 2000年(平成12年) | 4,039 | [利用客数 2] | ||
| 2001年(平成13年) | 4,002 | [利用客数 3] | ||
| 2002年(平成14年) | 3,991 | [利用客数 4] | ||
| 2003年(平成15年) | 3,944 | [利用客数 5] | ||
| 2004年(平成16年) | 3,990 | [利用客数 6] | ||
| 2005年(平成17年) | 3,947 | [利用客数 7] | ||
| 2006年(平成18年) | 3,980 | [利用客数 8] | ||
| 2007年(平成19年) | 4,068 | [利用客数 9] | ||
| 2008年(平成20年) | 4,122 | [利用客数 10] | ||
| 2009年(平成21年) | 4,024 | [利用客数 11] | ||
| 2010年(平成22年) | 3,988 | [利用客数 12] | ||
| 2011年(平成23年) | 3,954 | [利用客数 13] | ||
| 2012年(平成24年) | 1,161 | 2,718 | 3,879 | [利用客数 14] |
| 2013年(平成25年) | 1,174 | 2,790 | 3,965 | [利用客数 15] |
| 2014年(平成26年) | 1,192 | 2,718 | 3,911 | [利用客数 16] |
| 2015年(平成27年) | 1,219 | 2,743 | 3,962 | [利用客数 17] |
| 2016年(平成28年) | 1,242 | 2,785 | 4,028 | [利用客数 18] |
| 2017年(平成29年) | 1,297 | 2,892 | 4,190 | [利用客数 19] |
| 2018年(平成30年) | 1,326 | 2,868 | 4,194 | [利用客数 20] |
| 2019年(令和元年) | 1,291 | 2,844 | 4,136 | [利用客数 21] |
| 2020年(令和2年) | 604 | 2,245 | 2,850 | [利用客数 22] |
| 2021年(令和3年) | 739 | 2,253 | 2,993 | [利用客数 23] |
| 2022年(令和4年) | 991 | 2,360 | 3,351 | [利用客数 24] |
| 2023年(令和5年) | 1,175 | 2,455 | 3,631 | [利用客数 25] |
| 2024年(令和6年) | 1,246 | 2,545 | 3,791 | [利用客数 1] |
駅周辺
駅北側には小山車両センターがある。
- 下野小金井郵便局
- 足利小山信用金庫小金井支店
- 栃木銀行小金井支店
- 足利銀行小金井支店
- 下野市立国分寺中学校
- 下野市立国分寺小学校
- 下野市立国分寺東小学校
- 下野市立国分寺図書館
- 栃木県道104号小金井停車場線
- 夢庵栃木小金井店
- ダイソー
- 浄法堂
- たいらや
- 天平の丘公園
- 琵琶塚古墳
- 摩利支天塚古墳
- 鶴巻公園
- 小金井一里塚
- 金井神社
- 下野国分寺跡
- JAおやま国分寺支店(2024年1月閉鎖)
路線バス
- 小山市コミュニティバス「おーバス」
- 羽川線(小山駅西口行き)
その他
- 当駅の宇都宮寄りには小山車両センターが設置されており、当駅始発・終点の列車と夜間滞泊などの留置運用が多く設定されている。また、宇都宮方面発着の15両編成の列車は当駅で連結・切り離しを行う列車がある。2006年7月8日のダイヤ改正で自治医大駅 - 宇都宮駅間各駅のホーム有効長を15両編成分に延伸するまでは当駅が宇都宮線内での15両編成対応ホームの北限だったため、15両編成で運行される宇都宮方面への列車は全列車が車両の連結・切り離しを行っていた。
- 2017年2月1日より、当駅以北のすべての駅での乗降ドアの開閉は通年で自動ではなく押ボタン式になる。
- 当駅以外に「小金井」が付く駅名は、武蔵小金井駅と東小金井駅、新小金井駅(以上東京都小金井市)、花小金井駅(同小平市)がある。当駅がそれらより古いため、新小金井駅は小金井市内では最も古いにもかかわらず「新」を冠している。一方、自治体名は東京が小金井市・栃木が下野市(旧下都賀郡国分寺町)で、集配郵便局名は東京が小金井郵便局・栃木が下野小金井郵便局[注 1]である。
- 西口に小金井運転区事務所がある。エレベーター付近にグリーンアテンダントセンターがある。
- 当駅を含む下野市内3駅の発車メロディを、「下野市の歌」にする計画がある。作曲は矢内弘子[8]。
