赤瀬川原平
日本の前衛美術家、随筆家、作家 (1937-2014)
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人物
経歴
生い立ち
父親は鹿児島県出身で倉庫会社勤務のサラリーマン。「赤瀬川骨茶」という俳号で俳句も詠んだ。母親は東京府出身。原平は6人兄弟姉妹の下から2番目。兄弟はみな芸術的なことが好きで、原平はとくに絵が好きだった。一家は父親の転勤であちこちに移り、原平は幼稚園時代から大分県大分市で育つ。
幼少は内気な引っ込み思案で寝小便の癖がなかなか治らず、完全に治ったのは中学3年だった。「おねしょは中学2年生まで毎晩のようにしていて、自分の運命を憎み、死んでしまいたいと思っていた」というコンプレックスが自意識を目覚めさせたと書いている[9]。
1945年、大分市立金池小学校3年生の時に敗戦。父親は職を失い、母親の内職を一家で手伝う。 小学生時代、絵が好きな雪野恭弘(のち画家)と親友になる。雪野とは大分市立上野ヶ丘中学校時代、そして武蔵野美術学校も同窓として交際が続く。中学時代の転校生には、のちにソ連問題の専門家になった木村汎(山村美紗の弟)がいる。
5歳上の兄・赤瀬川隼と磯崎新が旧制中学の同級生で、磯崎が赤瀬川家によく遊びに来ていた。原平が中学生の時、磯崎が創立していた絵の同好会「新世紀群」に雪野とともに参加。ここで4歳年上の吉村益信と知り合う。
大分県立大分舞鶴高等学校に進学して2か月後、一家は名古屋へ引越し、愛知県立旭丘高等学校美術科に転校。油絵を習う。同級生に荒川修作、岩田信市(のち画家、演出家)がいた。
吉村益信の勧めで、吉村が進学した武蔵野美術学校油絵科に進む。だが仕送りは2か月で止まり、サンドイッチマンのアルバイトで食いつなぐ。アルバイト仲間からは本や映画について学んだ。
1956年には、上京していた姉・晴子と一緒に住み、姉の誘いで砂川基地反対闘争に参加する。
前衛芸術
「心はいつもアヴァンギャルド」といい[9]、1958年、第10回読売アンデパンダン展に初出品。以後、1964年に同展が終了するまで出品を続ける。詳細は『反芸術アンパン』(ちくま文庫)を参照。
1959年には、数年来の持病の十二指腸潰瘍の手術のため名古屋に戻る。そこで伊勢湾台風に遭遇し、九死に一生を得る。手術により、以後は脂っこいものがあまり食べられなくなる[10]。
1960年、吉村の誘いで「ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ」に参加。赤瀬川は荒川修作をグループに紹介し参加させた。篠原有司男の母親に姓名判断をしてもらったところ「下の名前の画数が足りない」といわれ、「克彦」よりさらに画数が少ない「原平」をペンネームとして採用[6][要ページ番号][11]。赤瀬川は「ヴァギナのシーツ」など、ゴム・チューブを素材としたオブジェを製作した。1962年には、ポスターカラーで描いた絵画「破壊の曲率」でシェル美術賞に入選。
1962年に、松田政男・山口健二・川仁宏らが企画した「自立学校」に学生として参加[12]。
1963年、高松次郎・中西夏之とともにハイレッド・センターを結成。名称は3人の頭文字(高・赤・中)から命名。「首都圏清掃整理促進運動」などのパフォーマンスを行う。詳細は『東京ミキサー計画―ハイレッド・センター直接行動の記録』 (ちくま文庫)を参照。
赤瀬川は個人としても、扇風機などの身の回りの品物を包装紙で梱包する「梱包作品」を制作。このコンセプトは最終的に、缶詰のラベルを缶の内側に貼って宇宙全体を梱包したと称する「宇宙の缶詰」に至る[注 1]。
この頃、ナム・ジュン・パイク、オノ・ヨーコ、横尾忠則らとも知り合っている。「とくにパイクは、ハイレッド・センターのよき理解者だった」と赤瀬川は「東京ミキサー計画」で書いている。
千円札裁判
1963年1月[13]、「千円札の表だけを一色で印刷したもの」(模型千円札)に手を加えたものを作品として発表する。また、千円札を詳細に観察し肉筆で200倍に拡大模写した作品「復讐の形態学」(殺す前に相手をよく見る)を制作し、1963年3月に[14]読売アンデパンダン展に発表した。同1963年に、平岡正明・宮原安春ら「犯罪者同盟」が発行した単行本『赤い風船あるいは牝狼の夜』により、平岡らが猥褻図画頒布で逮捕された際、同著に赤瀬川の「千円札を写真撮影した作品」が掲載されていたことから、赤瀬川の作品は警察の知るところとなる。その後、曲折があり、1965年に「模型千円札」が通貨及証券模造取締法違反に問われ、起訴される。弁護人には瀧口修造といった美術界の重鎮たちが名を連ね、話題となった。1967年6月の東京地方裁判所の一審で「懲役3月、執行猶予1年、原銅版没収」の判決。控訴ののち1970年に執行猶予つきの有罪確定。その後、前衛芸術からは身を引くようにしていく[9]。
美学校
「千円札裁判」の事務局長を務めた川仁宏(現代思潮社)が創設した「美学校」では、1970年から1986年まで(1971年は中断)「絵・文字工房」の講師をつとめた。初期は松田哲夫が助手をつとめ、のち元生徒の南伸坊に代わった。
講義内容は、赤瀬川がその時点で熱中していたもの「マッチのラベル絵」「宮武外骨」「考現学」「新聞の尋ね人案内」「トマソン」「1円で何が買えるか」など-であった。その教室からは、平口広美・南伸坊・渡辺和博・泉晴紀・久住昌之・森伸之・上原ゼンジ・まどの一哉・井上則人らのクリエイターが輩出している。なお、南のペンネーム「伸坊」及び渡辺和博のあだ名「ナベゾ」は、宮武外骨の『滑稽新聞』の絵師に由来するものである。
櫻画報
『ガロ』1970年6月号に掲載された「お座敷」で漫画家デビュー。1970年代から『朝日ジャーナル』(朝日新聞社)や『月刊漫画ガロ』(青林堂)などで漫画家として活動した。つげ義春の「ねじ式」のパロディである予告漫画「おざ式」(『ガロ』1973年7月号掲載)などを発表した。
『朝日ジャーナル』に連載した『櫻画報』では「櫻画報こそ新聞であり、この周りにある『雑誌状の物』は櫻画報の包み紙である」と主張。最終回(1971年3月19日号)では、「アカイ/アカイ/アサヒ/アサヒ」という国民学校時代の国語教科書の例文をパロディ化し、挿絵の水平線から昇る太陽を『朝日新聞』のロゴに描き換えたイラストを描いた。ヌードの表紙と赤瀬川の「櫻画報」が読者に誤解を与えかねないことを理由として、当該号は自主回収された[15][16]。この事件で編集長が更迭された他、朝日新聞出版局では61名の人事異動がなされ、『朝日ジャーナル』自体も2週間にわたって休刊した[17]。
その後、『櫻画報』の連載は『ガロ』等で復活し、他にも様々な雑誌を「雑誌ジャック」した。また、松田哲夫・南伸坊とともに結成した「櫻画報社」で「論壇の人間関係図」等を発表した。
また1976年から、『週刊読売』誌上で「全日本満足問題研究会」(赤塚不二夫・赤瀬川原平・奥成達・高信太郎・長谷邦夫)と名乗り「バカなことを真面目にやる」連載を行った。1978年には「赤塚不二夫と全日本満足問題研究会」と名称を変え、LPレコード『ライヴ・イン・ハトヤ』を発表した。
純文学作家
篠原勝之の紹介で、中央公論社の文芸雑誌『海』の編集者だった村松友視と知り合い、篠原、南伸坊、糸井重里らとともに毎月村松宅に押しかけ「ムラマツ宴会」と称する飲み会を行った。そうした縁で、村松から「純文学を書いてほしい」と依頼され、『海』に赤瀬川原平名義で「レンズの下の聖徳太子」を発表。しかし理屈っぽすぎたせいかあまり反響はなかった。
つづいて『婦人公論』で赤瀬川にカットの仕事を依頼していた編集者田中耕平に「もっと気楽に書いたら」と助言され、テーマのない身辺小説「肌ざわり」を執筆。名義はペンネームの「尾辻克彦」とする。1979年9月に中央公論新人賞を受賞し、雑誌『中央公論』に掲載された。
『文學界』1980年12月号に発表された短編「父が消えた」で、1981年、第84回芥川賞を受賞。「前科持ち・元犯罪者」が一転して「芥川賞作家」となり、周囲の扱いが激変したという。1983年、「雪野」で野間文芸新人賞を受賞。
裁判の途中に結婚し、裁判の後に赤瀬川は41歳で離婚して幼少の娘と父子家庭を営んでいた(のちに美学校の生徒だった女性と再婚している)。「娘・胡桃子と父親の私」の2人のみが登場する作品が多かったため、中公新人賞の選考委員会では「この作家はホモではないか」という意見がでたという。
この頃嵐山光三郎の紹介で深沢七郎とも交際があり、深沢のラブミー農場で「芥川賞受賞のお祝いパーティー」をしてもらった[18]。
その後、純文学系の文筆活動を尾辻克彦名義で行い、尾辻・赤瀬川の「共著」などを出したりしたが、1994年に発表された小説集『ライカ同盟』を最後に尾辻名を使用することはなくなった。「尾辻克彦」名義で刊行された書籍は、文庫化や再刊時に「赤瀬川原平」名義に変わることがほとんどである。ただし、2005年の河出文庫『父が消えた』『肌ざわり』、2012年の文春文庫での『父が消えた』の電子書籍化など、いまだに尾辻名義が使われる場合もある。
トマソン・路上観察
1972年、南伸坊・松田哲夫とともに四谷を歩行中、ただ昇って降りるだけの意味不明な階段を発見。これは、階段としてきわめて「純粋」であった(「ある意味で純粋芸術に似ており、まるでもの派のようだ」と言って赤瀬川らは興奮した)。「四谷の純粋階段」、または「四谷怪談」のしゃれで「四谷階段」と称した。その後、いくつかの類例が見つかり、また「美学校・絵文字工房」で紹介すると、生徒からも同様の発見が多く集まった。当時、読売ジャイアンツに高額の契約金で雇われたゲーリー・トマソン選手が役に立たなかったことにちなみ「超芸術トマソン」と命名された[注 2]。末井昭編集長の『写真時代』の連載を通じて普及活動を行った。
また、トマソンやマンホールの蓋、看板などを発見し考察する、「路上観察学会」を創設。1987年、『東京路上探険記』は講談社エッセイ賞を受賞。後年「路上観察学会」会員の藤森照信(建築史家・建築家、東京大学教授)にみずからの住まいの設計を任せ、屋根に韮を生やした「ニラハウス」を建てた。
宮武外骨リバイバル
1967年、漫画評論家石子順造の紹介で、当時東京都立大生だった松田哲夫(のちに筑摩書房に入社して編集者となる)と出会って意気投合。松田とはマッチ箱のラベル絵の収集、宮武外骨の雑誌の収集、今和次郎の考現学の本の収集などを熱中して行う。松田はのちに筑摩書房でちくま文庫を創刊。赤瀬川の著作も多数収録されている。松田とは1985年に『学術小説 外骨という人がいた』を白水社から刊行して宮武外骨リバイバルを仕掛けている。1986年には、赤瀬川と吉野孝雄が編集した『滑稽新聞』の再編集復刻版を筑摩書房より刊行した。
なお、最初に外骨の雑誌『ハート』を赤瀬川に紹介したのは美術評論家の榧野八束(赤塚行雄)で、1967年に荻窪の古本屋で発見して「この珍本は、赤瀬川が所有すべきものだ」と興奮し、赤瀬川を古本屋に呼び寄せて購入させたという[19]。
1980 - 90年代
1989年には、勅使河原宏と共同脚本を担当した映画『利休』で、日本アカデミー賞脚本賞を受賞。1993年には『仙人の桜、俗人の桜』で、JTB旅行文学大賞を受賞。
この頃、雑誌ビッグコミックスピリッツの企画連載『馬鹿王』(正確には馬の点が5つ)で「馬鹿王様」のイラストを担当[注 3]「ホイチョイプロダクションズ いたずらの天才の息子」、「いとうせいこうの盗魂」に次ぐ投稿コーナーとなる(芸術原論展図録に記載無し)。
1996年『新解さんの謎』では、三省堂の『新明解国語辞典』を一人の個性的な人物が著した「読みもの」に見立て話題を集めた。企画を提案した夏石鈴子はSM嬢として登場している。
1997年、藤森照信が「赤瀬川原平氏邸に示されたゆとりとぬくもりの空間創出」で第29回日本芸術大賞(財団法人新潮文芸振興会)を受賞した。
その他にも『月刊天文ガイド』で10年以上にわたる連載を行ったり、カメラ(特に中古カメラやステレオカメラ)に関する著作を多数著し、ライカ同盟や脳内リゾート開発事業団を結成するなど、その活動は幅広い。「ステレオ茶会」も開いていた。
また猫好きでもあり、猫についてのエッセイ集や写真集なども刊行している。
老人力
1998年の『老人力』では、高齢化社会が進む中で「老人力」という老人や老いへの新しい視点を提供。「老人力」とは「忘れる力」であり、「耄碌した」「ボケた」と言わず「老人力がついてきた」と表現し、古いものを「中古美品」として大切にする考え方を示した。著作『老人力』は筑摩書房はじまって以来最高のベストセラーとなり、同年末の流行語大賞では最終10候補入りした。なお「老人力」という言葉はもともと、藤森照信が還暦を過ぎた赤瀬川に対して使った言葉であった。
また「老人力」以外にも、人間の弱さを味わいと考え、「貧乏性」研究から『超貧乏ものがたり』を書き、優柔不断についても『優柔不断術』を書いている。
死去
2011年に胃癌による全摘手術が行われて以降、脳出血や肺炎などで体調を崩しており療養中であった[21]。
2014年10月25日夜に容体が悪化[21][22]。翌10月26日、敗血症のため東京都町田市の病院で死去[23][24]。77歳没。戒名は慈眼院原心和平居士[25]。墓地は北鎌倉の東慶寺にある。2014年末には追悼号となる『アックス』102号が青林工藝舎より刊行された。
生前に「なるほどそうだったのかと思えるのが死の瞬間」と語っていた[9]。
絶筆エッセイ
病気療養中にもエッセイを執筆・発表し、2006年2月2日に創刊された全国の病院や調剤薬局で無料配布される医療健康雑誌『からころ』1号にエッセイ「病人力」を掲載[26]、2号(同年5月10日号)より『病気の窓』として連載開始した[27]。32号(2013年9月18日号)に掲載された第32回「頭に広がる謎の答え」は[28]絶筆(遺作)となり[29]、2014年12月22日発行の37号に追悼特別編として再掲された[29]。
絶筆となった「頭に広がる謎の答え」では「今回は肺炎を患い、春から長期入院をしている。」と述べ、病室のベッドでひとり「なぞなぞ」を考えて笑いつつ、病気が快復に向かうことを信じて願う心情を率直に綴っている[29]。そして「やっぱり人間は笑ってこそのものなのだ。」と締めくくっている[29]。これが文筆家としての赤瀬川の最期の言葉となった[29]。
第1回から23回までは『健康半分』として生前の2011年7月15日に刊行、タイトルは「健康は半分くらいでちょうどいい」に由来する。没後の2015年1月27日、未収録の第32回までの9作を収録した『増補 健康半分』が刊行された[29]。
組織
多くの「ナンセンス」で「ユーモラス」な組織の結成に関わっている。
- ネオ・ダダイズム・オルガナイザー(1960年)
- ハイレッド・センター(1963年)
- 千円札裁判懇談会(1965年、事務局長・川仁宏、瀧口修造、中原佑介、針生一郎、三木多聞、ヨシダヨシエ、高松次郎、中西夏之、石子順造、大島辰雄、東野芳明、刀根康尚ら)
- 革命的燐寸主義者同盟(1968年、マッチのラベルの収集を目的として松田哲夫らと結成)
- 革命的珍本寸主義者同盟(1968年、宮武外骨や今和次郎の古書の収集を目的として松田哲夫と結成)
- 娑婆留闘社(1969年、安保闘争で逮捕された人たちの獄舎内に、「獄送劇画通信」と題した赤瀬川のシュールな作品を描いた葉書を送る組織。松田と結成)
- 櫻画報社(1970年、松田哲夫、南伸坊と結成)
- ロイヤル天文同好会(1974年、美学校での弟子、田中ちひろ、鈴木剛らと結成。望遠鏡を使った天体観察を行う会)
- 日本満足問題研究会(1976年、赤塚不二夫、赤瀬川原平、奥成達、高信太郎、長谷邦夫)
- トマソン観測センター(1983年、美学校での弟子鈴木剛、飯村昭彦、田中ちひろらと結成)
- 路上観察学会(1986年)
- 「文人、歌人、怪人」(1989年、武蔵野美術学校の同窓の秋山祐徳太子、アンリ菅野と結成。野山で写生画を描き、展覧会を開くユニット)
- 脳内リゾート開発事業団/ステレオオタク学会(1991年、高杉弾、郷津晴彦、太田孝幸、徳山雅記らと結成。ステレオ写真の愛好団体)
- ライカ同盟(1994年)
- 縄文建築団(1995年、藤森照信、南伸坊らと結成。赤瀬川宅を建築する際に、建築作業を手伝ったことから、藤森設計の建物を建築作業を手伝う、「建築趣味」の素人集団を結成し活動。)
- 日本美術応援団(1996年、美術研究者山下裕二と結成)
ヒッポファミリークラブとの関係
赤瀬川は『人麻呂の暗号』の著者である藤村由加の構成メンバーら(4人のうち一人は赤瀬川の姪で赤瀬川隼の長女)が属していた「言語交流研究所」の理事をつとめ[30]、またヒッポファミリークラブ創設者の榊原陽とは前身のラボ教育センター時代からの交流があった[30]。
兄の赤瀬川隼もヒッポファミリークラブ関連組織に勤務し、ラボ教育センターの運営会社のテックに勤務[31]、のちに言語交流研究所(テックから榊原陽らが独立して作ったヒッポファミリークラブの関連組織)に勤務した[32]。
著書
赤瀬川原平名義
- 1970年
- 『オブジェを持った無産者』現代思潮社 国立国会図書館書誌ID:000001281873
- 『オブジェを持った無産者 赤瀬川原平の文章』河出書房新社 2015年1月 ISBN 978-4-309-27555-0
- 『オブジェを持った無産者』現代思潮社 国立国会図書館書誌ID:000001281873
- 1971年
- 『絵次元 あいまいな海』大門出版美術出版部 000001278113
- 『櫻画報 永久保存版』桜画報社 000001276316
- 『櫻画報・激動の千二百五十日―赤瀬川原平資本主義共和国』青林堂 1974年 000001285848
- 『櫻画報大全』青林堂 1977年7月 000001363699
- 『櫻画報大全』新潮文庫 1985年10月 ISBN 4-10-142701-1
- 1972年
- 『追放された野次馬 思想的変質者の十字路』現代評論社 000001276950
- 1975年
- 『夢泥棒』学芸書林 000001282900 / 新風舎文庫 2004年2月 ISBN 4-7974-9214-7
- 1976年
- 『鏡の町皮膚の町 新聞をめぐる奇妙な話』筑摩書房 000001257744
- 1978年
- 9月 『少年とオブジェ』北宋社 NCID BA66670143 / 尾辻克彦名義 角川文庫 1981年2月 000001493687 / ちくま文庫 1992年8月 ISBN 4-480-02643-6
- 10月 『虚構の神々 超科学紙芝居』青林堂 NCID BB29754988
- 1989年1月 改題『円盤伝説 あの世まであと一歩』青林堂 ISBN 4-7926-0183-5
- 1982年
- 8月 『純文学の素』白夜書房 ISBN 4-938256-35-5 / ちくま文庫 1990年3月 ISBN 4-480-02390-9
- 1984年
- 3月 『東京ミキサー計画 ハイレッド・センター直接行動の記録』PARCO出版 ISBN 4-89194-084-0 / ちくま文庫 1994年12月 ISBN 4-480-02935-4
- 4月 『妄想映画館』駸々堂出版 ISBN 4-397-50167-X
- 1985年
- 1月 『いまやアクションあるのみ! 読売アンデパンダンという現象[注 4]』筑摩書房 000001724644
- 改題『反芸術アンパン』ちくま文庫 1994年10月 ISBN 4-480-02914-1
- 2月 『学術小説 外骨という人がいた!』白水社 ISBN 4-560-04192-X / ちくま文庫 1991年12月 ISBN 4-480-02572-3
- 5月 『超芸術トマソン』白夜書房 NCID BA35819912 / ちくま文庫 1987年12月 ISBN 4-480-02189-2
- 1月 『いまやアクションあるのみ! 読売アンデパンダンという現象[注 4]』筑摩書房 000001724644
- 1987年
- 『ニナの力』(絵本 尾辻克彦)ヘキストカプセル
- 1988年
- 7月 『芸術原論』岩波書店 ISBN 4-00-000608-8 / 同時代ライブラリー 1991年8月 ISBN 4-00-260078-5 / 岩波現代文庫 2006年5月 ISBN 4-00-602103-8
- 『トマソン黙示録』佐谷画廊 000001962411
- 1989年
- 3月 『科学と抒情』青土社 000001976192 / 新潮文庫 1992年3月 ISBN 4-10-142702-X
- 3月 『超私小説の冒険』岩波書店 ISBN 4-00-003511-8
- 1990年
- 1月 『千利休 無言の前衛』岩波新書 ISBN 4-00-430104-1
- 1月 『ちょっと映画に行ってきます』キネマ旬報社 000002067405
- 10月 『じろじろ日記』毎日新聞社 ISBN 4-620-30758-0 / ちくま文庫 1996年8月 ISBN 4-480-03185-5
- 1991年
- 5月 『東ヨーロッパ 村と森のファンタジー 私のナイーブ・アート館』学習研究社 ISBN 4-05-105125-0
- 1992年
- 7月 『紙がみの横顔』文藝春秋 ISBN 4-16-346670-3
- 11月 『赤瀬川原平の名画読本 鑑賞のポイントはどこか』光文社カッパ・ブックス ISBN 4-334-00528-4 / 日本ライトハウス 1999年1月 000002967343 / 知恵の森文庫 2005年4月 ISBN 4-334-78349-X
- 1993年
- 4月 『ステレオ日記 二つ目の哲学』大和書房 ISBN 4-479-39025-1
- 6月 『少年とグルメ』講談社文庫 ISBN 4-06-185408-9 / 「少年と空腹 貧乏食の自叙伝」中公文庫 2016
- 6月 『仙人の桜、俗人の桜 にっぽん解剖紀行』日本交通公社出版事業局 ISBN 4-533-01983-8 / 平凡社ライブラリー 2000年3月 ISBN 4-582-76332-4
- 8月 『島の時間 九州・沖縄 謎の始まり』平凡社 ISBN 4-582-82868-X
- 9月 『赤瀬川原平の名画読本 どう味わうか 日本画編』カッパ・ブックス ISBN 4-334-00540-3 / 知恵の森文庫 2005年11月 ISBN 4-334-78393-7
- 10月 『正体不明』東京書籍 ISBN 4-487-79066-2
- 1994年
- 10月 『イギリス正体不明』東京書籍 ISBN 4-487-75407-0
- 10月 『猫の宇宙 向島からブータンまで』柏書房 ISBN 4-7601-1131-X / 中公文庫 2001年4月 ISBN 4-12-203812-X
- 12月 『鵜の目鷹の目』日本カメラ社 ISBN 4-8179-0005-9
- 1995年
- 2月 『ちょっと触っていいですか 中古カメラのススメ』筑摩書房 ISBN 4-480-87253-1 / ちくま文庫 1998年2月 ISBN 4-480-03371-8
- 3月 『ゴムの惑星』誠文堂新光社 ISBN 4-416-29503-0
- 10月 『ベルリン正体不明』東京書籍 ISBN 4-487-75448-8
- 『赤瀬川原平の冒険 脳内リゾート開発大作戦』(編)紀伊国屋書店 ISBN 4-314-00698-6
- 1996年
- 6月 『目利きのヒミツ』岩波書店 ISBN 4-00-002255-5 / 知恵の森文庫 2002年9月 ISBN 4-334-78186-1
- 7月 『新解さんの謎』文藝春秋 ISBN 4-16-351790-1 / 文春文庫 1999年4月 ISBN 4-16-722502-6
- 7月 『日本にある世界の名画入門 美術館がもっと楽しくなる』光文社 ISBN 4-334-00572-1 / 知恵の森文庫 2006年10月 ISBN 4-334-78444-5
- 8月 『ベトナム低空飛行』ビジネス社 ISBN 4-8284-0692-1
- 12月 『常識論』大和書房 ISBN 4-479-39049-9
- 12月 『トマソン大図鑑 空の巻』ちくま文庫 ISBN 4-480-03202-9
- 12月 『トマソン大図鑑 無の巻』ちくま文庫 ISBN 4-480-03201-0
- 1997年
- 3月 『金属人類学入門』日本カメラ社 ISBN 4-8179-0008-3
- 改題『中古カメラの愉しみ』知恵の森文庫 2003年2月 ISBN 4-334-78206-X
- 7月 『香港頭上観察』小学館 ISBN 4-09-387222-8
- 8月 『我輩は施主である』読売新聞社 ISBN 4-643-97088-X / 中公文庫 2001年1月 ISBN 4-12-203770-0
- 『赤瀬川原平の印象派探検』(別冊太陽)平凡社
- 3月 『金属人類学入門』日本カメラ社 ISBN 4-8179-0008-3
- 1998年
- 3月 『赤瀬川原平の名画探険 フェルメールの眼』講談社 ISBN 4-06-209012-0
- 『[新装版] 赤瀬川原平が読み解く全作品 フェルメールの眼』講談社 2012年6月 ISBN 978-4-06-217724-5
- 3月 『赤瀬川原平の名画探険 ルソーの夢』講談社 ISBN 4-06-209013-9
- 4月 『困った人体』マガジンハウス ISBN 4-8387-0987-0 / 講談社+α文庫 2001年8月 ISBN 4-06-256540-4
- 4月 『老人とカメラ 散歩の愉しみ』実業之日本社 ISBN 4-408-53330-0 / ちくま文庫 2003年2月 ISBN 4-480-03794-2
- 5月 『その日の結論』日本放送出版協会 ISBN 4-14-005297-X
- 7月 『赤瀬川原平の名画探険 印象派の水辺』講談社 ISBN 4-06-209222-0 / 新装版 講談社 2014年7月 ISBN 978-4-06-219033-6
- 9月 『老人力』筑摩書房 ISBN 4-480-81606-2
- 10月 『老人力のふしぎ』朝日新聞社 ISBN 4-02-257291-4 / 朝日文庫 2001年9月 ISBN 4-02-264278-5
- 1999年
- 2月 『中古カメラ あれも欲しいこれも欲しい』筑摩書房 ISBN 4-480-87715-0
- 6月 『優柔不断術』毎日新聞社 ISBN 4-620-31347-5 / ちくま文庫 2005年3月 ISBN 4-480-42014-2
- 6月 『老人力自慢』(編著)筑摩書房 ISBN 4-480-81609-7
- 7月 『奥の横道』日本経済新聞社 ISBN 4-532-16303-X
- 9月 『老人力 2』筑摩書房 ISBN 4-480-81615-1
- 『老人力 全一冊』ちくま文庫 2001年9月 ISBN 4-480-03671-7
- 12月 『ニャーンズ・コレクション』小学館 ISBN 4-09-387298-8
- 『こころの話 創刊準備号』朝日出版社
- 2000年
- 1月 『わかってきました。科学の急所』講談社 ISBN 4-06-210019-3
- 2月 『赤瀬川原平の名画探険 広重ベスト百景』講談社 ISBN 4-06-209947-0 / 新装版 講談社 2014年5月 ISBN 978-4-06-218950-7
- 4月 『悩ましき買物』フレーベル館 ISBN 4-577-70182-0 / 知恵の森文庫 2002年6月 ISBN 4-334-78167-5
- 4月 『我輩は病気である』マキノ出版 ISBN 4-8376-7002-4
- 6月 『赤瀬川原平の今月のタイトルマッチ』ギャップ出版 ISBN 4-88357-087-8
- 6月 『中古カメラウィルス図鑑』小学館 ISBN 4-09-343117-5 / 新版 小学館 2000年11月 ISBN 4-09-343118-3
- 9月 『赤瀬川原平のブータン目撃』淡交社 ISBN 4-473-01748-6
- 9月 『ゼロ発信』中央公論新社 ISBN 4-12-003052-0 / 中公文庫 2003年10月 ISBN 4-12-204273-9
- 2001年
- 3月 『よみもの 無目的』光文社 ISBN 4-334-97292-6
- 5月 『地球に向けてアクセルを踏む』誠文堂新光社 ISBN 4-416-20107-9
- 7月 『全面自供!』松田哲夫聞き手 晶文社 ISBN 4-7949-6431-5
- 9月 『中古カメラ大集合』筑摩書房 ISBN 4-480-87736-3
- 2002年
- 4月 『老いてはカメラにしたがえ』実業之日本社 ISBN 4-408-53416-1
- 9月 『猫の文明』毎日新聞社 ISBN 4-620-31586-9
- 11月 『路上の神々』佼成出版社 ISBN 4-333-01985-0
- 12月 『ケダモノ時代』毎日新聞社 ISBN 4-620-31587-7
- 2003年
- 3月 『ぼくの昔の東京生活』筑摩書房 ISBN 4-480-81625-9
- 4月 『赤瀬川原平の日本美術観察隊 其の1』講談社 ISBN 4-06-211732-0
- 4月 『赤瀬川原平の日本美術観察隊 其の2』講談社 ISBN 4-06-211816-5
- 6月 『背水の陣』日経BP社 ISBN 4-8222-4333-8
- 2004年
- 10月 『新正体不明』東京書籍 ISBN 4-487-80014-5
- 2005年
- 6月 『運命の遺伝子UNA』新潮社 ISBN 4-10-476001-3
- 9月 『ふしぎなお金』毎日新聞社 ISBN 4-620-31738-1 / ちくま文庫 2022年5月 ISBN 978-4-480-43793-8
- 11月 『自分の謎』毎日新聞社 ISBN 4-620-31739-X / ちくま文庫 2022年2月 ISBN 978-4-480-43794-5
- 11月 『目玉の学校』ちくまプリマー新書 ISBN 4-480-68723-8
- 2006年
- 2月 『四角形の歴史』毎日新聞社 ISBN 4-620-31740-3 / ちくま文庫 2022年3月 ISBN 978-4-480-43795-2
- 2月 『私の昭和の終わり史』河出書房新社 ISBN 4-309-01753-3
- 3月 『中古カメラの逆襲』筑摩書房 ISBN 4-480-87618-9
- 6月 『祝!中古良品 アカセガワ版養生訓』ベストセラーズ ISBN 4-584-18936-6
- 10月 『大和魂』新潮社 ISBN 4-10-476002-1
- 『NHK知るを楽しむ 人生の歩き方』日本放送出版協会
- 2007年
- 6月 『日本男児』文春新書 ISBN 978-4-16-660575-0
- 6月 『猫から出たマコト』日本出版社 ISBN 978-4-89048-840-7
- 8月 『もったいない話です』筑摩書房 ISBN 978-4-480-81655-9
- 9月 『戦後腹ぺこ時代のシャッター音 岩波写真文庫再発見』岩波書店 ISBN 978-4-00-023671-3
- 2008年
- 6月 『昭和の玉手箱』東京書籍 ISBN 978-4-487-80246-3
- 12月 『散歩の学校』毎日新聞社 ISBN 978-4-620-31899-8
- 2010年
- 11月 『散歩の収獲』日本カメラ社 ISBN 978-4-8179-2127-7
- 2011年
- 3月 『東京随筆』毎日新聞社 ISBN 978-4-620-32052-6
- 7月 『健康半分』デコ ISBN 978-4-9903848-5-2
- 10月 『個人美術館の愉しみ』光文社新書 ISBN 978-4-334-03649-2
- 2012年
- 3月 『「墓活」論』PHP研究所 ISBN 978-4-569-80296-1
- 2015年
- 1月 『妄想科学小説』河出書房新社 ISBN 978-4-309-02356-4
- 2月 『増補 健康半分』デコ - 絶筆となったエッセイを収録 ISBN 978-4-906905-11-9
- 10月 『赤瀬川原平漫画大全』松田哲夫監修 河出書房新社 ISBN 978-4-309-27636-6
- 10月 『世の中は偶然に満ちている』赤瀬川尚子編 筑摩書房 ISBN 978-4-480-80460-0
- 2016年
- 2月 『赤瀬川原平のライカもいいけど時計がほしい』シーズ・ファクトリー ISBN 978-4-8191-1275-8
- 2017年
- 3月 『レンズの下の聖徳太子』幻戯書房(銀河叢書) ISBN 978-4-86488-116-6
- 2018年
- 11月 『赤瀬川原平 カメライラスト原画コレクション』玄光社 ISBN 978-4-7683-1124-0
- 2023年
- 2月 『1985−1990 赤瀬川原平のまなざしから』りぼん舎 ISBN 978-4-9912111-5-7
尾辻克彦名義
- 1980年
- 6月 『肌ざわり』中央公論社 000001461400 / 中公文庫 1983年5月 000001619839 / 河出文庫 2005年5月 ISBN 4-309-40744-7
- 1981年
- 3月 『父が消えた 五つの短篇小説』文藝春秋 000001495394 / 文春文庫 1986年8月 ISBN 4-16-743001-0 / 河出文庫 2005年6月 ISBN 4-309-40745-5
- 6月 『お伽の国の社会人』PARCO出版 ISBN 4-89194-057-3
- 11月 『本物そっくりの夢』尾辻克彦+赤瀬川原平共著 筑摩書房 000001534362
- 1982年
- 5月 『整理前の玩具箱』大和書房 000001561471
- 改題『ピストルとマヨネーズ』赤瀬川名義 中公文庫 1985年8月 ISBN 4-12-201244-9
- 5月 『整理前の玩具箱』大和書房 000001561471
- 1983年
- 1月 『国旗が垂れる』中央公論社 000001601017
- 5月 『吾輩は猫の友だちである』中央公論社 000001620817 / 中公文庫 1993年8月 ISBN 4-12-202025-5
- 6月 『雪野』文藝春秋 000001627217
- 8月 『シルバー・ロード』創樹社美術出版 000001634343
- 1984年
- 2月 『明日は明日の今日がくる』廣済堂出版 000008587054
- 2月 『野次馬を見た!』筑摩書房 000001665523
- 3月 『超貧乏ものがたり』PHP研究所 ISBN 4-569-21259-X
- 1985年
- 3月 『超プロ野球 集中力の精神工学』朝日出版社 ISBN 4-255-85011-9
- 10月 『少年とグルメ』講談社 ISBN 4-06-202277-X / 赤瀬川名義 講談社文庫 1993年6月 ISBN 4-06-185408-9
- 改題『少年と空腹 貧乏食の自叙伝』赤瀬川名義 中公文庫 2016年9月 ISBN 978-4-12-206293-1
- 1986年
- 1月 『カメラが欲しい』新潮社 ISBN 4-10-361101-4 / 新潮文庫 1988年12月 ISBN 4-10-110611-8
- 7月 『東京路上探険記』尾辻名義、イラスト担当として赤瀬川 新潮社 ISBN 4-10-361102-2 / 新潮文庫 1989年10月 ISBN 4-10-110612-6
- 1988年
- 6月 『贋金づかい』新潮社 ISBN 4-10-361103-0
- 1989年
- 2月 『グルメに飽きたら読む本』新潮社 ISBN 4-10-361104-9
- 改題『ごちそう探検隊』赤瀬川名義 ちくま文庫 1994年2月 ISBN 4-480-02844-7
- 2月 『グルメに飽きたら読む本』新潮社 ISBN 4-10-361104-9
- 1991年
- 12月 『出口』講談社 ISBN 4-06-205510-4
- 12月 『ぱくぱく辞典』尾辻名義、イラスト担当として赤瀬川 中央公論社 ISBN 4-12-002073-8
- 改題『明解ぱくぱく辞典』赤瀬川名義 中公文庫 1998年12月 ISBN 4-12-203313-6
- 1993年
- 3月 『不思議の国の広告』日本ペンクラブ編、尾辻選 福武文庫 ISBN 4-8288-3266-1
- 1994年
- 9月 『ライカ同盟』講談社 ISBN 4-06-207215-7 / 赤瀬川名義 ちくま文庫 1999年6月 ISBN 4-480-03481-1
共著
- 『定本ハナモゲラの研究』筒井康隆、山下洋輔、タモリ、赤塚不二夫、奥成達 共著 講談社 1979年2月 000001406358
- 『異次元が漏れる 偶然論講義』尾辻名義、秋山さと子対談 朝日出版社 1983年6月 000001623141
- 『宮武外骨・滑稽新聞』吉野孝雄共編 筑摩書房 全6冊+別冊 1985年2月 - 1986年5月 NCID BN00485211
- 『使い捨て考現学』新美康明と使い捨て考現学会 共編 実業之日本社 1987年10月 ISBN 4-408-61052-6
- 『宇宙の御言 うむ、これで解った世界の仕組み』渡辺和博 ネスコ 1989年12月 ISBN 4-89036-786-1
- 『シナリオ利休』勅使河原宏共著 淡交社 1989年
- 『ルーヴル美術館の楽しみ方』熊瀬川紀共著 新潮社 1991年11月 ISBN 4-10-601999-X
- 『こいつらが日本語をダメにした』南伸坊、ねじめ正一共著 東京書籍 1992年9月 ISBN 4-487-75392-9 / ちくま文庫 1997年4月 ISBN 4-480-03263-0
- 『ライカ同盟NAGOYA大写撃!』秋山祐徳太子、高梨豊 風媒社 1996年6月 ISBN 4-8331-3088-2
- 『日本美術応援団』山下裕二共著 日経BP社 2000年2月 ISBN 4-8222-4163-7 / ちくま文庫 2004年3月 ISBN 4-480-03925-2
- 『京都、オトナの修学旅行』山下裕二 淡交社 2001年3月 ISBN 4-473-01808-3 / ちくま文庫 2008年10月 ISBN 978-4-480-42477-8
- 『ライカ同盟パリ解放』秋山祐徳太子、高梨豊 アルファベータ 2001年7月 ISBN 4-87198-473-7
- 『軽老モーロー会議中』東海林さだお 新潮社 2002年2月 ISBN 4-10-452301-1
- 『雪舟応援団』山下裕二 中央公論新社 2002年3月 ISBN 4-12-003249-3
- 『ライカ同盟 東京涸井戸鏡(カレイドスコープ)』秋山祐徳太子,高梨豊 アルファベータ 2002年9月 ISBN 4-87198-530-X
- 『ボケかた上手』東海林さだお 新潮社 2003年7月 ISBN 4-10-452302-X
- 『日本美術応援団 オトナの社会科見学』山下裕二 中央公論新社 2003年6月 ISBN 4-12-003394-5 / 中公文庫 2011年7月 ISBN 978-4-12-205509-4
- 『日本美術観光団』山下裕二 朝日新聞社 2004年5月 ISBN 4-02-257921-8
- 『文学校 精神科医の質問による文章読本』大平健 岩波書店 2004年5月 ISBN 4-00-024624-0
- 『うまいもの・まずいもの』東海林さだお、奥本大三郎 中公文庫 2006年10月 ISBN 4-12-204747-1
- 『古寺巡礼京都10 曼殊院』半田孝淳 淡光社 2007年6月 ISBN 978-4-473-03360-4
- 『実業美術館』山下裕二共著 文藝春秋 2007年10月 ISBN 978-4-16-369480-1
- 岩波写真文庫・復刻版 科学篇5冊、社会篇5冊 赤瀬川編 岩波書店 2007年9月 - NCID BA83380183
- 『老化で遊ぼう』東海林さだお共著 新潮社 2008年3月 ISBN 978-4-10-136403-2
路上観察学会名義
- 路上観察学会参照。
全日本満足問題研究会名義
CD付き絵本
CD-ROM
- 超芸術トマソンの冒険
ビデオ
- 紀伊國屋セミナー3 老人力VS不良中年 赤瀬川原平(演)嵐山光三郎(演) 紀伊國屋書店 1999.4
映画脚本
ポスター・ジャケット等
展覧会(回顧展)
- 戦後日本の前衛美術(グッゲンハイム美術館他巡回 1994年)に出品。
- 赤瀬川原平の冒険 脳内リゾート開発大作戦 1995年1月21日 - 4月2日 名古屋市美術館
- 赤瀬川原平×尾辻克彦 文学と美術の多面体展、2014年10月18日 - 12月21日、町田市民文学館ことばらんど
- 赤瀬川原平の芸術原論 1960年代から現在まで、2014年10月28日 - 12月23日、千葉市美術館