新淀川駅

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所属路線 宝塚本線
駅構造 橋梁上駅
開業年月日 1910年明治43年)3月10日
新淀川駅
しんよどがわ
Shin-Yodogawa
十三
所属事業者 箕面有馬電気軌道
所属路線 宝塚本線
駅構造 橋梁上駅
開業年月日 1910年明治43年)3月10日
廃止年月日 1926年大正15年)7月2日
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新淀川駅(しんよどがわえき)は、かつて大阪府大阪市東淀川区(現在の北区中津にあった阪神急行電鉄(現在の阪急電鉄宝塚本線鉄道駅である。

箕面有馬電気軌道1910年明治43年)3月10日梅田駅 - 宝塚駅箕面駅間で営業を開始した際に設置された駅の一つ[1]である。長柄運河をまたぐトラス橋の上[1]に、相対式ホーム2面を設置して乗降を取り扱った。開業時には中津駅は開業しておらず、大阪側の隣の駅は北野駅であった[1]

その後1920年大正9年)には阪急神戸本線も開業し、同線の列車も通るようになった。

廃止

廃止時期については、1916年(大正5年)と1926年(大正15年)の二つの説がある。

大阪市および各区の区史は1916年説を取っており、十三駅が新淀川北岸の堤防上から現在位置に移転した際に統合(合併)したとする[2]。阪急電鉄は1926年説を取っており、7月5日の大阪市内高架線の完成・供用開始に先立つ同月2日に廃止としている[3][4][1][注釈 1]

なお阪神急行電鉄が1924年(大正13年)に発行した『阪急沿線案内』に新淀川駅が記載[6]されていることから、1916年説は誤りとみられる。この当時、神戸線の電車は当駅を通過[7]していた。

高架線は梅田駅 - 十三駅間に残存した併用軌道の解消と宝塚線に乗り入れていた神戸線を複々線として分離すべく建設され、全区間が完成する前の1925年11月4日中津駅が開業[1]。開通後、北野駅 - 梅田駅間は支線の北野線となった[1]

歴史

  • 1910年明治43年)3月10日:箕面有馬電気軌道開業により開設。
  • 1918年(大正7年)2月4日:箕面有馬電気軌道、阪神急行電鉄と社名改称。
  • 1920年(大正9年)7月16日:神戸本線開業、同線の列車が通るようになる。
  • 1924年(大正13年)2月6日:新淀川橋梁に新鉄橋が完成、旧鉄橋を改修して十三駅までの複々線化に着手する[8]
  • 1926年(大正15年)7月2日:高架線完成に先立ち廃止。

駅周辺

駅が存在した頃の沿線案内では、淀川河川敷でのピクニックや月見に向く駅として知られていた。また、十三橋畔には「十三やき餅」を名物とする大黒屋があったという[7]

隣の駅

開業時点

箕面有馬電鉄
北野駅 - 新淀川駅 - 十三駅
  • 1925年11月に当駅と北野駅の間に中津駅が開業

脚注

参考文献

関連項目

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