十三駅

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神戸本線宝塚本線京都本線の3路線が乗り入れている。全営業列車が停車し、大阪梅田駅と並んで阪急電鉄の主要な3つの路線が集う結節点となっている。大阪梅田駅 - 当駅間は私鉄唯一の三複線を形成している。

駅と路線の成り立ちの関係から京都本線は書類上当駅を起点としているが、全ての列車が大阪梅田駅発着で運転されており、当駅で折り返す列車は存在しない。案内上も大阪梅田駅を京都本線の起点として扱っている。なお、大阪梅田駅 - 当駅間の京都本線用の線路は、正式には宝塚本線の急行線(途中の中津駅にはプラットホームが設置されていない)という扱いである。

駅周辺は飲食店が多く、阪急路線有数の繁華街歓楽街となっている。

歴史

年表

  • 1910年明治43年)3月10日箕面有馬電気軌道の宝塚線開通と同時に開業[2]。駅は新淀川北岸の堤防上(西成郡中津村大字成小路[3])に設けられた[4]
  • 1916年大正5年):駅位置を現在の位置、西成郡神津町掘に移転[5]。その後、周辺の地名が十三に改められる[3]
  • 1920年(大正9年)7月16日:箕面有馬電気軌道改め阪神急行電鉄により神戸本線開業[2]
  • 1921年(大正10年)4月1日北大阪電気鉄道(現在の京都本線)の大阪側起点[6]として十三駅開業[7]
  • 1923年(大正12年)4月1日:路線譲渡により北大阪電気鉄道十三駅が新京阪鉄道の駅となる[7]
  • 1926年(大正15年)7月5日:梅田駅 - 十三駅間高架化により、同区間が神戸本線と宝塚本線との共用区間となる[2]
  • 1930年昭和5年)9月15日:会社合併により新京阪鉄道十三駅が京阪電気鉄道十三線の駅となる[7]
  • 1943年(昭和18年)10月1日:阪神急行電鉄と京阪電気鉄道が合併し、京阪神急行電鉄(1973年に阪急電鉄に改称)の駅となる[2][7]
  • 1944年(昭和19年)
    • 太平洋戦争の戦局悪化で優等列車の運転がほぼ消滅。神戸本線の特急列車が廃止され、当駅を通過する列車がなくなる。
    • 4月8日:新京阪線(現・京都本線)の梅田乗入を開始[6]
  • 1945年(昭和20年)
    • 6月1日:午前9時から11時までの第一次大阪大空襲にて淀川大橋が被弾、十三 - 梅田間が一時不通になるが、午後6時に復旧[8]
    • 6月7日:第三次大阪大空襲にて当駅が被弾[9]。十三 - 梅田間が不通になるが、6月10日に開通[10]。同月、新京阪線の梅田乗入を休止[6]
  • 1948年(昭和23年):休止していた新京阪線の梅田乗入を再開[6]
  • 1949年(昭和24年):神戸本線の特急列車が復活するが、西宮北口駅に加えて当駅に停車するようになる。
  • 1955年(昭和30年):地下道が完成し、駅舎を改築[5]
  • 1956年(昭和31年)4月16日:天神橋駅(現在の天神橋筋六丁目駅) - 京阪神京都駅(現在の大宮駅)を結ぶ特急列車が大阪側のターミナルを梅田駅に変更するが、神戸本線の特急列車と異なり当駅は通過。12年ぶりに当駅通過列車が復活する。このダイヤ改正に先立って十三線プラットホーム増設工事が完成。淡路・京都方面の梅田駅始発列車は3号線から5号線に、当駅始発列車は7号線に変更される[11][12]
  • 1959年(昭和34年)2月18日:十三線が京都本線に編入され、当駅が京都本線の起点となる[7]。宝塚本線梅田駅 - 十三駅間が複々線化[2](京都本線用の線増工事の起工は1957年7月[6])。
  • 1961年(昭和36年)1月16日:京都本線の特急と通勤特急(この日に新設し、高槻市駅にも停車)の停車駅に加えられ、全列車停車駅になる。
  • 1967年(昭和42年):「阪急そば」1号店が2・3号線ホーム上にオープン。関西私鉄で初の立ち食いそば・うどん店だった。
  • 1972年(昭和47年)8月:京都本線のホーム有効長を160mに延伸[13]
  • 1973年(昭和48年)11月23日:梅田駅1号線が完成し、前日までほとんどが当駅始終着だった京都本線の普通列車が延長運転されるようになった。パターンダイヤから当駅折り返しの列車がなくなる。
  • 1976年(昭和51年)9月23日:十三駅折り返しの京都本線の普通列車が全廃され、7号線を発着する列車の設定がなくなる。直後に7号線が撤去され、跡地に6号線ホームの拡幅・延伸工事が行われる。
    • 平日午後や土曜正午ごろなど学生の通学時間帯に運行されていた淡路駅茨木市駅発着の不定期普通列車や一部の定期普通列車が当駅7号線で折り返していた。
  • 1995年平成7年)4月20日:日本初の駅ホーム上にあるコンビニとして「アズナス」1号店がオープンする[14]
  • 2013年(平成25年)12月21日:駅番号が導入される[7]
  • 2014年(平成26年)3月7日:早朝、駅西側の飲食店街で火災発生。飲食店36店が焼け、神戸本線の一部列車が当駅の乗降扱いを取り止める処置をとった。この影響で西改札口が一時閉鎖され、同年6月1日から86日ぶりに利用可能となった[15][16][17]
  • 2018年(平成30年)9月8日:3号線で、阪急電鉄では初めてとなる可動式ホーム柵の使用を開始[18][19]
  • 2019年(平成31年)
    • 2月2日:4号線で可動式ホーム柵の使用を開始[20]。同時に3・4号線において、くるり岸田繁作曲による発車メロディが導入された。発車メロディの導入は、大阪梅田駅・宝塚駅に次いで3例目、阪急電鉄の中間駅では初となった。
    • 3月9日:5号線ホームの可動式ホーム柵の使用開始[21]。発車メロディ導入。ホームドア規格に合わない『京とれいん』用6300系電車が運用に入る『快速特急A』は、同年1月19日ダイヤ改正にて十三駅を通過(実際は旅客の乗降を取り扱わない運転停車の扱い)。
  • 2021年令和3年)11月30日:定期券売り場が営業を終了[22]
  • 2022年(令和4年)12月17日:快速特急Aが廃止、再び全列車停車駅となる。
  • 2023年令和5年)5月1日:2020年以降新型コロナウイルスの影響を受け使用を停止していた喫煙ルームを閉鎖[23]
  • 2024年(令和6年)3月29日:この日をもって3・4・5号線の発車メロディが廃止。

駅名の由来

「十三」という地名の由来は諸説あり、主に以下のようなものがある[24]

駅構造

4面6線のホームを有する地上駅。各ホームは南寄りの地下通路と、北寄りの跨線橋により連絡しているが、うち2面(2・3号線、4・5号線)は島式ホームとなっており、神戸本線大阪梅田行き(2号線)から宝塚本線宝塚・箕面方面(3号線)へ、宝塚本線大阪梅田行き(4号線)から京都本線京都河原町・嵐山・北千里方面(5号線)へはそれぞれ対面乗り換えが可能である。

路線網のイメージから、宝塚本線がまっすぐで神戸本線と京都本線がカーブしている先入観を受けるが、実際は二番目に開通した神戸本線のホームのみ直線で、宝塚本線と京都本線のホームは曲線である。大阪梅田寄りに当駅で接続する各線の渡り線があるため、停留所ではない。

改札口は東西双方に設けられており、通常時は1号線ホーム中央部の西改札口と、6号線ホーム南側の東改札口が営業している。

1976年までは、6号線の対面に切欠き式の7号線が存在し、基本的に京都発着の普通列車が当駅で折り返していた[注 1]。これは、1973年11月22日まで梅田駅の京都本線用のホームが2線しかなく(ただし1969年12月6日より1970年の万国博終了直後までは臨時に3線設けていた)、その上梅田駅発着の普通列車の大部分は千里線北千里駅始発・終着であったためである(梅田駅発着の京都本線の普通列車は車庫への入出庫の目的で早朝・深夜のみごく少数設定されていた。逆に千里線直通普通列車の一部も十三駅発着となっていたものもあった)。同年11月23日のダイヤ改正で梅田駅1号線が完成し、京都発着の普通列車も基本的に梅田駅発着に延長されてからは、7号線発着列車は学生帰宅向けに土曜の昼間時や平日夕方前に運転されていた不定期の普通列車や、ごく少数設定されていた同駅発着の定期普通列車程度となり、使用頻度が激減した。その後1976年9月23日のダイヤ改正で、わずかに残存していた当駅始発・終着の普通列車は廃止され、施設は撤去された。後にそのスペースを利用して、4・5号線ホームと6号線ホームの拡張が行われた。6号線ホームの中央付近には使用されなくなった自動券売機用のブースが残されており、なにわ淀川花火大会当日夕方以降のみ営業する臨時改札口として使用される[25]。さらに、かつては神戸本線・宝塚本線(両線を「神宝線」と総称することがある)の架線電圧直流600V、京都本線の架線電圧が直流1,500Vと異なることからデッドセクションが設けてあったが、1969年(昭和44年)の架線電圧の直流1,500Vへの統一に伴い撤去されている。

1959年の梅田駅 - 十三駅間三複線化当初は、宝塚本線の一部列車が京都本線の線路を使用して梅田駅まで運行されていた[26]。そのため、当駅の宝塚・京都側および梅田側の両方に、宝塚本線から京都本線の線路に入線することが可能な渡り線が存在した。宝塚・京都側の渡り線は早期に撤去されたが、梅田側の渡り線は1970年代初めまで残っていた。

1967年には、初の構内営業の飲食店として「阪急そば」が2号線・3号線ホームに出店した。また、同じく2号線・3号線ホームにあった「アズナス」は1995年に日本で初めて駅改札内に設置されたコンビニエンスストアである(駅ナカも参照のこと)[14]。かつてはマクドナルドも構内に出店していた時期があるが、のちに駅前に移転しており、代わりにフレッズカフェが入居している。

通勤時間帯は乗り換え客で混雑することから、阪急電鉄初となるホームドアの設置が検討され[27]、2018年9月に宝塚本線の3号線で使用を開始した[28]。ホームドアは2019年2月に4号線、2019年3月には5号線でも使用を開始している。

ホームドア使用開始に伴い平日ラッシュ時には1号線と6号線を除き駅係員による立ち番が常駐している。

ごあんないカウンターは1号線のホーム上にある。通常、改札内と改札外をまたぐ形で設置される中、唯一の例である。

なにわ淀川花火大会当日について

基本的に毎年8月第2土曜日に行われるなにわ淀川花火大会では、当駅が会場の最寄り駅となることから、花火大会当日は午後以降多くの乗降客で混雑する。そのため、当日15時以降、東改札口、6号線ホーム中央部、2・3号線ホーム北端にそれぞれ臨時改札口が設けられる[25]

さらに、各線とも花火大会当日の夕方以降は臨時列車を増発するが、宝塚本線では当駅始発の普通列車大阪梅田行きが運転される[29][30]

阪急電鉄には分岐駅通過の特例は存在しないため(十三駅が全列車停車駅のため)、花火大会当日であっても混雑を避けるために大阪梅田駅で各線相互間を乗り換える場合、十三 - 大阪梅田の往復運賃を別途支払う必要がある。

引き込み線について

引き込み線で折り返す回送列車(右)と宝塚本線列車(左)

神戸本線と宝塚本線の間には引き込み線(9号線)がある。現在は、神宝線の車両が正雀工場での検査・工事のための入出場で(あるいは新製車の配属や廃車回送で)、これを利用して転線を行っている。

9号線の歴史は古く、日本万国博覧会(大阪万博)の開催期間中に神戸本線から京都本線・千里線に乗り入れる「EXPO準急」が利用したほか、ミステリー列車の折り返し、回送列車の留置などで使用された。「EXPO準急」の運転終了後は嵐山線直通臨時列車が設定される2008年(平成20年)11月17日までの約38年間にわたり、神戸本線と京都本線を直通する営業列車は運転されていなかった。

9号線の先にある道路と淀川通を拡幅するため、一時9号線への渡り線が撤去され、神戸本線の車両は中津駅南側に神戸本線・宝塚本線間に暫定的に設けられた渡り線で宝塚線に渡り、梅田駅の6号線で折り返した上で、当駅南側の宝塚・京都本線間の渡り線で京都本線へと入線していた。また、宝塚本線の車両も一旦梅田駅で折り返した上で、京都本線へ入線していた。工事期間中は阪急電鉄側の都合で梅田駅で折り返していたため、十三 - 梅田の往復運賃は不要だった。

道路工事完了後の2009年(平成21年)4月に9号線への渡り線が再度敷設され、同年9月に9号線の使用が再開された。それに伴い新設された宝塚本線・京都本線間の渡り線は撤去され、神宝線の車両の京都本線への入線は、当駅9号線を使用する以前の形態に戻された。なお、前述の中津駅南側に敷設された渡り線も撤去された。

のりば

号線 路線 方向 行先
1 神戸本線 下り 神戸三宮方面
2 上り 大阪梅田方面
3 宝塚本線 下り 宝塚方面
4 上り 大阪梅田方面
5 京都本線 上り 京都河原町北千里方面
6 下り 大阪梅田方面[注 2]

ギャラリー

トイレ

トイレは1号線ホーム北寄り・2号線 3号線ホーム中ほど・4号線 5号線ホーム北端にそれぞれある[31][32]

利用状況

2025年(令和7年)次の通年平均乗降人員69,414人である。阪急電鉄全駅(86駅)中では大阪梅田駅神戸三宮駅西宮北口駅烏丸駅京都河原町駅に次いで第6位[統計 1]

年次別平均乗降人員が平日のみの数値で公表されていた時期は常に河原町駅を上回り5位を維持していたが、通年平均の値となって以降は新型コロナウイルスの影響を受けていた2020年・2021年を除き同駅の数値を下回っている。一方で2025年次には阪急全線でも珍しいコロナ前の数値を上回った駅となった。

年次別利用状況

各年次の乗降人員の推移は下表の通り。2016年次のみ、乗車人員・降車人員も判明している(乗車人員:33,511/降車人員:33,528)。

年次別1日平均乗降人員[統計 1]
年次 乗降人員 増減率 順位 出典
2016年(平成28年) 67,039 6位 [阪急 1]
2017年(平成29年) 68,183 1.7% 6位 [阪急 2]
2018年(平成30年) 68,361 0.3% 6位 [阪急 3]
2019年(令和元年) 68,706 0.5% 6位 [阪急 4]
2020年(令和2年) 53,483 -22.2% 5位 [阪急 5]
2021年(令和3年) 52,424 -2.0% 5位 [阪急 6]
2022年(令和4年) 57,979 10.6% 6位 [阪急 7]
2023年(令和5年) 64,132 10.6% 6位 [阪急 8]
2024年(令和6年) 67,185 4.8% 6位 [阪急 9]
2025年(令和7年) 69,414 3.3% 6位
平日限定データ

2007年から2015年までのデータは平日限定となっていた。全ての年次で乗車人員・降車人員ともに判明している。

平日限定 年次別1日平均乗降人員
年次 乗車人員 降車人員 乗降人員 増減率 順位 出典
2007年(平成19年) 37,720 37,854 75,574 5位 [阪急 10]
2008年(平成20年) 37,958 38,095 76,053 0.6% 5位 [阪急 11]
2009年(平成21年) 37,786 37,949 75,735 -0.4% 5位 [阪急 12]
2010年(平成22年) 37,996 38,109 76,105 0.5% 5位 [阪急 13]
2011年(平成23年) 37,310 37,444 74,754 -1.8% 5位 [阪急 14]
2012年(平成24年) 36,567 36,694 73,261 -2.0% 5位 [阪急 15]
2013年(平成25年) 37,077 37,127 74,204 1.3% 5位 [阪急 16]
2014年(平成26年) 36,895 37,003 73,898 -0.4% 5位 [阪急 17]
2015年(平成27年) 37,278 37,333 74,611 1.0% 5位 [阪急 18]

年度別利用状況

「大阪府統計年鑑」では、当駅の特定日乗車人員・降車人員が路線ごとに分かれて記載されている。また「大阪市統計書」では年度別の1日平均乗車人員が記載されている。それぞれ下表の通り。

各年度 特定日・1日平均利用状況[統計 2][統計 3]
年度 特定日 1日平均
乗車人員
出典
乗車人員 降車人員 乗降人員 大阪府 大阪市
1966年(昭和41年) 56,702 - - [大阪府 1] -
1967年(昭和42年) 58,595 [大阪府 2]
1968年(昭和43年) 57,919 [大阪府 3]
1969年(昭和44年) 57,740 [大阪府 4]
1970年(昭和45年) 61,081 [大阪府 5]
1971年(昭和46年) 54,725 [大阪府 6]
1972年(昭和47年) 52,678 [大阪府 7]
1973年(昭和48年) 50,790 [大阪府 8]
1974年(昭和49年) 52,818 [大阪府 9]
1975年(昭和50年) 52,648 [大阪府 10]
1976年(昭和51年) 50,974 [大阪府 11]
1977年(昭和52年) 54,424 [大阪府 12]
1978年(昭和53年) 50,520 [大阪府 13]
1979年(昭和54年) 51,277 [大阪府 14]
1980年(昭和55年) 52,553 [大阪府 15]
1981年(昭和56年) 52,794 [大阪府 16]
1982年(昭和57年) 51,882 51,270 103,152 [大阪府 17]
1983年(昭和58年) 50,827 50,863 101,690 [大阪府 18]
1984年(昭和59年) 49,227 50,188 99,415 [大阪府 19]
1985年(昭和60年) 50,483 49,869 100,352 [大阪府 20]
1986年(昭和61年) 49,047 49,711 98,758 [大阪府 21]
1987年(昭和62年) 50,534 51,002 101,536 [大阪府 22]
1988年(昭和63年) 50,653 51,604 102,257 [大阪府 23]
1989年(平成元年) - [大阪府 24]
1990年(平成2年) 49,835 51,187 101,022 [大阪府 25]
1991年(平成3年) - [大阪府 26]
1992年(平成4年) 49,780 48,156 97,936 [大阪府 27]
1993年(平成5年) - [大阪府 28]
1994年(平成6年) - [大阪府 29]
1995年(平成7年) 46,659 46,659 93,318 [大阪府 30]
1996年(平成8年) 47,405 47,901 95,306 [大阪府 31]
1997年(平成9年) 47,817 48,188 96,005 [大阪府 32]
1998年(平成10年) 42,207 45,997 88,204 [大阪府 33]
1999年(平成11年) - [大阪府 34]
2000年(平成12年) 43,382 42,326 85,708 [大阪府 35]
2001年(平成13年) 42,944 42,691 85,635 47,114 [大阪府 36] [大阪市 1]
2002年(平成14年) 41,141 40,896 82,037 45,811 [大阪府 37] [大阪市 1]
2003年(平成15年) 39,675 40,326 80,001 45,280 [大阪府 38] [大阪市 1]
2004年(平成16年) 38,525 38,960 77,485 44,414 [大阪府 39] [大阪市 1]
2005年(平成17年) 38,013 38,247 76,260 42,630 [大阪府 40] [大阪市 1]
2006年(平成18年) 36,862 36,726 73,588 40,930 [大阪府 41] [大阪市 1]
2007年(平成19年) 37,793 37,612 75,405 40,240 [大阪府 42] [大阪市 1]
2008年(平成20年) 37,332 37,411 74,743 40,646 [大阪府 43] [大阪市 1]
2009年(平成21年) 37,261 37,520 74,781 39,918 [大阪府 44] [大阪市 1]
2010年(平成22年) 37,075 37,353 74,428 40,382 [大阪府 45] [大阪市 1]
2011年(平成23年) 35,874 36,105 71,979 40,835 [大阪府 46] [大阪市 1]
2012年(平成24年) 35,796 36,013 71,809 39,529 [大阪府 47] [大阪市 1]
2013年(平成25年) 35,179 35,393 70,572 40,247 [大阪府 48] [大阪市 1]
2014年(平成26年) 36,309 36,607 72,916 39,713 [大阪府 49] [大阪市 1]
2015年(平成27年) 36,623 36,748 73,371 40,937 [大阪府 50] [大阪市 1]
2016年(平成28年) 36,039 36,453 72,492 40,967 [大阪府 51] [大阪市 1]
2017年(平成29年) 37,269 37,434 74,703 36,387 [大阪府 52] [大阪市 1]
2018年(平成30年) 36,764 37,066 73,830 41,883 [大阪府 53] [大阪市 1]
2019年(令和元年) 36,739 36,835 73,574 41,209 [大阪府 54] [大阪市 2]
2020年(令和2年) 32,113 32,227 64,340 30,533 [大阪府 55] [大阪市 3]
2021年(令和3年) 31,553 31,719 63,272 33,372 [大阪府 56] [大阪市 4]
2022年(令和4年) 33,113 33,430 66,543 36,096 [大阪府 57] [大阪市 5]
2023年(令和5年) 35,554 35,978 71,532 37,812 [大阪府 58] [大阪市 6]
2024年(令和6年) 36,100 36,301 72,401 40,536 [大阪府 59] [大阪市 7]

10月中の平均乗降人員

「大阪府統計年鑑」では1964年度および1965年度については10月中の平均乗車人員が記載されている。

年度別10月中乗車人員[統計 2]
年度 乗車人員 出典
1964年(昭和39年) 63,789 [大阪府 60]
1965年(昭和40年) 67,738 [大阪府 61]

路線別の特定日利用状況

「大阪府統計年鑑」では、当駅の路線ごとの乗車人員・降車人員のほかに乗換人員も掲載されている。

大阪梅田駅と異なり、乗換人員を中心に京都本線の比重が大きい。乗降人員は近年はいずれも大差ないものの京都本線>宝塚本線>神戸本線、乗換人員は京都本線>神戸本線>宝塚本線となっている。ただし乗車人員については1970年代前半までは宝塚線が最も多くなっていた。

路線別の特定日利用状況は下表の通りである。

神戸本線関係
各年度 路線別特定日利用状況(神戸本線)[統計 2]
年度 乗車人員 降車人員 乗降人員 神←宝・京 神→宝・京 出典
1966年(昭和41年) 16,661 - 25,739 - [大阪府 1]
1967年(昭和42年) 17,208 27,300 [大阪府 2]
1968年(昭和43年) 16,896 30,739 [大阪府 3]
1969年(昭和44年) 17,443 31,796 [大阪府 4]
1970年(昭和45年) 21,019 32,278 [大阪府 5]
1971年(昭和46年) 16,305 32,332 [大阪府 6]
1972年(昭和47年) 15,439 34,236 [大阪府 7]
1973年(昭和48年) 14,885 33,845 [大阪府 8]
1974年(昭和49年) 15,398 34,598 [大阪府 9]
1975年(昭和50年) 15,366 34,858 [大阪府 10]
1976年(昭和51年) 14,897 37,997 [大阪府 11]
1977年(昭和52年) 15,115 39,181 [大阪府 12]
1978年(昭和53年) 14,326 39,247 [大阪府 13]
1979年(昭和54年) 14,576 41,746 [大阪府 14]
1980年(昭和55年) 15,140 31,423 [大阪府 15]
1981年(昭和56年) 15,272 45,832 [大阪府 16]
1982年(昭和57年) 14,702 13,578 28,280 45,423 46,321 [大阪府 17]
1983年(昭和58年) 14,325 13,472 27,797 44,910 46,683 [大阪府 18]
1984年(昭和59年) 14,357 13,609 27,966 45,125 46,465 [大阪府 19]
1985年(昭和60年) 14,516 13,362 27,878 47,571 47,567 [大阪府 20]
1986年(昭和61年) 14,052 13,407 27,459 45,814 47,247 [大阪府 21]
1987年(昭和62年) 14,760 13,623 28,383 48,159 47,504 [大阪府 22]
1988年(昭和63年) 15,060 14,328 29,388 45,954 47,155 [大阪府 23]
1989年(平成元年) - [大阪府 24]
1990年(平成2年) 14,871 14,089 28,960 47,087 46,242 [大阪府 25]
1991年(平成3年) - [大阪府 26]
1992年(平成4年) 15,046 13,653 28,699 42,928 44,761 [大阪府 27]
1993年(平成5年) - [大阪府 28]
1994年(平成6年) - [大阪府 29]
1995年(平成7年) 14,512 10,421 24,933 34,274 34,467 [大阪府 30]
1996年(平成8年) 14,416 14,000 28,416 43,754 43,767 [大阪府 31]
1997年(平成9年) 14,556 13,924 28,480 45,224 46,157 [大阪府 32]
1998年(平成10年) 13,760 13,264 27,024 42,219 43,572 [大阪府 33]
1999年(平成11年) - [大阪府 34]
2000年(平成12年) 13,337 12,020 25,357 45,950 43,474 [大阪府 35]
2001年(平成13年) 13,272 12,197 25,469 43,985 43,444 [大阪府 36]
2002年(平成14年) 12,925 11,603 24,528 44,601 43,612 [大阪府 37]
2003年(平成15年) 12,162 11,374 23,536 39,106 40,006 [大阪府 38]
2004年(平成16年) 11,803 11,216 23,019 40,923 41,653 [大阪府 39]
2005年(平成17年) 11,761 11,070 22,831 41,156 42,048 [大阪府 40]
2006年(平成18年) 11,167 10,491 21,658 40,303 41,148 [大阪府 41]
2007年(平成19年) 11,436 10,717 22,153 42,302 43,091 [大阪府 42]
2008年(平成20年) 11,238 10,595 21,833 41,925 42,964 [大阪府 43]
2009年(平成21年) 11,370 10,842 22,212 41,346 42,266 [大阪府 44]
2010年(平成22年) 11,504 10,851 22,355 43,290 43,757 [大阪府 45]
2011年(平成23年) 11,029 10,333 21,362 44,435 45,132 [大阪府 46]
2012年(平成24年) 11,114 10,373 21,487 44,233 45,360 [大阪府 47]
2013年(平成25年) 11,117 10,515 21,632 41,690 43,144 [大阪府 48]
2014年(平成26年) 11,217 10,625 21,842 43,808 44,442 [大阪府 49]
2015年(平成27年) 11,160 10,723 21,883 45,367 46,690 [大阪府 50]
2016年(平成28年) 11,059 10,485 21,544 45,511 46,762 [大阪府 51]
2017年(平成29年) 11,519 10,891 22,410 44,498 46,106 [大阪府 52]
2018年(平成30年) 11,593 11,008 22,601 44,646 45,976 [大阪府 53]
2019年(令和元年) 11,427 10,811 22,238 44,367 45,786 [大阪府 54]
2020年(令和2年) 10,007 9,384 19,391 36,243 37,427 [大阪府 55]
2021年(令和3年) 9,666 9,137 18,803 39,066 40,795 [大阪府 56]
2022年(令和4年) 10,219 9,719 19,938 39,953 41,321 [大阪府 57]
2023年(令和5年) 11,199 10,723 21,922 39,897 41,644 [大阪府 58]
2024年(令和6年) 11,417 10,790 22,207 39,950 41,650 [大阪府 59]
宝塚本線関係
各年度 路線別特定日利用状況(宝塚本線)[統計 2]
年度 乗車人員 降車人員 乗降人員 宝←神・京 宝→神・京 出典
1966年(昭和41年) 22,930 - 25,967 - [大阪府 1]
1967年(昭和42年) 22,731 27,975 [大阪府 2]
1968年(昭和43年) 22,623 29,624 [大阪府 3]
1969年(昭和44年) 21,527 28,392 [大阪府 4]
1970年(昭和45年) 21,147 30,489 [大阪府 5]
1971年(昭和46年) 20,240 30,356 [大阪府 6]
1972年(昭和47年) 18,141 31,619 [大阪府 7]
1973年(昭和48年) 17,863 30,921 [大阪府 8]
1974年(昭和49年) 18,529 31,941 [大阪府 9]
1975年(昭和50年) 18,389 31,781 [大阪府 10]
1976年(昭和51年) 17,847 33,607 [大阪府 11]
1977年(昭和52年) 18,597 35,180 [大阪府 12]
1978年(昭和53年) 17,665 34,224 [大阪府 13]
1979年(昭和54年) 17,995 35,195 [大阪府 14]
1980年(昭和55年) 18,016 22,573 [大阪府 15]
1981年(昭和56年) 17,983 37,083 [大阪府 16]
1982年(昭和57年) 17,712 17,632 35,344 36,309 37,724 [大阪府 17]
1983年(昭和58年) 17,359 17,505 34,864 36,436 37,889 [大阪府 18]
1984年(昭和59年) 16,599 17,184 33,783 36,605 38,513 [大阪府 19]
1985年(昭和60年) 16,947 16,767 33,714 38,122 38,788 [大阪府 20]
1986年(昭和61年) 16,481 16,675 33,156 36,386 38,561 [大阪府 21]
1987年(昭和62年) 16,870 17,187 34,057 37,777 38,618 [大阪府 22]
1988年(昭和63年) 17,098 17,452 34,550 36,685 38,503 [大阪府 23]
1989年(平成元年) - [大阪府 24]
1990年(平成2年) 16,901 17,367 34,268 38,798 38,478 [大阪府 25]
1991年(平成3年) - [大阪府 26]
1992年(平成4年) 16,569 16,399 32,968 35,762 37,314 [大阪府 27]
1993年(平成5年) - [大阪府 28]
1994年(平成6年) - [大阪府 29]
1995年(平成7年) 15,582 17,256 32,838 30,198 28,541 [大阪府 30]
1996年(平成8年) 15,909 16,178 32,087 36,000 35,887 [大阪府 31]
1997年(平成9年) 15,967 16,078 32,045 36,685 36,915 [大阪府 32]
1998年(平成10年) 15,362 15,112 30,474 34,844 34,231 [大阪府 33]
1999年(平成11年) - [大阪府 34]
2000年(平成12年) 14,660 14,322 28,982 35,229 35,005 [大阪府 35]
2001年(平成13年) 14,305 14,246 28,551 33,632 33,703 [大阪府 36]
2002年(平成14年) 13,474 13,647 27,121 33,788 33,846 [大阪府 37]
2003年(平成15年) 13,283 13,275 26,558 32,383 32,031 [大阪府 38]
2004年(平成16年) 12,950 12,980 25,930 33,134 32,985 [大阪府 39]
2005年(平成17年) 12,798 12,748 25,546 32,968 32,922 [大阪府 40]
2006年(平成18年) 12,616 12,461 25,077 32,363 32,640 [大阪府 41]
2007年(平成19年) 12,840 12,573 25,413 34,136 33,783 [大阪府 42]
2008年(平成20年) 12,598 12,512 25,110 33,763 34,077 [大阪府 43]
2009年(平成21年) 12,484 12,256 24,740 33,068 33,427 [大阪府 44]
2010年(平成22年) 12,149 11,984 24,133 34,168 34,426 [大阪府 45]
2011年(平成23年) 11,789 11,638 23,427 35,002 35,554 [大阪府 46]
2012年(平成24年) 11,818 11,681 23,499 34,542 34,990 [大阪府 47]
2013年(平成25年) 11,354 11,254 22,608 33,561 34,066 [大阪府 48]
2014年(平成26年) 11,872 11,745 23,617 34,576 35,166 [大阪府 49]
2015年(平成27年) 12,164 11,763 23,927 36,149 36,596 [大阪府 50]
2016年(平成28年) 11,910 11,706 23,616 36,377 36,922 [大阪府 51]
2017年(平成29年) 12,285 12,075 24,360 36,442 36,986 [大阪府 52]
2018年(平成30年) 12,137 11,856 23,993 35,541 36,423 [大阪府 53]
2019年(令和元年) 11,963 11,728 23,691 35,931 37,169 [大阪府 54]
2020年(令和2年) 10,459 10,335 20,794 30,924 31,713 [大阪府 55]
2021年(令和3年) 10,470 10,355 20,825 32,617 33,102 [大阪府 56]
2022年(令和4年) 10,698 10,689 21,387 33,680 34,651 [大阪府 57]
2023年(令和5年) 11,405 11,312 22,717 33,032 33,962 [大阪府 58]
2024年(令和6年) 11,486 11,356 22,842 33,387 34,398 [大阪府 59]
京都本線関係
各年度 路線別特定日利用状況(京都本線)[統計 2]
年度 乗車人員 降車人員 乗降人員 京←神・宝 京→神・宝 出典
1966年(昭和41年) 17,111 - 29,778 - [大阪府 1]
1967年(昭和42年) 18,656 32,322 [大阪府 2]
1968年(昭和43年) 18,400 36,370 [大阪府 3]
1969年(昭和44年) 18,770 37,615 [大阪府 4]
1970年(昭和45年) 18,915 38,120 [大阪府 5]
1971年(昭和46年) 18,180 37,971 [大阪府 6]
1972年(昭和47年) 19,098 39,862 [大阪府 7]
1973年(昭和48年) 18,042 40,174 [大阪府 8]
1974年(昭和49年) 18,891 41,689 [大阪府 9]
1975年(昭和50年) 18,893 42,482 [大阪府 10]
1976年(昭和51年) 18,230 46,339 [大阪府 11]
1977年(昭和52年) 20,712 49,159 [大阪府 12]
1978年(昭和53年) 18,529 49,474 [大阪府 13]
1979年(昭和54年) 18,706 51,762 [大阪府 14]
1980年(昭和55年) 19,397 55,996 [大阪府 15]
1981年(昭和56年) 19,539 54,718 [大阪府 16]
1982年(昭和57年) 19,468 20,060 39,528 57,299 54,986 [大阪府 17]
1983年(昭和58年) 19,143 19,886 39,029 57,505 54,279 [大阪府 18]
1984年(昭和59年) 18,271 19,395 37,666 58,101 54,853 [大阪府 19]
1985年(昭和60年) 19,020 19,740 38,760 57,596 56,934 [大阪府 20]
1986年(昭和61年) 18,514 19,629 38,143 59,236 55,628 [大阪府 21]
1987年(昭和62年) 18,904 20,192 39,096 59,702 59,516 [大阪府 22]
1988年(昭和63年) 18,495 19,824 38,319 58,773 55,754 [大阪府 23]
1989年(平成元年) - [大阪府 24]
1990年(平成2年) 18,063 19,731 37,794 56,741 57,906 [大阪府 25]
1991年(平成3年) - [大阪府 26]
1992年(平成4年) 18,165 18,104 36,269 56,097 52,712 [大阪府 27]
1993年(平成5年) - [大阪府 28]
1994年(平成6年) - [大阪府 29]
1995年(平成7年) 16,565 18,982 35,547 40,925 42,389 [大阪府 30]
1996年(平成8年) 17,080 17,723 34,803 53,583 53,683 [大阪府 31]
1997年(平成9年) 17,294 18,186 35,480 55,638 55,261 [大阪府 32]
1998年(平成10年) 13,085 17,280 30,365 52,413 51,673 [大阪府 33]
1999年(平成11年) - [大阪府 34]
2000年(平成12年) 15,385 15,984 31,369 51,728 54,428 [大阪府 35]
2001年(平成13年) 15,367 16,248 31,615 52,231 52,701 [大阪府 36]
2002年(平成14年) 14,742 15,646 30,388 53,018 53,949 [大阪府 37]
2003年(平成15年) 14,230 15,049 29,279 48,777 48,229 [大阪府 38]
2004年(平成16年) 13,772 14,766 28,538 50,255 49,674 [大阪府 39]
2005年(平成17年) 13,454 14,429 27,883 50,881 50,035 [大阪府 40]
2006年(平成18年) 13,079 13,819 26,898 49,861 48,739 [大阪府 41]
2007年(平成19年) 13,517 14,332 27,849 52,338 51,902 [大阪府 42]
2008年(平成20年) 13,496 14,304 27,800 51,984 50,631 [大阪府 43]
2009年(平成21年) 13,407 14,422 27,829 51,434 50,155 [大阪府 44]
2010年(平成22年) 13,422 14,518 27,940 53,477 52,752 [大阪府 45]
2011年(平成23年) 13,056 14,134 27,190 55,396 54,147 [大阪府 46]
2012年(平成24年) 12,864 13,959 26,823 55,393 53,818 [大阪府 47]
2013年(平成25年) 12,708 13,624 26,332 53,594 51,635 [大阪府 48]
2014年(平成26年) 13,220 14,237 27,457 54,885 53,661 [大阪府 49]
2015年(平成27年) 13,299 14,262 27,561 57,664 55,894 [大阪府 50]
2016年(平成28年) 13,070 14,262 27,332 58,279 56,483 [大阪府 51]
2017年(平成29年) 13,465 14,468 27,933 57,519 55,367 [大阪府 52]
2018年(平成30年) 13,034 14,202 27,236 57,080 54,868 [大阪府 53]
2019年(令和元年) 13,349 14,296 27,645 57,303 54,646 [大阪府 54]
2020年(令和2年) 11,647 12,508 24,155 47,339 45,366 [大阪府 55]
2021年(令和3年) 11,417 12,227 23,644 51,344 49,160 [大阪府 56]
2022年(令和4年) 12,196 13,022 25,218 52,819 50,480 [大阪府 57]
2023年(令和5年) 12,950 13,943 26,893 52,096 49,419 [大阪府 58]
2024年(令和6年) 13,197 14,155 27,352 53,030 50,319 [大阪府 59]

駅周辺

数多くの商店が立ち並ぶ繁華街で、その周辺には住宅地も広がる。かつては東京新宿歌舞伎町や、北海道札幌すすきのと並ぶ、日本有数の風俗街として知られた。

交通機関

公共施設、学校

文化施設

民間企業

宗教施設

バス路線

駅西側の国道176号十三筋および新北野交差点周辺に「十三」停留所があり、大阪シティバスが乗り入れる。他に同停留所の北側に「十三北」、駅東側の淀川通に「十三駅東口」停留所がある。

2023年までは阪急バスも乗り入れていた。

のりば 系統 行先 担当営業所 備考
1 39 野田阪神前 中津
69 大阪駅前 十三北も停車
97 中津・酉島
2 39 新大阪駅北口 中津
69 榎木橋 十三市民病院経由
97 加島駅前 中津・酉島
3 42 中島二丁目/中島公園 中津 土休日の一部は「42A」中島公園止まり
43 酉島車庫前 酉島
92 福町 中津
4 41 榎木橋 十三駅東口も停車
93 井高野車庫前 井高野
5 41 大阪駅前 中津 大淀南一丁目経由
42
43 酉島
92 中津
93 井高野

その他

1955 - 1959年頃の駅の乗車案内。現2号線側
  • 2000年(平成12年)にサントリーから発売された『しみじみ緑茶』(現在は生産終了)のCMロケ撮影が当駅で行われた。
  • 2017年(平成29年)の改装工事で地下階段の壁の塗装を剥がした際に古い乗り場案内が見つかった。地下階段が完成した1955年(昭和30年)から、三複線化が完了し宝塚線と京都線の線路共用が解消した1959年までの間に書かれたとされているが、保存されずに壁を新しく塗り替えている[33][11]
  • 2000年代初頭、ホーム内に「ココは13(じゅうそう) テレビは10(じゅう)」というキャッチコピーのよみうりテレビの広告が設置された。広告には「よみうりテレビ」などのロゴはなく、代わりに当時使用していたドメインである「www.10tv.jp」のみが書かれた異色のものであった。

隣の駅

阪急電鉄

神戸本線
特急
大阪梅田駅 (HK-01) - 十三駅 (HK-03) - 西宮北口駅 (HK-08)
快速
大阪梅田駅 (HK-01) - 十三駅 (HK-03) - 武庫之荘駅 (HK-07)
通勤特急・準特急・急行・準急(大阪梅田行きのみ)
大阪梅田駅 (HK-01) - 十三駅 (HK-03) - 塚口駅 (HK-06)
普通
中津駅 (HK-02) - 十三駅 (HK-03) - 神崎川駅 (HK-04)
宝塚本線
特急「日生エクスプレス
大阪梅田駅 (HK-01) - 十三駅 (HK-03) - 石橋阪大前駅 (HK-48)
通勤特急(大阪梅田行きのみ)・急行
大阪梅田駅 (HK-01) - 十三駅 (HK-03) - 豊中駅 (HK-46)
通勤急行(宝塚行きのみ)
大阪梅田駅 (HK-01) → 十三駅 (HK-03)曽根駅 (HK-44)
準急(大阪梅田行きのみ)
中津駅 (HK-02) ← 十三駅 (HK-03) ← 曽根駅 (HK-44)
普通
中津駅 (HK-02) - 十三駅 (HK-03) - 三国駅 (HK-41)
京都本線
通勤特急
大阪梅田駅 (HK-01) - 十三駅 (HK-03) - 茨木市駅 (HK-69)
快速特急・特急・準特急
大阪梅田駅 (HK-01) - 十三駅 (HK-03) - 淡路駅 (HK-63)
急行・準急・普通
大阪梅田駅 (HK-01) - 十三駅 (HK-03) - 南方駅 (HK-61)
  • 2022年12月11日まで運転していた快速特急Aは当駅を通過していた。
  • 1926年まで、中津駅と当駅の間に新淀川駅が存在した。

構想

西梅田・十三連絡線

2004年(平成16年)10月、近畿地方交通審議会答申第8号で、大阪市営地下鉄四つ橋線の当駅までの延伸(西梅田駅 - 北梅田駅 - 十三駅間2.9km)が「京阪神圏において、中長期的に望まれる鉄道ネットワークを構成する新たな路線」として盛り込まれている。

2007年(平成19年)8月より国土交通省を中心として西梅田・十三連絡線(仮称)のワーキンググループが発足、2008年4月に「『速達性向上施策における事業スキームの検討に関する調査』結果〜西梅田・十三連絡線(仮称)の事業実現化方策に係る深度化調査〜」[34]が発表された。整備主体は公的セクター(都市鉄道等利便増進法に基づき鉄道建設・運輸施設整備支援機構が建設)、運行主体は大阪市交通局と阪急電鉄が有力である。なお、計画では淀川シールドトンネルで横断することから、当駅は地下に設置され、建設費の関係[35]から阪急各線とは当駅で乗り換えとなる。

これに伴い、1961年に鉄道事業免許を取得しながらも長らく未着手であった阪急新大阪連絡線のうち、免許が失効していない十三駅 - 新大阪駅間(2.3km)間を西梅田・十三連絡線と一体で整備することが検討されている。

なにわ筋連絡線

2017年3月に報道各社によりなにわ筋線建設について関係機関の合意がなされたとの報道があったが、その中で阪急電鉄が当駅 - 北梅田駅間に狭軌の新線を建設してなにわ筋線に乗り入れるとの構想が明らかになった[36]

一方、乗り入れではなく北梅田駅で乗り換えとする案があることも報じられている[37]

同年5月23日付で発表された文書[38][39]内で、新路線の名称を明確になにわ筋連絡線と称しており、名実ともになにわ筋連絡線計画が復活した形となった。

ただ、同年5月25日付の取材記事によると、「大阪市は『(なにわ筋連絡線の)調査検討では西梅田・十三連絡線との比較検討も行うことになるだろう』といい、完全に消滅したわけではないようだ」としており[40]、2017年5月の時点では構想としては両者が並行して存在している。

また、同月には、阪急阪神ホールディングスは、当駅と新大阪駅を結ぶ新大阪駅連絡線(約2.3km)の実現を、2025年度までの長期計画に盛り込んだと報道された[41][42]

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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