横溝正史生誕の地碑

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座標 北緯34度40分33.3秒 東経135度10分52.7秒 / 北緯34.675917度 東経135.181306度 / 34.675917; 135.181306
設計者 武田則明
モチーフ メビウスの輪
種類 記念碑
横溝正史生誕の地碑
横溝正史生誕の地碑(2025年11月)
座標 北緯34度40分33.3秒 東経135度10分52.7秒 / 北緯34.675917度 東経135.181306度 / 34.675917; 135.181306
所在地 兵庫県神戸市中央区東川崎町4丁目
設計者 武田則明
モチーフ メビウスの輪
種類 記念碑
完成 2004年11月23日[1]
献納 横溝正史の生誕100年を機に建てられた記念碑
碑銘の揮毫 陳舜臣
キーパーソン 野村恒彦
記念碑の台座正面の碑銘
記念碑の台座右面の碑文
記念碑の説明板「横溝正史 生誕の地碑について」
横溝正史生誕の地碑

横溝正史生誕の地碑(よこみぞせいしせいたんのちひ)は、日本兵庫県神戸市中央区東川崎町4丁目[2](東川崎公園に隣接)に立地する記念碑推理作家横溝正史生誕100年を機に、2004年平成16年)11月に建立された[3]

碑銘揮毫は、神戸在住の小説家の陳舜臣によるもの。メビウスの輪のデザインは、建築家で建立当時神戸山手大学教授であった武田則明(1939年 - 2025年)による[3]

二つのメビウスの輪がつながったデザインは、複雑な難事件が名探偵によって見事に解決されてゆく横溝文学をイメージしたものである[4]。武田は、神戸市の市章が二つの輪(注:正確には"半円")を重ねてできていることも考慮に入れた、と述べている[5]

なお、横溝の実際の生誕地は、記念碑の場所にほど近い現在の川崎重工業の敷地内である[6]

横溝正史は、1902年明治35年)に神戸市東川崎町に生まれた[7]。実家は東川崎町3丁目で薬種商[注 1]を営んでいたが、3丁目内で1度転居した後、東川崎町7丁目に移った後も薬種業を続けていた[7]

横溝は、1924年大正13年)に大阪薬学専門学校を卒業した後、家業を継いで東川崎町7丁目で薬局を経営していたが[2][注 2]1926年(大正15年)に江戸川乱歩の招きにより上京、探偵作家の道を歩むこととなった[7]

横溝の作品には神戸の街がたびたび登場しており、特に自伝的随筆である「書かでもの記」には、生誕地である東川崎町のことが詳細に書かれている[7]

横溝と親交が深く、日本のミステリの創成期を共に支えた江戸川乱歩の碑[注 3]がその生誕地である三重県名張市に建立されていること[10]、また、2002年(平成14年)は横溝正史生誕100年にあたることから、横溝が生まれた神戸市東川崎町に生誕地碑を建てて横溝の功績をしのびたいと、発起人の一人である神戸探偵小説愛好會[注 4]の野村恒彦(1954年[11] - )により、2003年(平成15年)3月に発願がなされた[7][注 5]2004年(平成16年)8月には、作家の陳舜臣を筆頭に東川崎町自治会、兵庫県・神戸市中央区の各薬剤師会、横溝の出身校の各同窓会のそれぞれの代表者、野村を含む探偵小説関係者ら9人の発起人の名を連ねた「横溝正史先生 生誕地碑建設趣意書」(募金趣意書)が作成された[13]

その後、日本推理作家協会会員、兵庫県立兵庫高等学校(旧・兵庫県立第二神戸中学校)卒業生、神戸市薬剤師会会員、横溝正史ファンサイトやSRの会[注 6]畸人郷きじんきょうをはじめとするミステリファンクラブの会員などからの募金を受け[3]、2004年(平成16年)11月23日、神戸市中央区東川崎町で、地元有志(横溝正史先生生誕地碑建設委員会、東川崎ふれあいのまちづくり協議会[注 7])により、メビウスの輪かたどった横溝正史生誕の地碑が建設された[2][3]。当日は、同碑の除幕式が、横溝の長男の横溝亮一などの列席のもと行われた[10]

碑文

記念碑の台座正面には地元神戸出身の作家である陳舜臣の揮毫で碑銘「横溝正史 生誕の地」が刻まれており、右面には以下のとおり横溝の略歴や代表作が刻まれている。

横溝正史は明治35年に、ここ神戸市東川崎町に生まれた。
大正10年処女作「恐ろしき四月馬鹿」を発表して以来、
多くの傑作を著し、神戸が生んだロマン的傾向をもつ
本格探偵小説の基礎を築いた。昭和56年没。
代表作

本陣殺人事件 蝶々殺人事件 獄門島 犬神家の一族
悪魔が来りて笛を吹く 八つ墓村 悪魔の手毬唄

建立後

生誕の地碑建立後、毎年11月に東川崎ふれあいのまちづくり協議会と神戸探偵小説愛好會により記念イベントが開催されている[14]。イベントでは講演会が行われ、講演者には有栖川有栖[3]綾辻行人北村薫ら推理作家、横溝作品の角川文庫の表紙絵を描いたイラストレーターの杉本一文[14]山前譲浜田知明[3]などの横溝の研究家たちが登場してきた[14][15]

また、イベントでは会場限定の『神戸探偵小説愛好會會報』が配付されており、第一號で『関西探偵クラブ会報』に横溝が執筆したエッセイ「探偵小説の花園」(1948年12月)が復刻されるなど、横溝の未刊行のエッセイを中心に発掘・復刻が行われている[3][16]

過去に行われた記念イベント

以下、資料等により確認し得たものを記載。

  • 第1回:2005年11月23日
    「横溝作品の原風景――大正末期の神戸」
    日本推理作家協会常任理事・推理小説研究家 山前譲[17][18]
  • 第2回:2006年11月25日
    「横溝正史の作成と挿絵――『新青年』を中心に」
    神戸探偵小説愛好會 野村恒彦[17][19]
  • 第3回:2007年11月23日
    「横溝正史自選集に関わって」
    探偵小説研究家 浜田知明[17][19]
  • 第4回:2008年11月23日
    「横溝正史の探偵小説論」
    探偵小説研究家 横井司[17][19]
  • 第5回:2009年11月22日
    「私にとっての横溝正史」
    推理小説作家 有栖川有栖[17][19]
  • 第6回:2010年11月23日
    「横溝正史と江戸川乱歩」
    探偵小説研究家 中相作[17][19]
  • 第7回:2011年11月26日
    「続・横溝正史と江戸川乱歩」
    探偵小説研究家 中相作[17][19]
  • 第8回:2012年11月23日
    「『横溝正史探偵小説選I~III』に携わって」
    論創社編集部・『新青年』研究会員 黒田明[17][20]
  • 第9回:2013年11月16日
    「横溝正史と私」
    推理小説作家 綾辻行人[17][21]
  • 第10回:2014年11月15日
    「横溝正史作品の魅力を語る[17]」(対談)
    推理小説作家 北村薫、推理小説作家 有栖川有栖[22]
  • 第11回:2015年11月21日
    「横溝正史と私[注 8]
    探偵小説作家・評論家 法月綸太郎[17]
  • 第12回:2016年11月12日
    「横溝作品の文庫カバー絵とのかかわり」
    銅版画家・イラストレーター 杉本一文[24]
  • 第13回:2017年11月11日
    「父 横溝正史の思い出」
    野本瑠美wikidata(横溝正史の次女)[25]
  • 第14回:2018年11月10日
    「『横溝正史ミステリ短篇コレクション』(柏書房刊)を編集して」
    探偵小説研究家 日下三蔵[26]
  • 第15回:2019年11月16日
    「横溝正史さんの思い出」
    平井憲太郎(江戸川乱歩の孫)[27]
  • 第16回:2020年 - 新型コロナウイルス流行のため中止[28]
  • 第17回:2021年 - 新型コロナウイルス流行のため中止[28]
  • 第18回:2022年11月12日
    「横溝正史について私が知っている二、三の事柄」
    ミステリ評論家 新保博久[28]
  • 第19回:2023年11月11日
    「雀百まで踊り忘れず…敬愛する小説家・横溝正史の魅力を語り尽くす」
    作家 真山仁[29]
  • 第20回:2024年11月9日
    「横溝正史作品の底力――再評価の黎明」
    編集者・東京創元社元社長 戸川安宣[30]
  • 第21回:2025年11月8日
    「横溝正史の交友――渡辺温小栗虫太郎
    成蹊大学教授 浜田雄介[31]

アクセス

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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