豊川悦司

日本の俳優 From Wikipedia, the free encyclopedia

豊川 悦司(とよかわ えつし、1962年昭和37年〉3月18日 - )は、日本俳優。愛称は、トヨエツ大阪府八尾市出身。アルファエージェンシー所属。松戸市立稔台小学校を卒業。八尾市立志紀中学校大阪府立清水谷高等学校卒業、関西学院大学文学部中退[要出典]

本名 豊川 悦司(とよかわ えつし)[1]
生年月日 (1962-03-18) 1962年3月18日(64歳)
身長 186 cm
概要 とよかわ えつし 豊川 悦司, 本名 ...
とよかわ えつし
豊川 悦司
豊川 悦司
第35回東京国際映画祭にて(2022年10月)
本名 豊川 悦司(とよかわ えつし)[1]
生年月日 (1962-03-18) 1962年3月18日(64歳)
出生地 日本の旗 日本大阪府八尾市
身長 186 cm
血液型 O型
職業 俳優タレント
ジャンル 映画テレビドラマ
活動期間 1983年 -
配偶者 一般女性(1997年 - 2005年)
一般女性(2015年 - )
著名な家族 セリナ(姪)[2]
事務所 アルファエージェンシー
公式サイト 公式プロフィール
主な作品
テレビドラマ
NIGHT HEAD
炎立つ
この世の果て
この愛に生きて
愛していると言ってくれ
青い鳥
危険な関係
17年目のパパへ
Love Story
Et Alors-エ・アロール-
弁護士のくず
江〜姫たちの戦国〜
ビューティフルレイン
半分、青い。
逃亡者
ネットドラマ
地面師たち
映画
12人の優しい日本人
きらきらひかる
Love Letter
八つ墓村
傷だらけの天使

日本沈没
愛の流刑地
20世紀少年
今度は愛妻家
必死剣 鳥刺し
プラチナデータ
ラプラスの魔女
ラストレター
キングダム2 遥かなる大地へ
仕掛人・藤枝梅安』シリーズ
受賞
日本アカデミー賞
優秀主演男優賞
1997年八つ墓村
2003年
2011年必死剣鳥刺し
優秀助演男優賞
1996年Love Letter
2006年北の零年
新人俳優賞
1993年きらきらひかる』『課長島耕作
その他の賞
ヨコハマ映画祭
主演男優賞
1996年Love Letter
2011年必死剣鳥刺し
最優秀新人賞
1993年12人の優しい日本人
エランドール賞
新人賞
1993年NIGHT HEAD』『きらきらひかる
日本映画プロフェッショナル大賞
主演男優賞
1995年undo
2007年LOFT ロフト
ザテレビジョンドラマアカデミー賞
主演男優賞
1995年愛していると言ってくれ
1999年危険な関係
ベストドレッサー賞
1995年『愛していると言ってくれ』
ゴールデン・アロー賞
大賞、映画賞
1995年『愛していると言ってくれ』
『Love Letter』
高崎映画祭
最優秀主演男優賞
1997年傷だらけの天使
2000年新・仁義なき戦い。
最優秀助演男優賞
1995年『Love Letter』
2008年接吻
キネマ旬報ベスト・テン
主演男優賞
2011年『必死剣鳥刺し』『今度は愛妻家
東京スポーツ映画大賞
主演男優賞
2010年『今度は愛妻家』
TAMA映画祭
最優秀作品賞

2011年一枚のハガキ
2020年ラストレター
特別賞
2021年いとみち
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来歴

関西学院大学文学部在学中は劇研究会(現・劇研究部劇団狸寝入)に所属し[3]、やがて本格的に俳優を志して中退。上京し演劇集団 円の研究生を経て、1983年に渡辺えり子(現・えり)主宰の劇団3○○(さんじゅうまる)に入団。同年、渡辺作・演出による『瞼の母』で初舞台を踏み、1989年に退団するまで7年間の在籍中は数々の舞台に出演。

退団後は、渡辺の紹介で現在のアルファエージェンシーに移り、1989年に渡邊孝好監督の映画『君は僕をスキになる』のオーディションに受かり、加藤雅也の同僚役で映画初出演。以後、多数の映画テレビドラマに出演。

1990年のフジテレビあいつがトラブル』の最終回にゲスト出演したのを皮切りに、NHK『赤頭巾快刀乱麻』1991年などいくつかに顔を見せていた。映画では、1990年の北野武監督作『3-4X10月』に出演[4]

1992年にテレビドラマNIGHT HEAD』で武田真治と共に主演して注目を浴びる。深夜枠にもかかわらずカルト的な人気を博す。同年に松岡錠司監督の映画『きらきらひかる』で岸田睦月役を務める。日本アカデミー賞ヨコハマ映画祭などの新人賞を多数受賞し、エランドール賞新人賞も受賞。20代女性を中心にブレイクを果たす。

1994年にテレビドラマ『この世の果て』や『この愛に生きて』などの話題作に出演し、一般にも認知されるようになった[4]

1995年に映画『Love Letter』(岩井俊二監督作品)で秋葉茂役を務め、第19回日本アカデミー賞にて優秀助演男優賞と話題賞を受賞。同年に『愛していると言ってくれ』にて耳が不自由な青年画家役として、障害を乗り越えながら愛を深めていく姿を演じ[4]、最高視聴率28.1 %を記録した。

1997年にテレビドラマ『青い鳥』のヘアメイクを担当していた女性結婚し、一男一女を儲けたが、2005年12月31日に離婚、子供は妻が引き取った[要出典]

1999年に放送されたテレビドラマ『危険な関係』に出演し、話題になった。

2001年、放送された春クールの主演ドラマLove Story』(中山美穂とW主演)の平均視聴率が20 %越えを達成した。

以後、2003年に放送されたテレビドラマ『Et Alors-エ・アロール-』、2006年に放送されたテレビドラマ『弁護士のくず』といったドラマに出演した。

2008年、自宅でカキ鍋を食していたところ、突然体調を崩して救急車で病院に搬送されるという事態が発生した。原因は鍋の中の具材(どの具材が症状を引き起こしたかは不明)によるアナフィラキシーショックだったが、症状は軽く済んだ[5]

2011年、第36回湯布院映画祭にて平山秀幸監督の『必死剣鳥刺し』、瀧本智行監督の『犯人に告ぐ』、阪本順治監督の『傷だらけの天使』、行定勲監督の『今度は愛妻家』の4作品が特集上映される。上映後は行定勲監督とのトークショーが開催された。同年にNHK大河ドラマ江・姫たちの戦国』に出演し、織田信長役を務めた。

2015年5月、元エステティシャンの女性との再婚と女児の誕生を公表[6]

エピソード

子供時代

商売(文房具屋)をする両親と、3歳年上の姉のもとで育つ[4]。両親が仕事で忙しく夜遅くまで帰って来なかったため、帰宅後はお菓子などを自由に食べ、このため当時は肥満児で性格も地味だった[4]。小学生時代の将来の夢は、畳屋さん[注釈 1]

親の仕事の関係での引っ越しが多く、学校に馴染んだ頃に転校になったため友達作りに苦労した[4]。イジメはなかったが言葉(方言)にも苦労し、中学生の頃に大阪から千葉に引っ越した後、再び大阪に戻った時はその都度同級生に話し方をからかわれた[注釈 2]

姉との仲は良く、子供の頃から本人が高校生の頃まで同部屋で、二段ベッドで寝起きしていた。また当時は姉の影響で、主に『りぼん』や『別冊マーガレット』などの少女漫画を読んでいた[4]。高校在学中の進路を考える頃、姉は大阪の自宅から京都の同志社大学に通っていた[4]。すると父親から「お前も同志社大学に行け、(姉と)二人で京都で下宿していいぞ」と言われた。しかし高校卒業後も姉と一緒に暮らすのはさすがに気が進まなかったことから、兵庫県にある関西学院大学に進学した[4]。実は本来大学進学は考えておらず、高校卒業後に世界を放浪したいと思っていた[注釈 3]。しかし親から「世界を放浪するなら大学を出てからやりなさい」と猛反対されたため、大学に進学することにした[4]

芝居との出会い

大学進学後は寮生活を始めたが、それまで芝居には興味なかった。寮の目の前に演劇部の部室があり、ある日自室からボケッと練習を見ていた所、部員に誘われて入部[注釈 4]。7月に入部して練習に参加した後、8月か9月の公演に端役として出演[注釈 5]。台詞は1つか2つだったが、この舞台で人前に立つ快感を感じたことから、以後芝居にハマった[4]

本格的に演劇をやりたいと思うようになり、2年生で大学を中退して上京[4]。後日、渡辺えり主宰の「劇団3○○」の舞台を観てその芝居に感激し、公演直後「劇団に入れて下さい」と直訴して入団した[4]。その後劇団が過渡期になったらしく初期メンバーが抜けたこともあり、7年在籍した「劇団3○○」を退団[4]。本人によると、退団後の舞台出演は30歳の頃に1回だけやったのが最後とのこと(2022年現時点)[4]

演技に関して

実在の人物[注釈 6]を演じる時は、できるだけ事前に本人に会っておくという癖がある。本人によると、その人が本当に存在していた証を確かめたくなるとのこと。織田信長など故人の場合でも、その人の墓参りに行くなどしている[4]

本人は「役者としてはわりと役に“飛び込む”[注釈 7]のをウジウジ考えてから演じるタイプ」と自己分析している[4]

役者をする上で大事にしていることは、「自分の気持ちが冷めないよう、各作品の出演期間に一定の“温度”を保つこと」[4]。また、内容が似たような作品にはなるべく連続で出演しないようにしている[4]

人物

  • 俳優以外に、脚本や監督などの活動も行なっているが、バラエティ番組には滅多に登場しない。公私混同を非常に嫌がり、マスコミからの取材も断り、ミステリアスなイメージを堅守している[7]。2016年9月2日、『あさイチ』内「プレミアムトーク」に出演してトーク番組に初出演を果たした[8]
  • NHKの番組をこよなく愛し、19:00 - 22:00過ぎまでほとんど総合テレビの番組を視聴している。1番のお気に入り番組は映画『後妻業の女』の共演者でもある笑福亭鶴瓶冠番組鶴瓶の家族に乾杯』である[9]。また、『NHKニュース7』のメインキャスターを務めた同局アナウンサーだった武田真一のファンであることも公言しており、ニュースキャスターの役が来たら武田を参考にしたいとも述べている[10]
  • 共演が多い寺島しのぶ[注釈 8]からは畏怖とも呼べる印象を抱かれている[11]。彼女ついて、「役への飛び込み方がカッコよく、尊敬しています。役者として刺激ももらえるし、やりやすい。“この人とだったら一緒に役に飛び込めるな”みたいな雰囲気を作ってくれる」と評している[4]
  • 趣味はサーフィンで、40歳を過ぎた頃から始めて2022年現在で15、6年になる[注釈 9]
  • 韓国の6人組ガールズグループMADEIN」の日本人メンバー、セリナ(斉藤芹菜)は姪である[12]

出演

テレビドラマ

ネットドラマ

映画

オリジナルビデオ

  • タフ PART Ⅰ 誕生篇(1990年) - アウトロー 役
  • 女教師・濡れたピアノの下で(1991年) - 郷田竜 役
  • 獣のように 完結編(1992年)
  • 実相寺昭雄の不思議館『受胎告知』(1992年)

舞台

テレビアニメ

ゲーム

ドキュメンタリー

  • ハイビジョン特集 もっと知りたいギリシャ「エーゲ海 紺碧の迷宮」(2004年8月8日、NHK総合) - 旅人
  • 世界・時の旅人「ルパンに食われた男 モーリス・ルブラン(2005年11月18日、NHK BSプレミアム) - リポーター
  • NHKスペシャル(NHK総合)
    • 昔 父は日本人を殺した〜ピュリツァー賞作家が見た沖縄戦〜(2011年6月19日) - デール・マハリッジのモノローグを朗読
    • ”夜の街“で生きる〜歌舞伎町 試練の冬〜(2021年1月30日) - 語り
    • 新・ドキュメント太平洋戦争「1941 第1回 開戦」(前編・後編)(2021年12月4日・5日) ※ 朗読
    • オウム真理教 狂気の“11月戦争”(2025年3月20日)- 語り[35]
  • バルテュスと彼女たちの関係(2014年5月17日、NHK BSプレミアム) - ナビゲーター
  • プラネットアースII(2016年12月25日 - 2017年2月19日、NHK BSプレミアム) - ナレーション
    • NHKスペシャル「ブループラネット」(2018年5月6日 - 7月7日、NHK総合 / 完全版:2018年12月18日 - 2019年3月28日) - ナレーション
  • NNNドキュメント’24「釜ヶ崎の肖像 明日への3000枚」(2024年2月25日、読売テレビ) - ナレーション

教育番組

CM

原案・脚本・演出作品

テレビ演出家・豊川悦司の特徴

初期は、監督やテレビ演出家をあえて重要な役に配していた。例えば「父、帰る…」では清水千賀扮するヒロインの父親役には『この愛に生きて』『星になった少年』の河毛俊作、「冷やす女」では水野美紀扮するヒロインが冷凍する亡き恋人役に『千年旅人』の辻仁成、そして「退屈な部屋」「懐かしいひと」では主人公・津部役に『二十才の微熱』『ぐるりのこと。』の橋口亮輔を起用している。『夫婦漫才』では、ヒロイン・中山美穂の晩年役に、吉本新喜劇の女優・中山美保を起用する遊びをやっていた。

書籍

  • 『秋風羽織の教え 人生は半分、青い。』(秋風羽織名義、北川悦吏子と共著)ISBN 978-4838730209

受賞歴

映画

テレビドラマ

その他

脚注

外部リンク

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