白井勇
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庄内藩新徴組取扱役・西郷村長だった白井重遠の6男として山形県西田川郡鶴岡町(現・鶴岡市)に生まれる。1917年(大正6年)に山形県立荘内中学校)を卒業し、北海道帝国大学予科を経て東京帝国大学農学部農政経済科に進学。1925年(大正14年)に大学を卒業すると農林省に入省し、仙台米穀事務所長(1933年(昭和8年))・食糧庁検査課長(1945年(昭和20年))で退官する。
1953年(昭和28年)4月24日の第3回参議院議員通常選挙に全国区から無所属で出馬、362,293票を得て初当選し左派社会党に入党するが翌年社会党から除名、自由党に入る[1]。1959年(昭和34年)の第5回参議院議員通常選挙で落選するが、7月24日に行われた山形県選挙区補欠選挙で自由民主党の公認を得て出馬。255,699票を得て国政復帰を果した。以後1974年(昭和49年)まで4期務める。1984年(昭和59年)4月12日に死去、墓地は東京都府中市の多磨霊園(26-1-39)にある。
叙位・叙勲
家族・親族
脚注
参考文献
- 『庄内人名辞典』 大瀬欽哉(代表編者) 致道博物館内「庄内人名辞典刊行会」(発行)
- ザ選挙・参議院議員選挙一覧
- 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 院内会派編貴族院参議院の部』大蔵省印刷局、1990年。
| 議会 | ||
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| 先代 鈴木恭一 |
1961年-1962年 |
次代 安部清美 |
| 奇数回 | |
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| 偶数回 (第1回の3年議員を含む) | |
| 第1回 (定数100) |
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†:当選無効・失格など、 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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