阪神3521形電車
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| 阪神3521形電車 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 運用者 | 阪神電気鉄道 |
| 製造所 | 武庫川車両工業 |
| 製造年 | 1966年 - 1969年 |
| 製造数 | 12両 |
| 消滅 | 1989年 |
| 主要諸元 | |
| 編成 | 1両編成 |
| 軌間 | 1,435 mm (標準軌) |
| 電気方式 |
直流1,500V (架空電車線方式) |
| 全長 | 18,880 mm |
| 全幅 | 2,800 mm |
| 台車 | FS341 |
| 主電動機 | TDK-818-A[1] |
| 主電動機出力 | 60 kW × 4[1] |
| 駆動方式 | 中空軸平行カルダン駆動方式 |
| 歯車比 | 74:13 (5.69) |
| 制御方式 | 抵抗制御 |
| 制御装置 | 三菱電機製ABFM-64-15-MA, MB[2][3] |
| 制動装置 | HSC電磁直通ブレーキ |
阪神3521形電車(はんしん3521がたでんしゃ)は、阪神電気鉄道が1966年に導入した優等列車用の電車で、赤胴車と呼ばれる急行系車両の形式である。1960年代から1970年代初頭にかけての急行車の基本編成が5両編成であったため、7801・7901形をベースに奇数両数編成を組成可能な単独電動車として設計された[4]。
1966年から1969年にかけて、12両が武庫川車両工業において製造された[5]。車両番号は3501形の追番であるが、発電ブレーキは搭載していない[6]。奇数車は大阪向き、偶数車は神戸向きである。
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竣工 |
|---|---|
| クモハ
Mc1 |
|
| 3521 | 1966年11月2日 |
| 3523 | 1966年12月1日 |
| 3525 | 1967年2月22日 |
| 3527 | 1969年3月13日 |
| 3529 | 1968年11月15日 |
| 3531 | 1969年4月30日 |
元町 →
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竣工 |
|---|---|
| クモハ
Mc2 |
|
| 3522 | 1967年4月13日 |
| 3524 | 1967年5月8日 |
| 3526 | 1967年6月7日 |
| 3528 | 1968年11月15日 |
| 3530 | 1968年11月15日 |
| 3532 | 1969年7月11日 |
車体・主要機器
昇圧前の1966・1967年に製造された3521 - 3526の6両は、7801・7901形同様に雨樋が外部露出しており、パンタグラフも2基を搭載した[6]。昇圧後の1968・1969年に製造された3527 - 3532の6両は、7861・7961形の増備車と同様に雨樋が車体に埋め込まれ、車体断面も変更されている[6]。パンタグラフも新造時から運転台寄りの1基のみ搭載となった。
電動車のみのため、主電動機の出力は60kWと小さくなっている[6]。主電動機は1時間定格出力60kWの東洋電機製造製TDK-818-Aを4基装備し、主制御器は初期車の3521 - 3526がABFM-64-15-MAを、後期車の3527 - 3532がABFM-64-15-MBを搭載した[2][3]。
改造工事
昇圧改造
1967年の昇圧に際し、3521形の初期車の昇圧改造が行われた。2基搭載していたパンタグラフは1基が撤去されたが[6]、7801形・7861形と異なり3521形では連結面側が撤去され、運転台寄りが残された。
冷房化改造
1973年から1974年にかけて、冷房化改造が行われた[6]。パンタグラフは下枠交差式となり、連結面側に移設された。冷房電源は自車に搭載せず、7801・7901形の01 - 12のユニットに110kVAの大容量MGを搭載し、同ユニットとの3両固定編成を組むようになった[6]。
3000系への改造
1983年から1989年にかけて、3521形と7801・7901形の3両編成は制御装置が界磁チョッパ制御に改造され、3000系に改番された。これにより3521形は形式消滅した[6]。