阪神5001形電車 (2代)

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製造年 1977年 - 1981年
製造数 32両
阪神5001形電車
5001形5021F(前照灯LED化済)
(2021年12月25日 香櫨園駅
基本情報
運用者 阪神電気鉄道
製造所 武庫川車両工業
製造年 1977年 - 1981年
製造数 32両
引退 2025年2月10日
投入先 本線神戸高速線
主要諸元
編成 4両編成(当初は2両編成)
軌間 1,435 mm標準軌
電気方式 直流1,500 V
架空電車線方式
最高運転速度 106 km/h(各停運行時は91 km/h)
設計最高速度 110 km/h
起動加速度 4.5 km/h/s
減速度(常用) 5.0 km/h/s
車両定員 先頭車131人、中間車140人
車両重量 36.5 t
全長 18,900 mm
全幅 2,800 mm
全高 4,047 mm
車体 普通鋼
台車 住友金属工業製FS-391(S形ミンデン台車)
主電動機 東洋電機製造製TDK-8145A
主電動機出力 90 kW/340 V
駆動方式 中空軸平行カルダン駆動方式
歯車比 74:13(5.69)
制御方式 抵抗制御
制御装置 東芝製 PE30-A1
制動装置 HSC-D 電磁直通電空併用抑速
保安装置 阪神・山陽・阪急形ATS
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阪神5001形電車(はんしん5001がたでんしゃ)は、かつて阪神電気鉄道(阪神)が1977年(昭和52年)より使用していた各駅停車用の通勤形電車ジェットカー)である。

本稿では、個々の編成を指し示す際、大阪梅田方先頭車の車両番号で代表する(例:5001F)。

非冷房のジェットカー第1世代車の置換えと冷房化の推進を目的に導入された。

高加減速の普通用車両「ジェットカー」の冷房化は、1970年5261形5271 - 5274の投入以来中断していたが、急行用車両の冷房化完了に続いて1976年より順次着手された[1]。このうち、ジェットカー第1世代で1958年から1960年に新造の5001形(初代)5101形・5201形の32両については試作的要素が強かったことから冷房化改造を行わず、冷房付きの新車の導入で代替することとなった[2]

Mc1-Mc2の2両固定ユニット16本の計32両が武庫川車両工業で製造された[3][2]。阪神で5001形を名乗る形式は、これが2代目である[3]

車両概説

梅田方に奇数番号の車両(以下「奇数車」)、元町方に偶数番号の車両(以下「偶数車」)の全電動車による2両編成を組み、奇数車に補助電源装置と空気圧縮機、偶数車にパンタグラフと主制御器を搭載する[4]

車体

外観は3801・3901形と同様の形態である[5]。1977年に増備された3905編成と同様、従来車より運転台が広く、乗務員室扉は幅と高さが5cmずつ拡大され、車体長は10cm長くなっている[6]

登場当時は行先表示器のない単車や2両ユニットの在来車と連結する必要性から、3905Fと異なり行先表示器は設置されなかった[3]。側面には3905Fと同様に車外スピーカーが各2箇所設置され、車掌によるプラットホームの乗客に対するアナウンスを可能とした[7]。側窓はユニット窓、客用側扉は両開きであり、扉上部の戸閉機で開閉される[2]

屋根上には奇数車には7基、偶数車には6基のMAU-13HA分散式冷房装置を搭載し、偶数車の連結面寄りには下枠交差式のパンタグラフを取り付けた。

内装

座席はロングシートで、他の普通系車両と見付は統一されている。

初期の5010までは連結面側の妻面窓の片側(貫通扉の引き込まない側)が2段サッシ窓、もう片側がHゴム固定窓となっていたが、5011以降は両側ともHゴム固定窓となった[3]。客用扉横の縦手摺の端部が5001Fが直角なのに対し、5005F以降は丸くなっており、後年製造された5131・5331形でも端部の丸いものが採用されている。

主要機器

台車は3801・3901形同様のS形ミンデン空気ばね台車で、住友金属工業製造のFS-391Aを装着する[8]。この台車は5101・5201形が換装を進めていたFS-391とほぼ同じ台車で、16両分は5201形の台車交換実施車の廃車車両のものを流用、小改造の上で装着している[3]。車輪径も従来のジェットカー各形式と同様の762mmで、高加減速が重視されている[4]

制御装置は電動カム軸式の抵抗制御[6]、2両分8個の主電動機を制御する1C8M方式である[9][10]。主制御器は東芝製のPE-30-A1で[11]、偶数車の山側大阪寄りに搭載される[3]

主電動機は東洋電機製造のTDK-8145-Aを搭載する[12]。主電動機出力は、従来の75kWから90kW[2]に増強された。駆動装置は中空軸平行カルダン駆動方式を採用、歯車比は74:13(5.69)である[12]

補助電源は出力70kVAのCLG-346形電動発電機を奇数車に1基、空気圧縮機はDH-25-D形を奇数車に2基搭載した[11]。5017のみ当初よりC-2000-Mを試用していた[11]

ブレーキは電磁直通ブレーキのHSC-Dで、発電ブレーキ併用・抑速ブレーキ付きである[2]。抑速ブレーキは阪神電鉄線内での通常運用では使用機会がなく、後年になってマスコンハンドルが抑速側に入らないようロックされている[3]

改造工事

4両固定編成化

4両固定化後、連結器換装前の5001形

1987年12月に普通列車が全列車4両編成化されたのに伴い、5001形は1988年より4両固定編成化改造が実施された。同様の改造は5131形・5331形でも行われている[4]

番号順に4両ずつの組成とし、中間に連結される車両の運転台を撤去して客室化[9]、客席と簡易運転台が設置された[4]。運転台の撤去に伴う車両番号の変更はない[5]。従来の運行標識板に代わって前面・側面に電動式の行先表示器が設置され、旅客案内の向上を図った[9]。前面の貫通幌は撤去され、ステンレス製の飾り枠が設置された[5][13]2000系とは異なり、前面床下の連結栓は撤去されていない[5]

奇数車の空気圧縮機はDH-25-Dの2基からC-2000-Lの1基に交換され、5017も後にC-2000-LAに交換された[14]

1989年以降の改造車では、先頭車最前部の冷房装置が乗務員室の冷房化も可能なCU-10Hに換装された[15][13]。初期改造車で未換装であった5021F・5025Fでも後述の保全工事の際に換装され[16]、全編成の乗務員室冷房化が完了、中間運転台撤去工事も1991年に完了した[15]

5009F(5009-5010-5011-5012)では、当初からの連結面の妻窓が2段サッシ窓・Hゴム固定窓の両スタイル混成となっている[3]

保全工事

登場後15年前後経過した1994年から保全工事が実施された。工事は阪神・淡路大震災後の1995年に全車完了している[5]

中間車の神戸寄りの座席を2名分撤去し、車椅子スペースが設置された[15]。ドアエンジンは1シリンダ式に変更され、識別のため戸当りゴムは灰色から黒色に変更された[11][15]。運転台撤去部の貫通幌は、先頭車時代からの分割型から中間車用の1枚型に変更されている[17]

連結器換装

2009年近畿日本鉄道との相互直通運転に先立ち、2006年度から先頭車の連結器をバンドン型連結器から廻り子密着連結器へ換装することとなった[16]。5013編成の5013・5016が阪神全体で初の施工となり[18]、2009年までに全車が完了した。

その他の改造

連結部への転落防止幌の設置、座席モケットの交換等が施工されたほか、一部編成では前照灯LED化が行われている[15]

運用

第1編成である5001 - 5002の2両は1977年3月14日に、第2編成の5003 - 5004の2両は4月15日にそれぞれ竣功し、4月20日より4両編成で運転を開始した[19]。代替として5001形(初代)および5201形5201 - 5202「ジェットシルバー」が3月11日付で廃車となっている。

1977年11月竣功の5005 - 5006の編成から1979年3月26日竣功の5015 - 5016まで合計6編成の投入によって、5101・5201形の台車・主電動機・駆動装置未換装車の代替を完了した。3月30日竣功の5017 - 5018の編成からは廃車となった5101・5201形から換装済みの台車・主電動機・駆動装置を流用し、新製車体と組み合わせた。1981年1月に最後の5201形が廃車された後、同年3月に最終増備編成の5031 - 5032の2両が竣功した。これにより5001形(初代)、5101・5201形計32両の置き換えを完了した。

本線および西大阪線の普通運用に投入され、早朝深夜およびデータイムの西大阪線では2両編成、それ以外の時間の本線普通およびラッシュ時の西大阪線では4両編成を組成した。同形式同士に加えて他形式との併結もあり、冷房化改造後の5261形・5151形5311形電機子チョッパ制御の量産車5131形・5331形との分割併合を実施した。

1987年の普通車終日4両編成化以降は、4両固定編成で運用された。1995年には阪神・淡路大震災が発生したが、5001形の被災車両はなかった[20]

当初は老朽化した7861形7890形に代わり、5001形を武庫川線専用車両として置き換える計画もあったが、最終的に5500系を投入した[21]

廃車

2021年4月までは廃車は発生しておらず、4両編成8本32両全車が在籍していた[22]。しかし、老朽化とバリアフリー対応の推進もあり、翌5月に5009Fが初めて廃車されて以降、5700系の投入に合わせて順次廃車が進められた。同年6月の5029Fの廃車をもって阪神電鉄から電球式の前照灯が消滅した。その後も廃車が進行し、最後に残った5025Fの4両も2025年2月10日をもって運行を終えた[23][24][25]

編成表

登場時

1986年8月15日現在[26]

梅田・西九条
三宮・元町
竣工[27]
クモハ

Mc1

クモハ

Mc2

500150021977年3月14日
500350041977年4月15日
500550061977年11月29日
500750081978年3月1日
500950101978年3月31日
501150121978年11月22日
501350141978年12月28日
501550161979年3月26日
501750181979年3月30日
501950201979年6月7日
502150221980年2月27日
502350241980年6月18日
502550261980年9月5日
502750281980年11月21日
502950301981年2月13日
503150321981年3月30日

固定編成化後

2021年4月1日現在[28]

梅田・西九条
三宮・新開地(須磨浦公園)
備考 廃車
クモハ

Mc1

モハ

M2

モハ

M1

クモハ

Mc2

5001500250035004前照灯LED化 2024年1月11日[29]
5005500650075008前照灯LED化 2022年6月3日
5009501050115012前照灯LED化 2021年5月14日[30]
5013501450155016前照灯LED化 2024年2月13日[29]
5017501850195020前照灯LED化 2024年3月22日[29]
5021502250235024前照灯LED化 2022年6月18日[21]
5025502650275028前照灯LED化 2025年3月18日[31]
5029503050315032 2021年6月22日[30]

保存

車両全体の保存はないが、西宮市にある武庫川団地のショッピングモール「ムコダンモール」で、廃車された5022号車の車輪のみ展示保存される[21]

脚注

参考文献

外部リンク

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