1979年から1980年にかけて四川省博物館と青川県文化館は青川郝家坪で50号戦国墓を発掘して2枚の木牘を得た。2枚とも戦国後期にかかるものである。
1枚の木牘は両面に書写されていて、表面には武王2年(紀元前309年)に公布した「更修田律」を3行で、裏面には「道普請をしないことに関する記事」を4行で記している。総計121字。田律とは耕地を管理する規定である。表面にみえる「丞相戊」を「丞相甘茂」とみて、報告者は墓葬の下限を昭襄王元年(紀元前306年)前後としたが、墓葬時期をもう少し下げる説が有力である。
もう1枚もほぼ同じサイズで表面に墨痕を確認できるものの、にじみが激しく判読できない。