香川恵美子
From Wikipedia, the free encyclopedia
たぐち えみこ 田口 恵美子 | |
|---|---|
| プロフィール | |
| 本名 |
田口 恵美子(2001年 - ) 香川 恵美子(出生名) |
| 出身地 |
|
| 生年月日 | 1965年10月18日(60歳) |
| 血液型 | O型 |
| 最終学歴 | 立教大学文学部史学科卒 |
| 職歴 | TBSアナウンサー |
| 活動期間 | 1988年 - 1998年 |
| ジャンル | スポーツ |
| 配偶者 | 田口壮 |
| 出演番組・活動 | |
| 出演経歴 |
各種スポーツ中継 JNNおはようニュース&スポーツ ビッグモーニング 筑紫哲也NEWS23 など |
備考 TBSアナウンサー時代は、「香川恵美子」名義で活動。アナウンサー時代より、ライターとしても活動。2001年の田口壮との結婚以降は「田口恵美子」名義で活動。 | |
田口 恵美子 (香川 恵美子) | |
|---|---|
| 生誕 |
1965年10月18日(60歳) |
| 職業 |
アナウンサー ライター |
| 言語 | 日本語 |
| 最終学歴 | 立教大学 |
| 活動期間 | 1995年『ノイズ・オンリー あるがままのスポーツシーン』 |
| 配偶者 | 田口壮 |
香川 恵美子(かがわ えみこ、1965年10月18日[1][2] - )は、ホリプロスポーツ文化部のアナウンスルームに所属するフリーアナウンサーで、元・東京放送(TBS)アナウンサー。同局が「スポーツアナウンサー」として採用した最初の女性でもある。1998年退社後、ライターとしても活動している。2001年に田口壮(当時はNPBオリックス・ブルーウェーブの外野手)と結婚したことを機に、本名を田口 恵美子(たぐち えみこ)に変更、以降は田口 恵美子の名義で活動している。
実父もアナウンサー[3]で、父方の叔父は栗林公園(香川県高松市)内の動物園(2004年3月に閉園)で園長を務めていた。叔父の園長在任中に動物園内の園長宅で出生したが、本人によれば、「物心が付いた頃には東京都内で生活していた」とのことである。佼成学園女子高等学校から立教大学文学部史学科へ進学[1]。高校では陸上競技部でやり投に取り組んでいた[4] が、肘を傷めたことがきっかけで競技生活を断念した。大学ではバレーボール部に所属。当時はスポーツの現場を取材する記者を志していて、在学中の就職活動ではスポーツ紙の入社試験にも臨んでいたという。TBSのアナウンサー試験を受けたのは、「スポーツアナウンサーとして採用することを条件に、男女を問わず門戸を開く」という試みが初めて為されていたことによる。
大学卒業後の1988年4月に、TBSへアナウンサー第24期生として入社。同期は佐古忠彦、清原正博、向井政生[5]、杉山真喜人で、いずれも香川と同じく「スポーツアナウンサー」として採用された[6][7]。
TBSへの在籍中は、スポーツ中継のリポーターや、報道・情報番組(テレビの『筑紫哲也 NEWS23』など)のスポーツキャスターを担当。さらに、同局の女性アナウンサーとしては初めて、プロ野球・マラソン・陸上競技の中継で実況を任されていた。同局が日本国内向けの放送権を保有していた世界陸上アテネ大会(1997年)のテレビ中継では、投擲系の3種目(室伏広治が日本代表として世界陸上に初めて出場した男子ハンマー投など)を実況。1992年のバルセロナオリンピック・女子マラソン競技のテレビ中継(TBS制作)では、(男子を含めた)日本国内向けのマラソン中継で初めて、オートバイの後部座席からのレース実況(バイクリポート)に臨んでいた[8]。その一方で、新聞や雑誌で数々のエッセイを連載。1995年には、『ノイズ・オンリー あるがままのスポーツシーン』と題したスポーツエッセイ集を、自身初の著書として発表した。
1997年に毎日放送(TBS系列の準基幹局)の社員と結婚したが、翌1998年に離婚。同年12月31日付で退社して[6][7]からは、活動の拠点をアメリカ合衆国に移した[9]うえで、少年犯罪関連の取材を始めた。本人は、TBSからの退社に至った背景に「『一会社員』であるはずの女性アナウンサーが、いつの間にか『女子アナ』と称してタレントのように扱われるようになったことへの戸惑い」[10]を挙げていて、退社後の1999年に双葉社から発売された著書『自分らしく―Go forward』でも前述した半生や「元・スポーツキャスター」としての本音を明かしている。2001年にオリックス・ブルーウェーブ外野手(当時)の田口壮と再婚して[9]からは、「田口恵美子」名義で活動。田口が海外FA権の行使によってメジャーリーグ(MLB)のセントルイス・カージナルスへ入団した2002年から、2010年にオリックス・バファローズ(ブルーウェーブの後継球団)でNPBに復帰するまでは、アメリカで再び生活していた[9]。2007年には心労の蓄積が原因でパニック障害を一時患っていた[11]ものの、田口がシカゴ・カブスへ移籍した2009年には、NHKのスポーツ情報サイト内で『パパはメジャーリーガー』というコラムを連載[12]。その後は、メジャーリーグ婦人会の活動や、マイナーリーグにおける田口の苦闘などを綴った書籍を出している。
詳細情報
出演番組
※放送局名がない番組はTBSアナウンサー時代。
- 各種スポーツ中継[9](ラジオorテレビ。主にリポーターを担当)
- プロ野球中継[1](ラジオ『TBSエキサイトナイター』・テレビ『JAPAN MAJOR BASEBALL』)
- 陸上競技中継[1]
- 新体操中継[1]
- フィギュアスケート中継[1]
- バルセロナオリンピック(1992年。TBSユニ取材)[7]
- ラジオ
- 待ったなし大相撲(キャスター)[13]
- マンデーナイトベースボール(1989年)[14]
- 感動ラジオ!洋七のスポーツ倶楽部(1991年)[6][7]
- 松井愛のすこ〜し愛して♥MORE(2025年秋 - 、MBSラジオ。ミッツ・マングローブ休演時の火曜日パートナー代理※「田口恵美子」名義)
- テレビ
- JNNおはようニュース&スポーツ(1988年)[15]
- ビッグモーニング(1990年)[6][7]
- 筑紫哲也 NEWS23[9](1992年。スポーツ担当)[6][7]
- 新サンデーモーニング(1997年)[7]
著書
- ノイズ・オンリー あるがままのスポーツシーン(1995年12月、ベースボール・マガジン社)ISBN 9784583032689
- 自分らしく―Go forward(1999年9月、双葉社。「女性のためのわがままシリーズ」)ISBN 9784575290127
- コレを読まないとひどい目にあうアメリカ西海岸ホームステイ(2001年1月、双葉社)ISBN 9784575291919
- メジャーリーガーの女房 〜ヨメだけが知る田口壮の挑戦、その舞台裏〜(2010年10月23日、毎日コミュニケーションズより「マイコミ新書」の一冊として発売)ISBN 9784839936662 ※「田口恵美子」名義。