1942年のNFLドラフト
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ドラフト全体1位では、バージニア大学のビル・ダドリーが指名された。
2巡と4巡は5チームのみに指名権が与えられた。
1941年のハイズマン賞受賞者で13巡に指名されたブルース・スミスは真珠湾攻撃があったこともあり、アメリカ海軍の戦闘機パイロットとなり、1945年までNFLでプレーすることはなかった。1巡10位で指名されたフランキー・アルバートもアメリカ海軍に従軍し、AAFCに所属するサンフランシスコ・フォーティナイナーズに1946年に加入、中心選手となった[2]。
5巡でニューヨーク・ジャイアンツに指名されたアル・ブロージズはNFL1940年代オールディケイドチームに選ばれた。また彼の背番号32番はジャイアンツの永久欠番となっている。
15巡で指名されたジム・トリンブルはカナディアン・フットボール・リーグに在籍時グレイ・カップリングを獲得、後にニューヨーク・ジャイアンツのスカウトとして第21回スーパーボウルでスーパーボウルリングを獲得した数少ない人物である。
17巡で指名されたR・C・ピッツはバスケットボール男子アメリカ合衆国代表として1948年ロンドンオリンピックに出場し金メダルを獲得した。
18巡で指名されたラルフ・ミラーは、カレッジバスケットボールとカレッジフットボールで活躍した選手で後にバスケットボール殿堂入りを果たした。
指名選手一覧
1巡指名選手
| 指名順位 | チーム | 選手名 | ポジション | 出身大学 |
| 1 | ピッツバーグ・スティーラーズ | ビル・ダドリー | ハーフバック | バージニア大学 |
| 2 | クリーブランド・ラムズ | ジャック・ウィルソン | ハーフバック | ベイラー大学 |
| 3 | フィラデルフィア・イーグルス | ピート・クメトヴィッチ | ハーフバック | スタンフォード大学 |
| 4 | シカゴ・カージナルス | スティーブ・ラック | フルバック | デューク大学 |
| 5 | デトロイト・ライオンズ | ボブ・ウェストフォール | フルバック | ミシガン大学 |
| 6 | ワシントン・レッドスキンズ | スペック・サンダース | ランニングバック | テキサス大学 |
| 7 | ブルックリン・ドジャース | ボビー・ロバートソン | ランニングバック | USC |
| 8 | ニューヨーク・ジャイアンツ | マール・ヘイプス | フルバック | ミシシッピ大学 |
| 9 | グリーンベイ・パッカーズ | アーバン・オドソン | タックル | ミネソタ大学 |
| 10 | シカゴ・ベアーズ | フランキー・アルバート | クォーターバック | スタンフォード大学 |
2巡以降の主な指名選手
| 指名順位 | チーム | 選手名 | ポジション | 出身大学 |
| 12 | クリーブランド・ラムズ | ジャック・ジェイコブス | バック | オクラホマ大学 |
| 19 | シカゴ・カージナルス | バド・シュベンク | バック | ワシントン大学 |
| 26 | ピッツバーグ・スティーラーズ | マルコム・カトナー | エンド | テキサス大学 |
| 29 | シカゴ・カージナルス | ヴィンス・バノニス | センター | デトロイト大学 |
| 38 | ニューヨーク・ジャイアンツ | アル・ブロージズ | タックル | ジョージタウン大学 |
| 119 | グリーンベイ・パッカーズ | ブルース・スミス | ランニングバック | ミネソタ大学 |
| 135 | デトロイト・ライオンズ | マック・スピーディー | エンド | ユタ大学 |
| 139 | グリーンベイ・パッカーズ | ジム・トリンブル | タックル | インディアナ大学 |
| 157 | ブルックリン・ドジャース | R・C・ピッツ | エンド | アーカンソー大学 |
| 167 | ブルックリン・ドジャース | ラルフ・ミラー | バック | カンザス大学 |
ドラフト外入団の主な選手
| チーム | 選手名 | ポジション | 出身大学 |
| シカゴ・カージナルス | チェト・バルジャー | OT | セントメアリーズ大学ミネソタ |
| クリーブランド・ラムズ | ボッシュ・プリチャード | RB | ジョージア工科大学 |
| グリーンベイ・パッカーズ | テッド・フリッチ | RB | ウィスコンシン大学スティーブンスポイント校 |