シャルル=ピエール・ペクールの肖像
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| フランス語: Portrait de Charles-Pierre Pecoul 英語: Portrait of Charles-Pierre Pecoul | |
| 作者 | ジャック=ルイ・ダヴィッド |
|---|---|
| 製作年 | 1784年 |
| 素材 | キャンバス上に油彩 |
| 寸法 | 91.5 cm × 72.5 cm (36.0 in × 28.5 in) |
| 所蔵 | ルーヴル美術館、パリ |
『シャルル=ピエール・ペクールの肖像』(シャルル・ピエール・ペクールのしょうぞう、仏: Portrait de Charles-Pierre Pecoul、英: Portrait of Charles-Pierre Pecoul)は、フランスの新古典主義の巨匠ジャック=ルイ・ダヴィッドがキャンバス上に油彩で制作した絵画である。画面下部左側に「J.L.David. 1784.」という画家の署名と制作年が記されている[1]。作品は1845年に購入されて以来、パリのルーヴル美術館に所蔵されている[1][2][3]。
モデルのシャルル=ピエール・ペクール (1759-1821年) は、王室営繕局で契約に携わっていた人物で、ダヴィッドの妻シャルロット (Charlotte David) の父であった[2]。富裕な家庭に生まれたペクールは、金融業界、とりわけ銀行業で大きな成功を収め、フランス革命後の経済界で重要な役割を果たした人物である。ペクールはまた、政界においても活動的であった。彼はフランス第一共和制時代の国民公会の一員を務めており、彼の政治とのかかわりは、共和制への忠誠心に加えて、革命後のフランスにおける政治的状況を形成するのに一役買ったこと示している[2]。

ペクールは、シャルル=ピエール・ペクール夫人となるアンヌ=マリー=フェリシテ=ルイーズ・ド・ボワーニュ (Anne-Marie-Félicité-Louise de Boigne) と結婚した。この結婚により、ペクールは社会的、文化的に影響力のある人々とつながりができ、自身のフランス社会における立場を強化することとなる。夫人のサロンは、知的、文化的意味合いで知られていた[2]。ちなみに、ダヴィッドは、本作の対作品である『シャルル=ピエール・ペクール夫人の肖像』(ルーヴル美術館) も描いている[4][5]。
画中のペクールは、暗い背景の中、金色のボタンがついた茶色のコートと白いクラヴァットを身に着けた座像で表されている[3]。彼は4分の3正面向きで、落ち着いた姿をしている。抑制された色調と簡素な背景は、ダヴィッド初期の肖像画の特徴である。布地の描写に見られる細かな配慮は、ダヴィッドの技巧と当時の肖像画の基準を示す。ペクールの顔には照明が当てられ、写実的に描かれている彼の容貌には個性と洗練性が表現されている。明暗の均衡、そして落ち着きながらも権威を示す彼のポーズに特徴づけられる全体の構図は、当時普及していた啓蒙思想的価値を反映している[3]。