ヘクトルの死を嘆くアンドロマケ
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| ロシア語: Андромаха, оплакивающая Гектора 英語: Andromache Mourning Hector | |
| 作者 | ジャック=ルイ・ダヴィッド |
|---|---|
| 製作年 | 1783年 |
| 素材 | キャンバス上に油彩 |
| 寸法 | 58 cm × 43 cm (23 in × 17 in) |
| 所蔵 | プーシキン美術館、モスクワ |
『ヘクトルの死を嘆くアンドロマケ』(ヘクトルのしをなげくアンドロマケ、露: Андромаха, оплакивающая Гектора、英: Andromache Mourning Hector)は、フランスの新古典主義の巨匠ジャック=ルイ・ダヴィッドが1783年にキャンバス上に油彩で制作した絵画である。パリのエコール・デ・ボザール (国立美術学校) からルーヴル美術館に寄託されている『ヘクトルの死を悼むアンドロマケ』[1][2]の習作として描かれた[3]。作品は現在、モスクワのプーシキン美術館に所蔵されている[3]。

現在ルーヴル美術館に寄託展示されている『ヘクトルの死を悼むアンドロマケ』は、1783年8月23日に王立絵画彫刻アカデミーへの入会作品として8月25日にルーヴル宮殿で開催されたサロンで展示された[1][2]。アカデミーに承認された結果、ダヴィッドはアカデミーの正式な会員となった[2][3]。
本作は、ホメロス作と伝えられる、トロイア戦争を主題とした『イーリアス』の逸話を描いている[3]。トロイア軍の総帥ヘクトルは妻のアンドロマケと幼い息子アステュアナクスに別れを告げ、戦場に赴く。彼はギリシア軍の英雄アキレウスの親友パトロクロスを殺したために、アキレウスと一騎打ちをすることになった。ヘクトルは敗れ、アキレウスは親友の復讐としてヘクトルの死体の踵に穴を穿ち、紐で自分の戦車に結びつけ、ギリシア軍の船のある陣営まで引いて行った。妻のアンドロマケはこれを見て気を失う。作品の画面に描かれているのは、この悲劇の場面である[3]。
プリアモスの宮殿で、ヘクトルの死体が張り巡らした幕前の寝台に横たえられている[3]。寝台の前には悲しみに暮れるアンドロマケと息子のアステュアナクスがおり、息子はけなげにも母を気遣っているように見える。母子は、演劇的ともいえる悲嘆と哀悼の強い感情を見せている。寝台に彫られたレリーフの左側にはヘクトルとアンドロマケの別れが、右側にはヘクトルの死が表され、画面下部左側には羽根飾りのついた兜や革紐のついた剣が見える[3]。
正面から見据えた列柱や、イタリアの画家・建築家ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージに由来する灯火台、重厚な寝台などの構成により、英雄の死が厳粛に表現されている。さらに、遺体の水平線に対して、妻アンドロマケの垂直線が交差し、安定的で厳格な雰囲気が生み出されている[3]。習作である本作は、ルーヴル美術館にある完成作と構図的にほぼ同じである。しかし、本作では苦悶の表情を示しているアンドロマケの描写が、完成作では古典美の基準にしたがって和らいだ表情にされている[3]。