ジョン・マトラック
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1967年、ニューヨーク・メッツからドラフト1巡目(全体4番目)で指名され契約。1971年7月11日にメジャーデビュー。その年は7試合登板で0勝3敗に終わったものの、翌1972年は15勝10敗、防御率2.32で新人王に選ばれた。同年9月30日にはピッツバーグ・パイレーツのロベルト・クレメンテに生涯最後の通算3000本目のヒットを打たれている。
1973年は14勝を挙げ、メッツはワールドシリーズに進出しオークランド・アスレチックスと対決。マトラックは第1戦で敗戦投手、第4戦で勝利投手となり、3勝3敗で迎えた第7戦に先発。しかし3回途中4失点で降板し敗戦投手となってしまった。結局このシーズンが唯一のポストシーズン進出となった。
1975年のオールスターゲームでは3番手として登板し、2回を無失点、4奪三振で勝利投手となった。9回に決勝2点タイムリーヒットを打ったシカゴ・カブスのビル・マドロックと共にMVPを共同受賞した。
1977年シーズン後、4チームがからむ四角トレードでテキサス・レンジャーズに移籍。1980年8月19日のカンザスシティ・ロイヤルズ戦では、30試合連続ヒット中のジョージ・ブレットを3打数ノーヒットに抑え記録をストップさせている。
1983年シーズン後に引退。
1996年にデトロイト・タイガースの投手コーチに就任したが、リーグ最多の109敗とリーグワーストのチーム防御率6.38という投手陣崩壊の責任を問われ解任された。