ドン・ラモン・サトゥエの肖像

From Wikipedia, the free encyclopedia

製作年1823年
寸法107 cm × 83.5 cm (42 in × 32.9 in)
『ドン・ラモン・サトゥエの肖像』
オランダ語: Portret van Don Ramón Satué
英語: Portrait of Don Ramón Satué
作者フランシスコ・デ・ゴヤ
製作年1823年
種類キャンバス油彩
寸法107 cm × 83.5 cm (42 in × 32.9 in)
所蔵アムステルダム国立美術館

ドン・ラモン・サトゥエの肖像』(ドン・ラモン・サトゥエのしょうぞう、: Portret van Don Ramón Satué, : Portrait of Don Ramón Satué)は、18-19世紀のスペインの巨匠フランシスコ・デ・ゴヤが76であった[1]1823年にキャンバス上に油彩で制作した絵画である。画面下部左側に「D. Ramon Satue / Alcalde d[e] corte / P.r Goya 1823 (ドン・ラモン・サトゥエ/法廷判事/ゴヤ作1823年)」という銘が記されている[2][3]。作品は現在、アムステルダム国立美術館に所蔵されている[1][2][3]オランダの公共美術館に所蔵されている唯一のゴヤの作品である[2]

画面に表されているのは、左向きの半身像姿のマドリード最高裁判所判事ラモン・サトゥエである[3]。彼は、黒いスーツ、赤いベスト、首のところで開いている白いシャツを身に着けている。髪は乱れ、両手はズボンのポケットに入れられている。ゴヤは、作品の表現力をサトゥエの顔に集中させている。彼は、ほとんど挑戦的なくらいの凝視で鑑賞者を見つめている。非常に緻密に描写された顔は、おおまかに表現されている身体と対照をなしている。灰色がかった背景は、完全に平面的である[3]。限定された色彩[3]は黒色が圧倒的で[1]、ボタンで留められたスーツから覗くベストの赤色によってのみ明るい輝きが与えられている[3]

来歴

この肖像画は1922年にレンブラント協会英語版 (オランダの美術館の美術品購入を支援する組織) により購入され、アムステルダム国立美術館に贈られた[2]。以来、同美術館の目録の傑作選に含まれている。本来、マドリードのデ・エレディア (de Heredia) 侯爵のコレクションにあったが、1890年のパリのドゥルオ館 (Hôtel Drouot) での競売で、マドリードのベニト・ガリガ (Benito Garriga) に売却された(目録番号3番の作品として1,500フランの価格であった)[2][4]。1902年には、再度ドゥルオ館で目録番号21番の作品として、ジョアシム・カルヴァロ (Joachim Carvallo) 博士により彼の居宅であったフランスのヴィランドリー城 (Château de Villandry) のために9,510フランで購入されている[2][4]

画面下の隠された肖像画

1970年に貸し出された後に、アムステルダム国立美術館に戻った作品

専門家たちは、ラモン・サトゥエの肖像の下に別の構図があると推測していたが、研究者のヨリス・ディク (Joris Dik) とコーン・ヤンセンス (Koen Janssens) はX線画像を用いて本作を調査し、実際に、胸にメダルを着けたフランス高官の肖像があることを発見した。この人物は、将軍、あるいはスペイン王となったジョゼフ・ボナパルトなのかもしれない。この本来の肖像は、スペイン独立戦争中の1810年ごろに描かれたものであろう。ヨリス・ディクによれば、「我々が知る限り、ゴヤは、2つの体制、すなわちフランス人によるスペイン統治、そして、ふたたびスペイン人自身によるスペイン統治という体制の転換を生き延びた...1820年以降、(そのような肖像画は) 危険視されたであろう。我々は、その時に肖像が現在見るような人物に置き換えられたと考えている。現在の絵画は、1823年に制作されているからである」[5]

脚注

参考文献

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI