サン・イシドロの牧場

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製作年1788年
寸法41.9 cm × 90.8 cm (16.5 in × 35.7 in)
『サン・イシドロの牧場』
スペイン語: La pradera de San Isidro
英語: The San Isidro Meadow
作者フランシスコ・デ・ゴヤ
製作年1788年
種類キャンバス油彩
寸法41.9 cm × 90.8 cm (16.5 in × 35.7 in)
所蔵プラド美術館マドリード

サン・イシドロの牧場』(サン・イシドロのまきば、西: La pradera de San Isidro, : The San Isidro Meadow)は、18-19世紀のスペインの巨匠フランシスコ・デ・ゴヤが1788年にキャンバス上に油彩で制作した絵画である。

エル・パルド王宮英語版内の王女たちの寝室に飾られる予定であったタピストリーの下絵のためのスケッチで、提出用のサンプルとして描かれた。1788年に国王カルロス3世が崩御したために、最終的な下絵は制作されなかった[1][2][3]。1798年にオスーナ公爵英語版 (プラド美術館蔵の『オスーナ公爵夫妻とその子供たち』に描かれている) がゴヤから作品を購入し、その後は公爵家の所蔵品となっていたが、1896年にスペインの勧業省 (Ministerio de Fomento) がマドリードプラド美術館のために取得した[1][2]。以来、同美術館に所蔵されている[1][2][3]

ゴヤ『サン・イシドロへの巡礼』(1820-1823年)、プラド美術館

サン・イシドロの牧場は、マドリード王宮とオスーナ公爵邸に近かったために、ゴヤには親しみのある場所であった[2]。ゴヤは晩年に『サン・イシドロへの巡礼』 (プラド美術館) [4]も制作しているが、その絵画は、サン・イシドロの牧場に非常に近かった[2]、晩年のゴヤの家「キンタ・デル・ソルド英語版」の壁面に描かれている。

南側から見たサン・フランシスコ・エル・グランデ教会英語版キューポラ (建築)
フアン・バウティスタ・マルティネス・デル・マーソサラゴサの眺め』(1647年)、プラド美術館

本作は、構図の複雑さ、素早く生き生きとした仕上げ、精確な色彩表現などで高く評価されている作品である[2]。遠景には、セゴビア橋、サン・フランシスコ・エル・グランデ教会英語版 (画面中央右寄り)、マドリード王宮 (画面中央左寄り) が望まれる。本作の構成は、ゴヤが参照したかもしれないフアン・バウティスタ・マルティネス・デル・マーソの『サラゴサの眺め』 (プラド美術館) を初め、ルイス・パレット・イ・アルカサル英語版アントニオ・ヨーリ英語版クロード・ジョゼフ・ヴェルネらの作品を想起させる[2]

ゴヤが描いているのは、毎年5月15日にマドリードで行われる聖イシドロ英語版 (マドリードの守護聖人) の日の祭りの光景である[1][2][3]マンサナーレス河岸には、社会階級を超えてすべての市民たちが集まっている[3]。本作は、ラモン・デ・ラ・クルススペイン語版の同名の短編喜劇『サン・イシドロの牧場』と比較対象になる。しかし、デ・ラ・クルスの劇では、異なる階級の人々が互いに対抗する姿で表現されている。実際、この種の祭日にはしばしば喧嘩が発生し、当局が乗り出さざるをえなかった。一方、ゴヤの絵画では別々の階級の人々が仲良く交わっており、牧歌的な情景が描かれている[2]

ゴヤ『目隠し鬼』 (1789年)、プラド美術館

このタピストリー下絵のためのスケッチは、ゴヤに非常に多くの問題を提起した[2]。彼は、友人のマルテイン・サパテール英語版に宛てた手紙で、聖イシドロの祭日の牧場での混雑や喧騒を描くのに非常に苦労したと述べている。実際、この作品には非常に多彩な色彩で無数の人々が描かれており、研究者の中には、タピストリー下絵のためのスケッチではないと考える人もいる。しかし、本来、ゴヤが描くはずであった下絵は縦3 m48 cm、横7 m52 cmにもなる大作で、これらすべての細部描写を描き入れるのに十分は大きさであったと思われる。エル・パルド王宮内の王女たちの寝室を飾るはずであったタピストリーの下絵のうち、完成した唯一の作品である『目隠し鬼』 (プラド美術館) のように、タピストリーを織る職人たちの仕事を容易くするために、ゴヤは、本作を少しだけ簡略にした下絵を制作すれば済んでいたであろう[2]

脚注

参考文献

外部リンク

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