ドーニャ・アントニア・サラテ

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製作年1805年ごろ
寸法103.5 cm × 82 cm (40.7 in × 32 in)
『ドーニャ・アントニア・サラテ』
スペイン語: Antonia Zárate
英語: Doña Antonia Zárate
作者フランシスコ・デ・ゴヤ
製作年1805年ごろ
素材キャンバス上に油彩
寸法103.5 cm × 82 cm (40.7 in × 32 in)
所蔵アイルランド国立美術館ダブリン

ドーニャ・アントニア・サラテ』(西: Antonia Zárate: Doña Antonia Zárate)は、18-19世紀のスペインの巨匠フランシスコ・デ・ゴヤキャンバス上に油彩で制作した絵画である。1805年ごろに、女優のアントニア・サラテをモデルにゴヤのアトリエで描かれたと思われ、1812年の目録にすでに登場している。現在、ダブリンにあるアイルランド国立美術館に所蔵されている[1][2]。なお、サンクトペテルブルクエルミタージュ美術館にも、後の1810-1811年に描かれた 『女優アントニア・サラテの肖像』が所蔵されている[3]

ゴヤ『女優アントニア・サラテの肖像』 (1810-1811年)、エルミタージュ美術館サンクトペテルブルク

ゴヤは、1792-1793年にカディスでの長い闘病の後、ろう者となった。マドリードに戻ってからは、カルロス4世の宮廷画家となったが、本作はそのころに描かれたものである[1]

モデルのアントニアは、1775年にバルセロナで生まれた。彼女は著名な舞台女優で、夫のベルナルド・ヒル (Bernardo Gil) もまた歌手で喜劇俳優であった[2]。アントニアはゴヤの友人たちのサークルの一員であったが、ゴヤは彼女の美しさに打たれ、また彼女の運命に深く同情していた。彼女は、1811年に長い闘病生活の末に死去している[4]

アントニアは、大きなルイ16世様式のソファに腰かけている。ソファを覆う黄色い布地は、作品に輝いた感じを与えている[2]。アントニアは、スペイン風の帝政様式の黒いのドレスを纏っている。腕は長く白いオペラグローブを着け、手には閉じられた扇子を持っている。頭部から肩には、レースベールであるマンティーリャ (mantilla) が掛かっている[1]。鑑賞者をまっすぐに見つめる彼女の視線はやや憂鬱そうで[1][2]、その笑みには若干の皮肉が込められている[1]。なお、この肖像画は、エルミタージュ美術館の『女優アントニア・サラテの肖像』のもととなった可能性がある[5]

歴史

この肖像画は、少なくとも1900年まではサラテ家に所有されていた。同年、マドリードのマリー=アデライド・ヒル・イ・サラテ (Marie-Adélaïde Gil y Zárate) の所有品であると宣言されている。その後、ロンドンでオットー・バイト英語版に購入され、ラスバラ・ハウス英語版に展示された。作品は、彼の息子アルフレッド英語版に遺贈された後の1974年と1986年に2度盗難に遭っている。2度目の盗難後の1987年に、作品はアイルランド国立美術館に寄贈された[1][6]が、窃盗者から回収されたのは1993年になってからである[7][8]

脚注

参考文献

外部リンク

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