ホセ・ケラルト
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| ドイツ語: Don José Queraltó als spanischer Armee-Arzt 英語: José Queraltó | |
| 作者 | フランシスコ・デ・ゴヤ |
|---|---|
| 製作年 | 1802年 |
| 素材 | キャンバス上に油彩 |
| 寸法 | 101.5 cm × 76.1 cm (40.0 in × 30.0 in) |
| 所蔵 | ノイエ・ピナコテーク、ミュンヘン |
『ホセ・ケラルト』(独: José Queraltó、英: José Queraltó)、または『スペイン軍医としてのホセ・ケラルト』(スペインぐんいとしてのホセ・ケラルト、独: Don José Queraltó als spanischer Armee-Arzt、英: Don José Queraltó as Spanish army doctor)は、18-19世紀のスペインの巨匠フランシスコ・デ・ゴヤが1802年にキャンバス上に油彩で制作した肖像画である。モデルのホセ・ケラルトが左手に持つ手紙に「Don Josef Queraltó, By Goya, 1802」という画題、画家の署名、制作年が記されている[1]。1900年までホセ・ケラルトの子孫に所蔵されていた[1]が、1925年にベルリンの美術市場で[1][2]ミュンヘンのアルテ・ピナコテークに購入された。現在は、同じくミュンヘンのノイエ・ピナコテークに所蔵されている[2][3]。
ノイエ・ピナコテークには、ゴヤの作品が10点所蔵されている[4]。そのうち『マリア・テレサ・デ・バリャブリガの肖像』[2]などとともに肖像画のうちの1点である本作は、軍医[1]ホセ・ケラルトを表している。彼はタラゴナに生まれ、1815年にマドリードで死去したが、この絵画はそのわずか3年前に描かれた[1]。ケラルトは外科医、著述家で、マドリードのサン・カルロス王立医学・外科専門学校の教授であった[1][2]。1791年以降はナバラとギプスコアの病院長も務めている[2]。
画中のケラルトは座って、公式の海軍医師の衣服を身に着けている。背後の無地の背景により、人物の量感が強調されている。彼の衣服は背景からほとんど識別できず、赤いカラーとカフスのみが目立つ。ゴヤの肖像画の慣例通り、ケラルトの右手は上衣に隠されており、左手は彼自身とゴヤの名前のある手紙を持っている。衣服に施された筆致は素早く闊達なもので、顔の描写に用いられた、より精緻な筆致と対照をなしている。表情は澄んでおり、優美で自信に満ちたものである[1]。
ゴヤは、ケラルトに病気を治療してもらったお礼にこの絵画を描いたといわれている[2]。