ミャンマーの金
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ミャンマーは古くから「黄金の国(Golden Land)」あるいは「黄金の地」と呼ばれてきた。これは同国が豊富な金資源を有することに加え、仏教文化において金は、精神的な悟りと平和の象徴として神聖視されてきたことに由来する。ヤンゴンのシュエダゴン・パゴダなど、同国の丘の上や町の中心には、金箔や金板で覆われた仏塔(パゴダ)や寺院が点在している[3][4]。
また、パゴダや寺院だけではなく、飲食、伝統医療、祭礼、装飾など、日常生活の様々な場面で、金が使用されている。一方、経済状態や通貨が不安定なことから、金は投資手段や財産保全手段としても用いられている。2021年ミャンマークーデター後、金の価格は高騰を続け、2026年1月には、1ティカル(16.33グラム)あたり989万チャット(4,710米ドル)という史上最高値をマークした[5]。
生産地

ミャンマーにおける金鉱床は、大きく鉱脈型金鉱床と砂金鉱床(堆積鉱床)に区分される[6]。
鉱脈型金鉱床は主としてミャンマー北部から中部に分布し、モーゴッ変成帯やサガイン断層帯などの主要な地質構造と密接に関連して形成されている。これらの鉱床は、石英脈型を主体とする岩盤中の金鉱床であり、地質構造や火成活動の影響を強く受けている[6]。
一方、砂金鉱床は主としてエーヤワディ川およびその主要支流(チンドウィン川など)の流域に広く分布している。これらの砂金は、上流域に存在する鉱脈型金鉱床が風化・侵食され、河川によって運搬・再堆積することで形成されたものと考えられている。このため、砂金鉱床の分布は鉱脈型金鉱床の分布と地質学的に連続した関係にあり、河川系に沿った特徴的な分布を示す[6]。
採掘および選鉱

採掘
鉱脈型金鉱床の採掘は、主として岩盤中に発達した石英脈や鉱化帯を対象として行われる。比較的浅部に分布する鉱床では露天掘りが採用され、深部に延びる鉱脈を対象とする場合には坑内掘りが行われている。石英脈は地下数メートルの深さにあり、数メートルの岩盤に覆われている場合があるため、探索と採掘の両方において、より高度な探査技術と採掘機器が必要となる。一方、石英脈型以外の金鉱床は、零細小規模採掘(Artisanal and Small-scale Mining:ASM)と大規模産業鉱山会社双方によって採掘されている[7]。
砂金鉱床の採掘は、河川の砂礫層や沖積層を対象として行われる。鉱脈型金鉱床に比べてアクセスと採掘が容易であるため、ASMが広く行われている。採掘は主に手作業によって行われ、パンニング(皿掬い)やスルースボックスを用いた簡易的な方法が一般的である。一部地域では、堆積物を崩すために高圧水を用いた水圧採掘、吸引ホースや簡易的な掘削機を用いた採掘も行われている[8][7][9]。
回収・処理
採掘された鉱石は、破砕・粉砕工程を経た後、重力選鉱や浮遊選鉱などの方法[注釈 1]によって金を含む部分が濃縮される。近代的な鉱山では機械化された設備が導入されているが、多くの鉱山では中小規模の操業にとどまっている[7]。
物理的選鉱の後、金は化学的処理によって回収される。代表的な方法として、シアン化処理および水銀アマルガム化処理がある。水銀アマルガム化処理では、粉砕された金鉱石と水銀を混合して金‐水銀合金(アマルガム)を形成し、これを加熱・燃焼させることで水銀を蒸発させ、廃石や土壌などから金を分離する[10][7]。
ミャンマーでは、いくつかの主要な大規模金鉱プロジェクトにおける例外を除き、シアン化処理は名目上禁止されている。一方、適切に管理されたシアン化処理は、ASMにおいて広く行われている水銀アマルガム化処理よりも安全性が高く、金の回収率も高いとされている。それにもかかわらず、多くのASM採掘者はシアン化処理の利用に消極的である。 その理由の一つとして、水銀アマルガム化処理では、採掘者自身がアマルガムの圧搾や燃焼の過程を直接観察でき、金の回収量を目視で確認できる点が挙げられる。たとえASM採掘者が、公式に認可された大規模鉱山のシアン化処理施設へのアクセス権をリースなどによって取得できたとしても、施設内部の処理過程や実際の産出量を確認することができず、金が完全に回収されているかについて不信感を抱きやすい。この点が、ASMにおいて水銀アマルガム化処理が依然として多用される要因の一つとなっている[7]。
人権侵害および環境破壊
人権侵害
2021年ミャンマークーデター後、軍資金を確保するために、ミャンマー軍(国軍)、少数民族武装組織(EAO)その他武装勢力が、鉱物の採掘や森林の伐採を加速させていると報じられ、あらゆる人権状況が悪化していると指摘されている[11][12]。カチン州では、2021年12月、カチン独立機構・軍(KIO/A)が支配地域内の金採掘を禁止した。しかし、KIO/Aも鉱業や林業からの利益を独占し、違法採掘・伐採および密輸出の事実を黙認してきた主体に他ならず、その意思決定には疑問が呈されている[9]。
環境破壊
金採掘特有の問題として、精錬工程で使用される水銀とシアン化物による健康被害と環境汚染の問題がある。特にASMにおいては、危険な作業環境、保護具の不足、職業訓練の欠如により、化学物質による曝露リスクがさらに高まっている。加えて、ASMは医療や安全な水へのアクセスが乏しい遠隔地で行われることが多く、周辺に形成される一時的居住地では、公衆衛生インフラの不足、感染症の拡大、社会問題の発生が指摘されている。これらの要因が重なり、金採掘は環境問題のみならず、深刻な人権および公衆衛生上の課題ともなっている[13]。
水銀による影響
ASMで広く用いられている水銀アマルガム化処理では、水銀が土壌、大気、水中に放出され、長期間残留する。放出された水銀は食物連鎖を通じて生態系内に蓄積し、魚類を介して人間に取り込まれる可能性がある。水銀は人体に対して強い毒性を持ち、胎児や乳幼児、および高濃度の水銀に曝露されるグループに深刻な健康影響を及ぼすとされている[13]。
ミャンマーのASM現場では、金‐水銀アマルガムの加熱が、換気設備や回収装置が設置されていない屋内で行われているため、ASM労働者やその家族が水銀蒸気に直接曝露されている。これにより、震え、運動失調、記憶障害などの神経系障害をはじめ、腎不全や呼吸器系疾患などの健康被害が報告されている。また、屋内で精錬作業を行う女性や、近くにいる乳幼児が高濃度の水銀に曝露されるリスクも指摘されている[13]。
シアン化物による影響
シアン化物は水銀と異なり、空気や日光により比較的速やかに分解されるが、安全な取り扱い、保管、廃棄物管理が行われない場合、水源や地下水を汚染する可能性がある。また、急性毒性が強く、吸入、摂取、皮膚吸収によって短時間で重篤な健康被害や死亡を引き起こす可能性があり、長期的には神経系や生殖系への影響なども懸念されている[13]。
