ミャンマー連邦共和国憲法

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成立 2008年4月9日
施行 2008年5月29日
元首 大統領
ミャンマー連邦共和国憲法
ပြည်ထောင်စုသမ္မတမြန်မာနိုင်ငံတော်ဖွဲ့စည်းပုံအခြေခံဥပဒေ
形態 成文憲法
成立 2008年4月9日
施行 2008年5月29日
元首 大統領
立法 連邦議会
行政 大統領
司法 連邦最高裁判所
廃止 2021年3月31日(論争中[注釈 1]
旧憲法 1974年憲法(ビルマ連邦社会主義共和国憲法)
新憲法 連邦民主憲章(ビルマ語: ဖက်ဒရယ်ဒီမိုကရေစီ ပဋိညာဉ်[注釈 2]
作成 憲法起草委員会
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ミャンマー連邦共和国憲法(ミャンマーれんぽうきょうわこくけんぽう、ビルマ語: ပြည်ထောင်စုသမ္မတမြန်မာနိုင်ငံတော်ဖွဲ့စည်းပုံအခြေခံဥပဒေ[1])は、ミャンマー憲法である。

クーデターによって効力を失った1947年憲法(ビルマ連邦憲法)並びに1974年憲法(ビルマ連邦社会主義共和国憲法)に次ぐものである。

前文と15章、計456条からなる。

  • 前文
  1. 連合の基本原則
  2. 国家構成
  3. 国家元首
  4. 立法府
  5. 実務
  6. 司法
  7. 防衛
  8. 市民及び、市民の基本的権利と義務
  9. 選挙
  10. 政党
  11. 非常事態に関する規定
  12. 憲法改正
  13. 国旗、国璽、国歌と首都
  14. 暫定規定
  15. 一般規定

歴史

憲法制定過程

これは2003年8月30日に当時の国家平和発展評議会キン・ニュン首相によって発表された7つのステップからなるロードマップ英語版の一部であり、そのうちの1つには、1996年3月31日に国家法秩序回復評議会によって閉会させられた新憲法草案の審議を行う国民会議ビルマ語版の再開が含まれていた[2]

国民会議は2004年5月17日に再開され、25の少数民族武装組織から招待された代表者と一般の代表者合わせて1076人が出席し、数回の会合を経て、国家平和発展評議会によって任命された54人の委員による憲法起草委員会を設立するとした基本原則を採択して閉会した。2008年2月19日、国家平和発展評議会は起草委員会が憲法草案を完成させ、2008年5月に国民投票英語版を実施する予定であると発表した[3]

国民投票は2008年5月10日(一部の地域ではサイクロン・ナルギスの影響で2008年5月24日に実施された)に実施され[4]、国家平和発展評議会は有権者の93.82%が憲法草案に賛成したと発表したが、アウンサンスーチー率いる国民民主連盟(NLD)が憲法草案に反対する中で強行したこと、国民投票とプロセス全体の自由と公平さが十分担保されていないなどとして、このプロセスに対する批判が広がった[5]

民政復帰と憲法改正の動き

2010年総選挙と2011年3月の民政復帰を受けて、国軍系政党の連邦団結発展党(USDP)から大統領となったテイン・セインは国民民主連盟に対話を呼び掛け[6]、国民民主連盟は2012年4月の連邦議会補欠選挙ビルマ語版英語版にアウンサンスーチーらを擁立して国政に進出した。その後、国民民主連盟は連邦議会の議席の25%を国軍に割り当てた憲法の規定(後述)や、英国籍の息子がいるアウンサンスーチーの大統領就任を妨害する目的で導入された憲法59条6項の規定(本人、両親、配偶者、子供とその配偶者のいずれかが外国籍の場合は被選挙権を有さない)[4]を削除しようと試みるが、国軍や連邦団結発展党の抵抗によってことごとく頓挫した。

だが一方で、国民民主連盟は2015年総選挙で圧勝して政権を獲得すると、実質的な最高指導者である国家顧問を新規に設置し、同職にアウンサンスーチーを任命することで彼女が憲法規定に抵触しないまま国政運営に参加できる道を築いた。

軍政の復活と連邦議会代表委員会による一方的な憲法廃止宣言

国民民主連盟は2020年の総選挙でも圧勝したが、選挙結果を不服とする国軍や連邦団結発展党は不正選挙を主張し、2021年2月1日のクーデターでアウンサンスーチーや大統領のウィンミン[注釈 3]らを拘束、憲法417条[7]に基づいて非常事態宣言を布告し、国軍総司令官ミン・アウン・フライン上級大将議長とする国家行政評議会を設立して国権を奪取した。国軍はあくまでも一連のクーデターを「憲法に基づいた措置」としており、国家行政評議会は憲法の効力を停止していない。

一方、クーデターの動きに反発した国民民主連盟所属の連邦議会議員有志らは2月5日に事実上の暫定議会にあたる連邦議会代表委員会(CRPH)を結成して抵抗運動を開始し、3月1日には事実上の臨時政府となる臨時内閣を組織した。結成直後のCRPHは2008年憲法の扱いについて特に言及していなかったが、3月31日に2008年憲法の廃止を一方的に宣言すると共に[8][9]、暫定憲法として「連邦民主憲章(英語: Federal Democracy Charterビルマ語: ဖက်ဒရယ်ဒီမိုကရေစီ ပဋိညာဉ်)」を制定したと発表した[10][11][12][13][14]。その後、4月16日に発足した国民統一政府(NUG)も引き続き2008年憲法の効力を否定し、「連邦民主憲章」を暫定憲法として適用している。

国軍の政治関与

憲法第6条6項で「国家が国民政治の実現をめざしていく際に、国軍の国民政治への参加を可能とすること」定められており、以下のように国軍の政治関与が大幅に認められている[15]

  • 連邦議会の両院、地方域議会・州議会の議席の4分の1は国軍総司令官が任命した軍人が就任(109条、110条)
  • 国防大臣、治安・内務大臣、国境大臣は国軍総司令官が任命(232条(2))
  • 大統領の要件として軍事に精通していることを要求(59条(4))
  • 国軍将校の行政機関への出向を認める(17条(2))
  • 憲法改正の際には連邦議会の両院議員の75%を超える賛成が必要。つまり軍人議員の賛成が必ず必要(436条(2))
  • 非常事態時に強大な権限を有する国防治安評議会の定員11人のうち、大統領または副大統領、国軍総司令官、国軍副司令官、国防大臣、治安・内務大臣、国境大臣、6人は国軍関係者(201条)。そして、憲法第11章に規定されている3つ非常事態のうち、「連邦の分裂、国民の結束の崩壊、主権の喪失が発生する危険性を有する非常事態」(417条)の際には、大統領は、国軍総司令官に対して、連邦の立法権、行政権及び司法権のすべてを委譲しなければならない(418条)。

脚注

関連項目

参考文献

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