ロン・サント
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現役時代のサント(1973年) | |
| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | ワシントン州シアトル |
| 生年月日 | 1940年2月25日 |
| 没年月日 | 2010年12月2日(70歳没) |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 三塁手 |
| プロ入り | 1959年 |
| 初出場 | 1960年6月26日 |
| 最終出場 | 1974年9月29日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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| 選出年 | 2012年 |
| 得票率 | 93.75% |
| 選出方法 | ベテランズ委員会選出 |
この表について
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ロナルド・エドワード・サント(Ronald Edward Santo, 1940年2月25日 - 2010年12月2日)は、アメリカ合衆国ワシントン州シアトル出身の元プロ野球選手(三塁手)。右投右打。
1959年、シカゴ・カブスと契約し、1960年6月26日にメジャーデビュー。カブスで14シーズンプレーし、1973年シーズン後にシカゴ・ホワイトソックスにトレードされ、1974年に引退。
カブスの名三塁手として活躍し、1964年には打率.313、30本塁打、114打点、リーグトップの13三塁打を記録。1966年には当時の球団記録の28試合連続安打を記録した。1973年、アリゾナで春季トレーニング中の彼を見に行く途中の母と継父が、自動車事故で死亡するという出来事があった。
三塁手として初めて通算300本塁打を達成し、また三塁手として初めて5年連続のゴールドグラブ賞を受賞した。この両方の記録を持つのは、サント、マイク・シュミット、スコット・ローレンの3選手だけである。
引退後はカブス専属の解説者として活動、また、18歳から1型糖尿病で苦しんでおり[1]、2001年に右足の膝下を、2002年に左足の膝下を切断することを余儀なくされた。

シカゴ・カブスの永久欠番に2003年指定。
2003年9月28日、サントの在籍時の背番号『10』がカブスの永久欠番に指定された。2年に1度行われるベテランズ委員会による野球殿堂入りの選出投票では、毎回有力候補に挙がりながら得票率75%を得られず殿堂入りを逃していた。2003年は12票、2005年は8票、2007年は5票足りず選に漏れた。