ジョン・フランコ

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生年月日 (1960-09-17) 1960年9月17日(65歳)
身長
体重
5' 10" =約177.8 cm
185 lb =約83.9 kg
ジョン・フランコ
John Franco
2008年9月28日
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ニューヨーク州ニューヨーク市ブルックリン区
生年月日 (1960-09-17) 1960年9月17日(65歳)
身長
体重
5' 10" =約177.8 cm
185 lb =約83.9 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 1981年 MLBドラフト5巡目
初出場 1984年4月24日
最終出場 2005年7月1日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ジョン・アンソニー・フランコJohn Anthony Franco, 1960年9月17日 - )は、アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市ブルックリン区出身の元プロ野球選手投手)。

1994年

かつてドジャースが本拠地を置いたブルックリンの出身で、セント・ジョンズ大学を卒業後、1981年MLBドラフト5巡目(全体125位)でロサンゼルス・ドジャースに指名され契約する。

1983年5月9日にシンシナティ・レッズに移籍。

1984年4月24日にメジャー初登板を果たす。同年は主にセットアッパーとして54試合に登板。

1985年には67試合の登板で12勝3敗12セーブを記録。

1986年にはクローザーとして起用され、29セーブを記録する。秋には日米野球で来日し、NHKのスポーツ番組に出演した際には決め球のスクリューボールの握りと投げ方を解説していた。

1988年には39セーブを記録し、最多セーブのタイトルを獲得。この間、チームは1985年から1988年まで4年連続2位だったが、その好成績に大きく貢献した。

1989年オフに、ドン・ブラウンとともにランディ・マイヤーズキップ・グロス(のち日本ハム入り)との交換トレードで、生まれ故郷のニューヨーク・メッツに移籍。

1990年には33セーブを記録して2度目の最多セーブを獲得。その後も安定した活躍を続ける。

1999年に抑えをアーマンド・ベニテスと配置転換され、セットアッパーとなる。

2000年にはニューヨーク・ヤンキースとのワールドシリーズにも登板。

2001年にはメッツのチームキャプテンに任命される(2004年まで務める)。

2002年は故障のため全休した。

2003年に43歳で復帰し、同年は38試合に登板して0勝3敗も、防御率は2.62で、2年ぶりにセーブも記録した。

2004年限りでメッツとの契約を解除された。

2005年にはヒューストン・アストロズと契約する。その時点で現役最高齢投手となる。7月2日に解雇された。

2014年4月23日

選手としての特徴

88-92mph(約142-148km/h)の沈むように動くムービング・ファストボールスライダーと大きく落ちるチェンジアップを持ち球とし、それを優れた制球力で操った[1]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
1984 CIN 540000624--.75033579.17433642552028232.611.39
1985 67000012312--.80040799.08354081614027242.181.24
1986 7400006629--.500429101.090744122844240332.941.33
1987 6800008532--.61534482.07662760611026232.521.26
1988 7000006639--.50033686.06032730461218151.571.01
1989 6000004832--.33334580.27733680603235283.121.40
1990 NYM 5500005333--.62528767.26642120567222192.531.29
1991 5200005930--.35724755.16121841456027182.931.43
1992 3100006215--.75012833.024111202000661.641.06
1993 3500004310--.57117236.14661931295024215.201.79
1994 4700001430--.20021650.04721901421020152.701.32
1995 4800005329--.62521351.24841720410017142.441.26
1996 5100004328--.57123554.05422100482015111.831.39
1997 5900005336--.62524460.04932021536018172.551.15
1998 6100000838--.00028964.26642974592028263.621.47
1999 46000002191.00018240.24011912410014132.881.45
2000 62000054420.55623955.24662662562024213.401.29
2001 58000062217.75023253.15581922504125244.051.39
2003 3800000324.00014834.13551321162011102.621.40
2004 52000027011.22220746.04662421362028275.281.52
2005 HOU 3100000106.0007715.0230921160013127.202.13
MLB:21年 11190000908742459.50853121245.211668149578229755494664002.891.33
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別守備成績



投手(P)












1984 CIN 54515001.000
1985 6792111.968
1986 7462242.875
1987 6847001.000
1988 7031811.955
1989 6021911.955
1990 NYM 5541310.944
1991 5231011.929
1992 31212021.000
1993 3539001.000
1994 4747011.000
1995 4829011.000
1996 5118001.000
1997 59414011.000
1998 61416021.000
1999 4644001.000
2000 621810.900
2001 581710.889
2003 3819001.000
2004 5206001.000
2005 HOU 310000----
MLB 1119632341113.964

タイトル

表彰

記録

諸記録

メジャー通算424セーブはMLB歴代7位(2025年シーズン終了時)。通算登板1119はジェシー・オロスコ(1251試合)、マイク・スタントン(1178試合)に次いで第3位だが、フランコは先発登板がなく、「1試合も先発登板のない投手」に限れば歴代1位である(オロスコは4試合、スタントンは1試合の先発登板がある)。交代完了774はMLB歴代2位。キャリアが一貫してナ・リーグであったため、通算1119試合登板はナ・リーグ記録である。メッツで記録した登板695、セーブ276、交代完了484はいずれもメッツのチーム歴代記録。

背番号

  • 52(1984年 - 同年途中)
  • 31(1984年途中 - 1998年途中、2005年)
  • 45(1998年途中 - 2001年、2003年 - 2004年)

脚注

関連項目

外部リンク

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