スティーブン・ピスコッティ

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生年月日 (1991-01-14) 1991年1月14日(34歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
205 lb =約93 kg
スティーブン・ピスコッティ
Stephen Piscotty
オークランド・アスレチックス時代
(2019年4月8日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州アラメダ郡プレザントン
生年月日 (1991-01-14) 1991年1月14日(34歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
205 lb =約93 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 2012年 MLBドラフト1巡目追補
初出場 2015年7月21日
年俸 $7,333,333(2019年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

スティーブン・エドワード・ピスコッティStephen Edward Piscotty, 1991年1月14日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州アラメダ郡プレザントン出身のプロ野球選手外野手)。右投右打。フリーエージェント(FA)。愛称はモモMoMo[2]

プロ入り前

2009年MLBドラフト45巡目(全体1357位)でロサンゼルス・ドジャースから指名されたが、この時は入団せずスタンフォード大学に進学した。

プロ入りとカージナルス時代

セントルイス・カージナルス時代
(2016年5月2日)

2012年MLBドラフト1巡目追補(全体36位)でセントルイス・カージナルスから指名され、プロ入り。当時のポジションは三塁手だった。契約後、傘下のA級クァッドシティズ・リバーバンディッツ英語版でプロデビュー。55試合に出場して打率.295、4本塁打、27打点、3盗塁を記録した。

2013年はA+級パームビーチ・カージナルス英語版とAA級スプリングフィールド・カージナルスでプレーし、2球団合計で112試合に出場して打率.295、15本塁打、59打点、11盗塁を記録した。オフにはアリゾナ・フォールリーグに参加し、ソルトリバー・ラフターズ英語版に所属した[3]

2014年はAAA級メンフィス・レッドバーズでプレーし、136試合に出場して打率.288、9本塁打、69打点、11盗塁を記録した。

2015年は開幕をAAA級メンフィスで迎え、87試合に出場して打率.272、11本塁打、41打点、5盗塁を記録した。7月21日にメジャー初昇格を果たし、アクティブ・ロースター入りした[4]。同日のシカゴ・ホワイトソックス戦にて「8番・左翼手」で先発出場し、4打数1安打を記録した[5]。メジャーでは控え外野手として63試合に出場し、打率.305、7本塁打、39打点、2盗塁だった。守備では左翼手をメインに守ったが、55試合で2失策守備率.965だった。次いで15試合で守った右翼手が無失策だった(中堅手は1試合のみ)。外野以外に一塁手も11試合守り、無失策だった。ルーキー・オブ・ザ・イヤーの投票では1.0ポイントを獲得し、6位タイに入った[6]

2016年は右翼手のレギュラーに定着し、153試合に出場。打率は.273、35二塁打、22本塁打[7]チームトップの85打点を記録した。守備成績は右翼手は146試合で4失策、守備率.985。中堅手10試合と一塁手1試合でも守りに就いた。オフに、2022年までの6年総額3250万ドル(7年目の2023年は年俸1500万ドルの球団オプション)の複数年契約を締結した[8]

2017年は107試合に出場して打率.235、9本塁打、39打点、3盗塁を記録した。

アスレチックス時代

2017年12月14日にジャイロ・ムニョスマックス・シュロックとのトレードで、オークランド・アスレチックスへ移籍した[9]

2018年は151試合に出場して打率.267、27本塁打、88打点、2盗塁を記録した。

2022年8月16日にチームオプションを破棄され、自由契約となった。

レッズ傘下時代

同年8月23日にシンシナティ・レッズとマイナー契約を結び、同日中に傘下のAAA級ルイビル・バッツに配属された。オフの11月10日にFAとなった。

選手としての特徴

広角に打球を飛ばす中距離打者。走攻守そつなくこなすタイプも、強力といえるツールが肩だけなので「第4の外野手」止まりの可能性がある[10]との声もあったが、2016年より完全にレギュラーに定着した。

人物・エピソード

2017年オフのトレード移籍は、母親のグレッチャンが難病のALSを発症したため、ピスコッティがカージナルスに対して地元・オークランドでのプレーを直訴。まだ、26歳と若く将来の主砲候補だったピスコッティだが、カージナルスはこれを快諾してアスレチックスにトレードを打診。アスレチックスもこれを了承したことでトレードが実現した。各メディアはこのトレードを称賛し、父親のマイクもメディアを通じて感謝の意を表した[9][11]

グレッチャンは2018年5月に亡くなった。その直後、ピスコッティは忌引リストからの復帰初戦となった5月15日のボストン・レッドソックス戦での第1打席で本塁打を放った[12]

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
2015 STL 63256233297115471153921022021567.305.359.494.853
2016 15364958286159353222668575125101213314.273.343.457.800
2017 1074013414080161912539360352258711.235.342.367.708
2018 OAK 15160554678146410272688820054201211421.267.331.491.821
2019 9339335746891711314744201329038413.249.309.412.720
2020 45171159173660557294011901534.226.271.358.629
2021 721881731438805611610001302482.220.282.353.635
2022 42139126122440543142002912482.190.252.341.593
MLB:8年 726280225173226431429931082354231231822553862374.255.324.430.754
  • 2023年度シーズン終了時

年度別守備成績



一塁(1B)左翼(LF)中堅(CF)右翼(RF)
















































2015 STL 11621021.0005554121.965110001.00015180001.000
2016 110001.000-10161001.000146256641.985
2017 ---99162520.988
2018 OAK ---151273531.989
2019 ---901682001.000
2020 ---44732001.000
2021 ---671030001.000
2022 -5120001.000-28530001.000
MLB 12631061.0006066121.97111171001.00064011062092.992
  • 2023年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

表彰

背番号

  • 55(2015年 - 2017年)
  • 25(2018年 - 2022年)

脚注

関連項目

外部リンク

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