井野卓

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1983-11-23) 1983年11月23日(41歳)
身長
体重
178 cm
83 kg
井野 卓
東北楽天ゴールデンイーグルス バッテリーコーチ #93
ヤクルト現役時代
(2019年6月8日)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 群馬県前橋市
生年月日 (1983-11-23) 1983年11月23日(41歳)
身長
体重
178 cm
83 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 2005年 大学生・社会人ドラフト7巡目
初出場 2007年6月30日
最終出場 2020年10月7日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • 東京ヤクルトスワローズ (2025)
  • 東北楽天ゴールデンイーグルス (2026 - )

井野 卓(いの すぐる、1983年11月23日 - )は、群馬県前橋市出身の元プロ野球選手捕手)。右投右打。

プロ入り前

小学1年生の時から野球を始め、ポジションはよく入れ替わったが中学3年生の時から捕手一本となる。前橋工業高校3年生の時は2001年夏の群馬大会で優勝し、甲子園に出場。卒業後、東北福祉大学に進学する。仙台六大学リーグで通算64試合166打数56安打・打率.337。2004年には日米大学野球日本代表に選出された。

強肩とチームをまとめる統率力が認められ、2005年度ドラフト会議にて東北楽天ゴールデンイーグルスから7巡目指名を受けて入団。東北福祉大学の同期である松崎伸吾も楽天から1巡目指名を受けて入団し、チームメイトとなった[1]

楽天時代

楽天時代(2011年3月9日)

2006年は二軍戦で39試合に出場し、97打数19安打、打率.196。

2007年は6月24日に一軍に初昇格を果たし、6月30日の対西武ライオンズ戦で一軍初出場した。

2008年7月2日の千葉ロッテマリーンズ戦では片山博視の初勝利・初完封をアシストする。

2009年は一軍未出場に終わった。

2010年8月6日には一軍で初の適時打・猛打賞を記録した。

2011年は初の開幕一軍入りを果たすが、2試合の出場に留まり二軍降格となった。

2012年11月13日、金刃憲人仲澤広基との交換トレード横川史学とともに読売ジャイアンツへと移籍[2]

巨人時代

巨人時代(2013年2月6日)

2013年は10試合に出場。9月21日の広島戦では背中の違和感(診断の結果は帯状疱疹)が原因で出場を回避した阿部慎之助に代わってスタメンマスクを被った。

2014年は出場なしに終わり、シーズンオフの10月25日に球団から戦力外通告を受けた[3]。12月24日、東京ヤクルトスワローズへの入団が発表された[4]

ヤクルト時代

2016年6月29日の広島東洋カープ戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)で1013日ぶりの一軍出場を果たした。

2017年6月16日の北海道日本ハムファイターズ戦(明治神宮野球場)では、中村の代役の西田明央の負傷により出場し、2245日ぶりの安打を打ちチームの逆転勝利に貢献した[5]

2018年は開幕一軍に入り控え捕手として一軍に帯同。自己最多の47試合に出場した。8月16日の巨人戦では原樹理をプロ初完封に導いた。

2019年は7試合の出場に留まった。

2020年、8月6日の広島戦では、プロ15年目にして初の三塁打を薮田和樹から打った[6]。11月2日に現役引退を表明した[7]

現役引退後

2021年より東京ヤクルトのスコアラーに就任した[8]

2025年よりコーチに転身する。役職はバッテリーコーチで、背番号は86[9]

2026年からは古巣・楽天のバッテリーコーチに就任した(背番号93)[10]

選手としての特徴・人物

的確なリードと正確な捕球が持ち味の捕手[11]。現役時代は主に控え捕手として活躍した[12]

ヤクルト時代は原樹理との相性が良く、頻繁にバッテリーを組んでいた[13][14]

謙虚でひたむきな人物であり、ベテラン選手になっても偉ぶらなかった[15]

ヤクルト時代は井野自身がかつてアニメ番組SLAM DUNK」を見ていたことから、登場曲に同番組のエンディングテーマ・MANISHの『煌めく瞬間に捕われて』を選んでいる。なお、井野の引退後は頻繁にバッテリーを組んだ原樹理が継承している[16]

ヤクルト時代の2019年はプロ14年目にして初めて個人応援歌が作成された(応援団の公式YouTubeチャンネルにて)[17]。井野は自らメロディーと歌詞を調べて喜んだといい[18]、引退表明の際にも「スワローズファンの皆さまに自分の応援歌を作って頂けたことが、凄く嬉しく大切な思い出の1つです」と語っている[7]

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
2007 楽天 4330000000000000030.000.000.000.000
2008 2328232200022004010052.087.125.087.212
2010 1438342700072004000091.206.206.206.412
2011 2660100010000000020.167.167.167.333
2013 巨人 10861000000001010021.000.143.000.143
2016 ヤクルト 2110000000000000001.000.000.000.000
2017 713123200021001000020.167.167.167.333
2018 4797905133001640020500262.144.189.178.367
2019 711101210030001000041.200.200.300.500
2020 3222191201044002010061.105.150.211.361
NPB:10年 1482272041529410351300150800599.142.175.172.346

年度別守備成績



捕手






















2007 楽天 450100.833110.000
2008 23917220.9801293.250
2010 14893202.97913121.077
2011 21910001.000770.000
2013 巨人 92820001.000000.-
2016 ヤクルト 2600001.000000.-
2017 73510001.000550.000
2018 4521610112.99612102.167
2019 74220001.00010100.000
2020 32816110.98911110.000
通算 14561232744.98971656.085

記録

背番号

  • 39(2006年 - 2012年)
  • 38(2013年 - 2014年)
  • 63(2015年 - 2020年)
  • 86(2025年)
  • 93(2026年 - )

登場曲

脚注

関連項目

外部リンク

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