塩屋浩三

From Wikipedia, the free encyclopedia

本名 同じ[1]
性別 男性
生年月日 (1955-08-18) 1955年8月18日
しおや こうぞう
塩屋 浩三
プロフィール
本名 同じ[1]
性別 男性
出身地 日本の旗 日本鹿児島県[2][3]神奈川県川崎市[4]
生年月日 (1955-08-18) 1955年8月18日
没年月日 (2026-01-20) 2026年1月20日(70歳没)
血液型 B型[5]
職業 声優俳優[6]ナレーター[7]
事務所 青二プロダクション(最終所属)[3]
著名な家族 塩屋翼(弟)[8][9][10][11]
公式サイト 塩屋 浩三|株式会社青二プロダクション
公称サイズ(時期不明)[12]
身長 / 体重 169[5] cm / 85 kg
靴のサイズ 26.5[5] cm
声優活動
活動期間 1982年[13] -
ジャンル アニメゲーム吹き替え
デビュー作 ショーター・クロイツ(『機甲艦隊ダイラガーXV』)[13][14]
俳優活動
活動期間 1966年[15] -
ジャンル テレビドラマ舞台
声優テンプレート | プロジェクト | カテゴリ

塩屋 浩三(しおや こうぞう、1955年8月18日[2][9][16][17] - 2026年1月20日[18])は、日本声優俳優[6]ナレーター[7]鹿児島県出身[2][3]神奈川県川崎市育ち[4]青二プロダクション最終所属[3]

弟は同じく声優の塩屋翼[8][9][10][11]

生い立ち

鹿児島県出身だが[2][3]、小学3年生で神奈川県川崎市に転居している[4]

キャリア

子役・俳優として

弟の翼によると無口であり、心配していた母親が「活発な子たちの仲間入りさせたら何とかなるだろう」と1966年の小学5年生の頃、無口を直させるために弟と一緒に劇団ひまわり[15][19]に入れられ、子役として活動した[4]。最初のレギュラー出演としてはテレビドラマ『悪魔くん』の情報屋役[20]。その当時は、ほとんど学校の授業は受けておらず、特に小学5、6年生時には半分も行けずに劇団での活動ばかりになってしまったという[20]。当時は学校を休むのが嫌で、商店街などで「あの子、あの子」と指差されたこともあり、周囲の目を気にして、親に「やるんだったら大きくなってからまた考えりゃいいんだから、僕はもうここで辞める」と言って、劇団を中学生で退団[4][20]。以降役者の活動はしないと考えていた[4]

川崎市立橘高等学校[17]時代、クラスが変わっても子役時代を知る同級生から「あいつだ、あいつだ」と言われて嫌な思いをしていた[20]。しかし、結局大人になってから役者の仕事を始めているため、子役の仕事はきっかけにはなっているという[20]

演劇の世界にもう1度戻ったきっかけは、芝居自体は好きだったことからである[20]。高校では演劇を続けており、高校卒業後に太陽プロモーション、青年座研究所を経て[3]劇団青年座に1年所属、養成所の仲間たちと共に劇団U・快連邦を創立した[20][21]森静子作の『青春物語』で初舞台[22]

声優として

その後、劇団で活動しても食べることになると難しいことから、弟の翼が青二プロダクションに所属しており、声の仕事は好きだったため、キンダースペースを経て[17]、同プロダクションに入り、食べるための仕事として声優としての活動を始める[3][20]。声優としてのデビューは1982年、テレビアニメ『機甲艦隊ダイラガーXV』のショーター・クロイツのあたりと語っている[13][14][20]

死去

2026年1月20日、脳出血のため死去[18]70歳没。訃報は1月28日に所属事務所により発表された[23]

人物

趣味・特技はギター[22]ボウリング野球お酒カラオケ[13]資格普通自動車免許[22]

塩屋翼の兄であることから声優仲間からは「お兄ちゃん」と呼ばれていた[24]

龍田直樹の声優グループ「龍のとなり」のメンバーである[25]

弟の翼の他に妹がいる[15][21]。おじはパイロット志望であり、自衛隊に所属している[15]

特色

方言鹿児島弁[3]

役柄としては肥満体質および巨漢のキャラクターを演じることが多い[2]。特に悪役だが、どこか憎めない気のいい太目で知られる[10]

2002年時点で俳優として活動しているのは、小さい時に活動していたおかげもあるが、先述の通り「一旦スッキリと辞めてたのがいいんだ」という理由からである[20]。改めて大人になり「子供のままズルズル続けてたら、俳優とか役者とかへの考えが今とは違うものだったのだろう」と感じたという[20]

2002年時点では劇団も客演が多いが、先方のスケジュールに「そんなに迷惑をかけないでやれる仕事」というので、年に1、2本という[20]

その時に事務所から映像の仕事の話が来ても「スイマセン」と言っているという[20]。昔はフィルムだったことからビデオの画面が嫌いで、「ビデオでは何度でも撮影し直しがきく」というのが質的に嫌いで、変に緊張し、全部無防備に撮影されている気がしたという[20]。スタジオのスリーカメラなども、小さい時に東映でスタッフの映画制作のようなものを垣間見ていることから、「全方向に気を配っていなければいけないというのが、客1方向・カメラ1方向などと違うのがなんとも…」という[20]

出演作について

テレビアニメ『ドラゴンボールZ』では、ラスボス的立ち位置の魔人ブウ役を演じた[2]

テレビドラマ『悪魔くん』の情報屋役、テレビアニメ『ゲゲゲの鬼太郎(第4作)』の子なき爺役など、水木しげる原作の作品に出演している[20]。情報屋については第1話・第2話では鈴木芳生[26]が演じていたが、声は塩屋である[20]。子役の喋りが下手だったため、アフレコルームに呼ばれて「この子にアテて声やってくれ」と急遽お呼びが掛かったという[20]。出演したのは第3話からで、アフレコだけ先になったわけだが、声を替えられた子役がかわいそうで、あまり楽しいものではなかったという[20]。『悪魔くん』と同時期に放送していた『ウルトラマン』は観ていたが、『ウルトラシリーズ』は『ウルトラQ』から観ており、『ウルトラQ』のほうが好きであったという[20]。その少し前の時間で日曜の夜に放送していた『てなもんや三度笠』『シャボン玉ホリデー』『隠密剣士』といった番組をそのルーティンで観ていたことから、仕事で被っている時は観ていなかったが、それ以外は観ていた[20]。しかし『悪魔くん』も「仕事だ」と思ってしていたわけではなく、俳優としての意識もそれほどは無かったという[20]

出演

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI