京秦線
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歴史
- 1901年 - 義和団の乱により英軍の占領下の北京で、北京での影響力強化のため、関内外鉄道の一端である馬家堡より永定門を経て更に在外公館地区が近い正陽門まで延伸すると同時に、東便門から食料集積地である通州の北運河西岸に至る23kmの支線として建設開始。東便門 - 通州間が翌年開業した。[1]
- 1902年8月24日 - 清国へ返還。
- 1938年 - 華北交通設立により、その管轄下に入る。
- 1945年 - 日本敗戦により中華民国へ返還。
- 1973年 - 狼窩鋪への延伸工事開始。後に終点を坨子頭に変更。
- 1975年 - 通県 - 坨子頭(現:灤県)間開業。(通坨線)
- 1982年 - 狼窩鋪 - 秦皇島間の新線の建設を開始。
- 1984年6月 - 狼窩鋪 - 秦皇島間開業。北京 - 通県 - 狼窩鋪と狼窩鋪 - 秦皇島を併せて京秦線と改称。狼窩鋪 - 坨子頭は狼坨線と改称。