天塩駅

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所在地 北海道天塩郡天塩町字川口
北緯44度53分8.9秒 東経141度44分53.8秒 / 北緯44.885806度 東経141.748278度 / 44.885806; 141.748278
所属路線 羽幌線
キロ程 122.2 km(留萠起点)
天塩駅
てしお
Teshio
干拓仮乗降場 (3.6 km)
所在地 北海道天塩郡天塩町字川口
北緯44度53分8.9秒 東経141度44分53.8秒 / 北緯44.885806度 東経141.748278度 / 44.885806; 141.748278
所属事業者 日本国有鉄道(国鉄)
所属路線 羽幌線
キロ程 122.2 km(留萠起点)
電報略号 テシ
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
開業年月日 1935年昭和10年)6月30日[1]
廃止年月日 1987年(昭和62年)3月30日[1]
備考 羽幌線廃線に伴い廃駅[1]
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1977年の天塩駅と周囲約750m範囲。上が幌延方面。駅舎は鉄筋コンクリート製で、千鳥状にずれた相対式ホーム2面2線、駅舎横の幌延側に貨物ホームと引込み線、駅裏側に副本線とそこから南へ伸びる留置線を有する。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成

天塩駅(てしおえき)は、北海道天塩郡天塩町字川口にかつて設置されていた、日本国有鉄道(国鉄)羽幌線廃駅)である。電報略号テシ事務管理コードは▲121628[2]

1986年(昭和61年)10月まで運行されていた、急行「はぼろ」の停車駅であった。

駅名の由来

  • 1935年昭和10年)6月30日鉄道省天塩線の幌延駅 - 当駅間開通に伴い、開業[3]一般駅[1]
  • 1936年(昭和11年)10月23日:当駅 - 遠別駅間延伸開通に伴い、中間駅となる[4]
  • 1949年(昭和24年)6月1日:公共企業体である日本国有鉄道に移管。
  • 1958年(昭和33年)10月18日:天塩線を羽幌線に編入して羽幌線が全通、それに伴い同線の駅となる。
  • 1963年(昭和38年)9月10日:駅舎改築[5]
  • 1983年(昭和58年)4月1日:貨物の取り扱いを廃止[1]
  • 1984年(昭和59年)2月1日:荷物の取り扱いを廃止[1]
  • 1987年(昭和62年)3月30日:羽幌線の全線廃止に伴い、廃駅となる[1]

所在町名より。町名は天塩川に由来する[6][3]

駅構造

廃止時点で、単式ホーム島式ホーム(片面使用)複合型の計2面2線を有する地上駅で、列車交換が可能な駅であった[7]。互いのホームは、駅舎側ホーム中央と島式ホーム南側を結んだ構内踏切で連絡した[7]。駅舎側(西側)が下りの1番線、上屋が設置された[8]島式ホーム(東側)が上りの2番線となっていた。島式ホームの外側1線が側線として残っており、そのほか1番線の幌延方から分岐し、駅舎北側の切欠き部分の貨物ホームへの貨物側線を1線有していた[7]

職員配置駅となっており、駅舎は鉄筋造り[7]で構内の西側に位置し、単式ホーム中央部に接していた。

利用状況

  • 1981年度(昭和56年度)の1日当たりの乗降客数は405人[7]

駅周辺

駅跡

かつての駅前食堂と駅名板

駅は国道232号天塩バイパス沿いの町立国保病院南西端にある、同バイパスの交差点に所在していた。廃止後もしばらくはキヨスクが営業を続けていた[10]。駅付近の線路跡は、同バイパスへの転用の際に整地されてしまったため、駅跡における駅の遺構は皆無であるが、かつて「駅前」食堂だった飲食店の入口に駅名標が展示してある[11]。また、かつての駅前通りである北海道道484号天塩港線沿いには、天塩町農業協同組合や、天塩川歴史資料館(旧天塩町庁舎)、天塩郵便局が軒を連ねており、道道の東の先にかつて駅があったことを偲ばせている。

なお、沿岸バス天塩バス停は天塩川歴史資料館の隣地にあり、道の駅てしおは国鉄天塩駅跡南方200mほどの同バイパス沿いに所在している。

隣の駅

北海道旅客鉄道
羽幌線
更岸駅 - <干拓仮乗降場> - 天塩駅 - <中川口仮乗降場> - 北川口駅

脚注

参考文献

関連項目

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