山城京平
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プロ入り前
興南高等学校では同校OBでコーチ、同じ左投手の島袋洋奨から指導を受けた[2]。高校時代は甲子園大会への出場はなく、3年夏は沖縄大会準々決勝で敗退した[3]。2学年上に宮城大弥がいた。
高校卒業後は亜細亜大学へ進学。4年春のリーグ戦で最優秀防御率に輝き、日米大学野球選手権大会の日本代表にも選出された[4]。
2025年10月23日に開催されたドラフト会議にて、読売ジャイアンツから3位指名を受けた[5]。11月14日に契約金6000万円、年俸1000万円で仮契約した[1]。背番号は36[1]。
巨人時代
2026年、3月29日に行われた阪神タイガースとの開幕第3戦目でプロ初登板・初先発したが、2回0/3を3安打5四死球5失点で降板した[6]。翌3月30日に一軍登録を抹消された[7]。