又木鉄平
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| 読売ジャイアンツ #46 | |
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| 基本情報 | |
| 国籍 |
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| 出身地 | 山梨県笛吹市 |
| 生年月日 | 1999年2月12日(27歳) |
| 身長 体重 |
182 cm 92 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2023年 ドラフト5位 |
| 初出場 | 2024年6月1日 |
| 年俸 | 970万円(2026年)[1] |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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派遣歴 | |
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この表について
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又木 鉄平(またき てっぺい、1999年2月12日 - )は、山梨県笛吹市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。読売ジャイアンツ所属。
プロ入り前
笛吹市立石和北小学校で3年生の時に石和北スポーツ少年団で野球を始める[2]。笛吹市立石和中学校では軟式野球部に所属していた。
山梨県立日川高等学校では甲子園大会出場はなく、3年夏は山梨大会準々決勝で東海大甲府に敗れた[3]。
高校卒業後は東京情報大学へ進学。1年春からリーグ戦に登板し、通算成績は15勝11敗。
その後は日本生命へ入社。1年目から公式戦に登板した。
2023年10月26日に開催されたドラフト会議にて、読売ジャイアンツから5位指名を受けた[4]。ドラフト後に開催された第48回社会人野球日本選手権大会では、JR四国との準々決勝に先発して6回を無安打無失点に抑え、勝利投手となった[5]。11月22日、契約金5000万円、年俸1000万円で入団に合意した(金額は推定)[6]。背番号は46[6]。担当スカウトは岸敬祐[7]。
巨人時代
2024年、開幕一軍入りは果たせず、二軍で8試合中7試合に先発し、1勝2敗、防御率2.75を記録[8]。6月1日に一軍に初登録され[9]、同日の埼玉西武ライオンズ戦(ベルーナドーム)でプロ初登板・初先発し、6回2安打(6四球)無失点で勝利投手の権利を持って降板したが、チームはサヨナラ負けを喫し、自身に勝敗はつかなかった[10]。シーズン終了後の11月には、西舘勇陽とともにプエルトリコのウィンターリーグであるリーガ・デ・ベイスボル・プロフェシオナル・ロベルト・クレメンテに参加。カングレへーロス・デ・サントゥルセに所属[11][12]。先発5登板を含む6登板で1勝0敗、防御率1.72を記録。12月25日に現状維持となる推定年俸1000万円で契約を更改した[13]。
2025年は3月8日の阪神タイガースとの二軍練習試合で先発登板したが、2回に打者スタンリー・コンスエグラの打球が頭部を直撃。担架で運ばれて途中交代した[14]。結果左下あごの打撲と診断されたが、大事に至ることはなく[15]、イースタン・リーグの開幕投手となった[16]。そのまま二軍調整を続けていたが、先発ローテーションの一角を担っていたフォスター・グリフィンが怪我でローテーションから外れたため、代役として8月9日の横浜DeNAベイスターズ戦(横浜スタジアム)での先発登板が決まった。しかし、4回2失点という結果だった[17]。翌日に一度登録抹消となったが、同21日からは救援投手として一軍帯同。ロングリリーフも無難にこなした[18]。
選手としての特徴・人物
腕の振り以上の球質と球威のある直球とキレ味鋭いスライダーのコンビネーションが武器[19]。直球の最速は153km/hを計測[20]。その他カーブ、カットボール、チェンジアップを操る[21]。
日本人の父親とフィリピン人の母親との間に生まれたハーフだが、中学生の時に父親が逝去。母親の下で育てられた[6]。母親が木村拓哉の大ファンで、自身の名前「鉄平」は1997年放送のドラマ『ラブジェネレーション』にて主演の木村が演じた片桐哲平が由来[23]。
2023年11月23日に開催された「ジャイアンツ・ファンフェスタ2023」で新入団選手として紹介された際、「僕の名前は『マタギ』ではなく『マタキ』です!ですが、回またぎは得意なので、『マタキの回またぎ』で覚えてもらえるとうれしいです」と挨拶した[24]。
愛称は「ヌホ」。グッズとして販売されているプレイヤーズフェイスタオルの文字のフォントに起因しており、漢字の「又木」がカタカナの「ヌホ」に見える[25][26]。
詳細情報
年度別投手成績
| 年 度 | 球 団 | 登 板 | 先 発 | 完 投 | 完 封 | 無 四 球 | 勝 利 | 敗 戦 | セ 丨 ブ | ホ 丨 ル ド | 勝 率 | 打 者 | 投 球 回 | 被 安 打 | 被 本 塁 打 | 与 四 球 | 敬 遠 | 与 死 球 | 奪 三 振 | 暴 投 | ボ 丨 ク | 失 点 | 自 責 点 | 防 御 率 | W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2024 | 巨人 | 3 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | .000 | 51 | 10.1 | 11 | 2 | 10 | 0 | 0 | 7 | 0 | 0 | 7 | 7 | 6.10 | 2.03 |
| 2025 | 5 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | .000 | 58 | 13.1 | 16 | 1 | 2 | 1 | 1 | 8 | 1 | 0 | 7 | 7 | 4.73 | 1.35 | |
| 通算:2年 | 8 | 5 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | .000 | 109 | 23.2 | 27 | 3 | 12 | 1 | 1 | 15 | 1 | 0 | 14 | 14 | 5.32 | 1.65 | |
- 2025年度シーズン終了時
年度別守備成績
| 年 度 | 球 団 | 投手 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 試 合 | 刺 殺 | 補 殺 | 失 策 | 併 殺 | 守 備 率 | ||
| 2024 | 巨人 | 3 | 0 | 2 | 0 | 0 | 1.000 |
| 2025 | 5 | 0 | 3 | 0 | 0 | 1.000 | |
| 通算 | 8 | 0 | 5 | 0 | 0 | 1.000 | |
- 2025年度シーズン終了時
記録
- 初記録
- 投手記録
- 初登板・初先発登板:2024年6月1日、対埼玉西武ライオンズ2回戦(ベルーナドーム)、6回無失点で勝敗つかず[27][10]
- 初奪三振:同上、3回裏に蛭間拓哉から空振り三振[27]
- 初勝利:2026年4月25日、対横浜DeNAベイスターズ5回戦(横浜スタジアム)、3回裏に2番手で救援登板、3回1/3無失点[28]
- 打撃記録
- 初打席:2024年6月23日、対東京ヤクルトスワローズ11回戦(東京ドーム)、2回裏にミゲル・ヤフーレから空振り三振
背番号
- 46(2024年[6] - )