大城卓三

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1993-02-11) 1993年2月11日(33歳)
身長
体重
187 cm
97 kg
大城 卓三
読売ジャイアンツ #24
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 沖縄県那覇市
生年月日 (1993-02-11) 1993年2月11日(33歳)
身長
体重
187 cm
97 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 捕手一塁手
プロ入り 2017年 ドラフト3位
初出場 2018年3月30日
年俸 1億6000万円(2026年)[1]
※2025年から複数年契約[注 1][2]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 日本の旗 日本
WBC 2023年
獲得メダル
男子 野球
日本の旗 日本
ワールド・ベースボール・クラシック
2023

大城 卓三(おおしろ たくみ、1993年2月11日[3]- )は、沖縄県那覇市出身のプロ野球選手捕手内野手)。右投左打。読売ジャイアンツ所属。

プロ入り前

2歳年上の兄である昌士(元西部ガス硬式野球部[4])と、双子の兄である建二(元トヨタ自動車硬式野球部[5])がおり、3兄弟揃って東海大学付属相模高等学校東海大学に進学している[6]。中学までは沖縄で育つ[3]。中学時代には、大矢明彦が名誉監督を務めるSOLA沖縄(現・大矢ベースボールクラブ)でプレー[7]。1学年上のチームメイトに山川穂高がいた[8]

高校は、建二と共に神奈川県東海大学付属相模高等学校に進学[6]一二三慎太とバッテリーを組み、第92回全国高等学校野球選手権大会に出場、チームは準優勝を遂げた(建二も一塁手として出場)[6]。1学年下に田中俊太菅野剛士渡辺勝がいる。

高校卒業後は、建二とともに東海大学に進学[6]。4年時には第63回全日本大学野球選手権大会で4番打者として優勝に貢献し、最高殊勲選手に選出された[6]。同年の首都大学野球リーグ戦でも春秋連続の首位打者を獲得した[6]

大学卒業後はNTT西日本に入社し[6]、3年目には社会人日本代表に選ばれた。

2017年10月26日に行われたドラフト会議では、読売ジャイアンツに3位指名を受け、11月20日に契約金6000万円、年俸1000万円で入団に合意した(金額は推定)[9][10]。背番号は46[11]

巨人時代

2018年、ルーキーながら田中俊太とともに開幕一軍入り[12]。開幕戦となった3月30日の対阪神タイガース戦(東京ドーム)に代打で一軍初出場を果たすと、初打席初安打を記録[13]。開幕第3戦となった4月1日の阪神戦では「8番・捕手」として初先発出場を果たす。巨人でルーキーが開幕カードで捕手として先発出場するのは2001年の阿部慎之助以来17年ぶりのことだった[14]。4月8日の対東京ヤクルトスワローズ戦(明治神宮野球場)では山中浩史からプロ初本塁打を記録[15]。6月10日の対埼玉西武ライオンズ戦(す東京ドーム)では増田達至からプロ初サヨナラ安打を記録[16]。ルーキーながら小林誠司に次ぐ2番手捕手として36試合に先発出場しスタメンでの打率は.271、代打としても打率.308という成績を残した[17]。オフに、1000万円増の推定年俸2000万円で契約を更改した[18]

2019年C.C.メルセデスなどが先発の時にスタメンマスクを被ることが多かったが、一塁手としての出場が増加。シーズン中盤戦は「5番・一塁手」に定着した。夏場以降は炭谷銀仁朗の戦線離脱もあって捕手としての出番が増えた。109試合に出場し、打率.265、6本塁打、30打点の成績を挙げた。オフに、1500万円増の推定年俸3500万円で契約を更改した[19]。背番号が24に変更されることも発表された[20]

2020年は開幕直前の6月3日にチームメイトの坂本勇人とともに新型コロナウイルスに感染したことが球団から発表された[21]。6月3日から入院していたが、複数回の検査を受けた結果陰性となり、坂本とともに6月12日に退院[22]。6月19日の開幕戦で一軍に合流した[23]。開幕スタメンマスクこそ小林に明け渡したが、開幕3戦目で小林が故障したことにより長期離脱となり、以降はチームトップの71試合のスタメンマスクを被り、全体では93試合で打率.270、9本塁打、41打点を記録し、打撃3部門すべてでキャリアハイを更新。また課題であった盗塁阻止率も前年の.172からリーグ3位の.340に上昇させ、攻守でチームのリーグ連覇に貢献するなど、正捕手に定着し大きく飛躍した1年となった[24]。オフには自身初のベストナインを受賞[25]。12月16日、1000万円増の推定年俸4500万円で契約を更改した[26]

2021年3月26日の開幕・横浜DeNAベイスターズ戦で「7番・捕手」として初めて開幕戦での先発出場を果たし、3回裏にシーズン第1号となる3点本塁打を打った。巨人の捕手が開幕戦で本塁打を打ったのは1978年の山倉和博以来43年ぶりであった[27][28]。8月24日の広島戦では自身初の2打席連続本塁打を放ち、プロ入り初の2桁本塁打を記録[29]。自己最多の125試合に出場するが、シーズン後半に打撃の調子を落とし最終的に打率は.231に終わる。その一方で守備率はリーグトップの.999、盗塁阻止率も前年をさらに上回るリーグトップの.447を記録し守備での成長を見せた[30]。12月15日、1000万増の推定年俸5500万円で契約を更改した[30]

2022年は、4月22日の中日ドラゴンズ戦でファウルフライを追った際にテレビカメラと衝突し左肘を縫う怪我で途中交代[31]。翌23日の中日戦も先発出場するが、走塁中に足を捻り途中交代し、大きな怪我には至らなかったが2日連続でアクシデントに見舞われる[31]。5月28日の北海道日本ハムファイターズ戦で左肘に死球を受け負傷交代し、31日の福岡ソフトバンクホークス戦からスタメン復帰するがノーヒットが続き、6月2日に二軍でミニキャンプを行う目的で登録抹消される[32]。二軍から復帰し初打席となった6月18日の中日戦で髙橋宏斗から本塁打を放ち、そこから調子を上げていく[33]。7月21日、チーム内で新型コロナウイルスの感染が広がり、大城も陽性判定を受け一時離脱をする[34]。8月3日に一軍復帰し、8月7日のヤクルト戦で梅野雄吾から第10号となる本塁打を放ち、2年連続の2桁本塁打を記録する[35]。最終的に115試合に出場して打率は.266、自己最多となる13本塁打を記録した[36]。12月6日、2500万増の推定年俸8000万円で契約を更改した[36]。シーズンオフに育成7位で大城元が入団し、大城卓の表記も使われるようになった。

2023年は、ワールド・ベースボール・クラシックに出場する野球日本代表(侍ジャパン)のメンバーに初選出された[37][38]。本戦では第3捕手の立場で3試合に出場し2打数無安打に終わったが、準決勝のメキシコ戦では9回に出場して巨人の同僚でもある大勢とバッテリーを組んで無安打無失点に抑え、9回裏の逆転サヨナラ勝利に繋げた[39]

シーズンでは引き続き正捕手として出場し、5月20日の対中日戦ではプロ初となる満塁本塁打で勝利に貢献[40]。夏場には岸田行倫にスタメンを譲る機会もあったが、9月21日の対阪神戦ではベンチスタートも6回二死に代打で登場すると青柳晃洋から満塁本塁打を放ちリードを5点に広げた。捕手による代打満塁本塁打は球団史上初の快挙となった[41]。最終的に一度も登録抹消されずにシーズンを過ごし、自己最多の134試合に出場し、打率.281を記録した他、16本塁打も自己最多、打点55も自己最多を記録するなど初めて規定打席にも到達した[42]。また、随所で犠打を決めることも多くリーグ最多の21を記録した。球団の捕手による規定打席到達は2017年の小林以来6年ぶりで左打ちに限れば捕手登録だった2014年の阿部以来9年ぶりである。盗塁阻止率も.373を記録するなど攻守で活躍し、3年ぶり2度目となるベストナインを獲得した[43]。また、2024年からは菅野智之から選手会長を引き継ぐ[44]。12月14日、5000万円増の1億3000万円で契約を更改した[45]

2024年は、開幕から23試合に出場したところで打率.188と不振に苦しみ、5月8日にリフレッシュを兼ねて二軍調整となった[46]。5月31日に一軍に合流し[47]、6月6日の千葉ロッテマリーンズ戦で西野勇士から同年第1号となる3点本塁打を放った[48]。6月23日のヤクルト戦で攻守で好成績を出している岸田と同時に先発出場をさせる兼ね合いで2021年10月以来3年ぶりとなる一塁手として出場[49]、その後も打撃成績が右肩上がりで復調したため引き続き一塁手としての出場が増加。その際、ポジションが重複する岡本和真が三塁及び外野に回って出場している。8月8日の試合で戸郷翔征から捕手の指名を受け[50]、8月14日も連続完封[51]して以降は、小林が菅野に専念したまま、シーズン終了まで大城が戸郷[52]と井上中心、岸田がグリフィンと山崎中心の併用制に移行している[53]。11月12日に国内FA権を行使せず残留する意思を球団に伝え[54]、11月27日に3000万円増となる推定年俸1億6000万円で複数年契約を結んだ[55]

2025年は、開幕一軍入りを果たすも、3月28日の対東京ヤクルトスワローズ1回戦(東京ドーム)では、同年福岡ソフトバンクホークスから国内FA権を行使し移籍してきた甲斐拓也が先発出場し、マスクをかぶった[56]。甲斐は4〜5月上旬まで主にスタメンマスクを被り、5月中旬以降からの交流戦でマスクをかぶった試合で全試合失点するなど不調に陥ったことで、岸田行倫が先発マスクを被ることが多くなり、主に代打での出場が多く目立った。その後も代打での起用が続き、4月23日の対中日ドラゴンズ5回戦(東京ドーム)では、8回一死一塁の場面で代打で出場し、後に決勝点となる2点本塁打を放ち、勝利に貢献した[57]。5月5日の対阪神タイガース7回戦(東京ドーム)では、戸郷翔征と同年初バッテリーを組んだもののチームは敗戦。(後半戦は途中から代打で登場し、守備交代でマスクを被ることが度々あった。)その後、一塁手での出場が度々あったものの、主な結果を出すことが出来ず、同じく捕手の小林誠司と入れ替わりで、5月24日に一軍登録を抹消された[58]。その後の二軍での試合で、本塁打を放つなど結果を残したことで、6月6日に一軍選手登録された[59]。一軍昇格後の6月19日の対北海道日本ハムファイターズ3回戦(東京ドーム)では、相手先発の北山亘基に9回一死まで0安打と抑えられた末、本塁打を放ち、ノーヒットノーランを阻止した[60]。その後、主な結果を出すことが出来ずに7月4日に一軍登録を抹消[61]。7月25日に、小林誠司と入れ替わりで再度一軍選手登録された[62]。8月9日の対横浜DeNAベイスターズ18回戦(横浜スタジアム)では、8回一死満塁の場面に代打で出場し、決勝点となる勝ち越し犠牲フライを放ち、チームの勝利に貢献した[63]。またCSファーストステージ(対横浜DeNAベイスターズ戦)2回戦では、延長11回に守備交代で出場し、石上にあとアウト一つのところから盗塁を許してしまい、チームはその後サヨナラ負けを喫した。最終的なシーズン成績は、自身最少となる56試合に出場、打率.187、3本塁打、10打点を記録[64]。11月23日をもって選手会長を退任し、後任に吉川尚輝が第22代選手会長に就任した[65]。11月27日に現状維持となる推定年俸1億6000万円で契約を更改した[66]

2026年は前年キャリアハイの成績を残した岸田行倫に次ぐ第二捕手として開幕一軍入りを果たした[67]。4月4日の対横浜DeNAベイスターズ2回戦(東京ドーム)にて4回に代打で同年初出場[68]。そして、翌5日の同じく対横浜DeNAベイスターズ3回戦(東京ドーム)にて、7回二死一・三塁(松本剛が盗塁し二死二・三塁)の場面で先発の井上温大に変わって代打で出場し、伊勢大夢から起死回生の代打逆転3点本塁打を放ち、勝利に貢献した[69]。 代打で起用した理由を阿部監督は「前日のヘッドスライディングを見て熱いものを感じた」と試合後に話している[70]。4月14日の対阪神タイガース4回戦(阪神甲子園球場)では海外FAを行使し同年楽天から加入した則本昂大と初バッテリーを組み[71]、8回二死の場面で同年無失点の投球を続けていたモレッタから同点となる本塁打を放った[72][注 2]。この試合にて自身は4打数3安打2打点と同年初の猛打賞を記録した[73]。4月17日の対東京ヤクルトスワローズ4回戦(明治神宮球場)にてウィットリーとバッテリーを組み、同月14日の阪神戦に続く2試合連続の猛打賞を記録[74]。ウィットリーの来日初勝利に貢献した[75]

選手としての特徴

身長187cmの強肩強打の大型捕手で、特に打てる捕手としての評価が高い[10]

打撃力はプロ入り時から期待され、1年目のキャンプでも監督の高橋由伸から飛距離やスイングの速さ、力強さを絶賛され[76]、その次の監督である原辰徳からも「コンタクト率はすごくいい子だから、打てるキャッチャーとして可能性をウンと持っている」と素質を評価された[77]。他の捕手との併用もあり、打撃を生かすために一塁手の守備につくこともある[78][79]

打撃を評価される反面、プロ入り後しばらくはリード面や守備面で首脳陣や解説者等からは問題点を指摘されてきたが[80][81]、守備面では2019年まで盗塁阻止率が2年連続で1割7分台と課題を抱えていたスローイングも、バッテリーコーチの相川亮二の指導のもと捕球から送球までのステップワークを改善した結果、正捕手に定置した2020年はリーグ3位の.340、2021年にはリーグトップの.447を記録するなど飛躍的に成長している[30][82][83]。また、実際はワンバウンド処理、フレーミング技術といった能力も高く[84]、データを元に評価した守備力は2020年は12球団の捕手で2位、2021年は12球団トップである[85][86]。2022年11月10日、同社により受賞が決まり2年連続のトップ選出となった[87]。2023年も「1位と僅差の2位」と評価され[88]、また米SIS社の選出するフィールディング・バイブル・アワードのNPB捕手部門にも選出されている[89]

野村克也は生前に、「大城の配球には相手打者の分析力や観察力がよく出ている」と語り、「一球一球、根拠のあるリードをしている」と度々、評価していた[90][91]

落合博満からも「自分が巨人の監督だったら大城を正捕手にする」と評価している[92]

人物

座右の銘は母校、東海大相模高校の門馬敬治監督から貰った「一日一生」である[93]

故郷・沖縄の言葉「なんくるないさ」に例えられるようなおおらかな性格で、原監督からは野球に対する姿勢や努力は認められながらも、そういったおおらなかな性格がいい結果につながることもあれば、欲の無さに見えてしまうこともあると指摘される[94]

2021年からミズノとブランドアンバサダー契約を締結し[95]、キャッチャーミットはフィット感がありミズノのキャッチャーミットの中でも一番大きくポケットが深いものを使用している[96]

高校・大学・巨人の先輩である菅野智之とバッテリーを組んだ時はメディアで「スガシロ」と呼ばれていた[97]

那覇市首里の出身で、2019年10月に火災で焼失した首里城再建のため、同年11月に大城を含む沖縄出身プロ野球選手の有志20人で106万円を那覇市に寄付した[98]。2021年2月には新型コロナウイルスの感染拡大により沖縄キャンプが無観客になったことを受け、首里の少年野球チームに自身のキーホルダー200個プレゼントし[99]、那覇市制100周年記念事業を支援するため個人で那覇市に100万円を寄付している[100]

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
2018 巨人 8320218519491204731701201530463.265.320.395.715
2019 109329294197816161143001512504807.265.330.388.718
2020 93308274307410191134110133060821.270.339.412.751
2021 12538634736801201112537003133428011.231.300.360.660
2022 11539334624921111314443109036427710.266.339.416.755
2023 13449042450119201161895500214363510912.281.341.446.787
2024 9632128319721703982700043123623.254.330.346.677
2025 56999161730329100001611274.187.242.319.561
通算:8年 81125282244203581101465885260224114212231756351.259.326.394.720
  • 2025年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

WBCでの打撃成績

















































O
P
S
2023 日本 3220000000000000010.000.000.000.000

年度別守備成績

捕手守備


捕手






















2018 巨人 662851931.990234286.176
2019 622762121.993229245.172
2020 854984825.9962473116.340
2021 1116336019.9992472621.447
2022 1146647948.9954634122.349
2023 13390682212.9987674225.373
2024 4527522031.00031174.364
2025 830411.9710110.000
通算 62435673351540.9962229920099.331
内野守備


一塁












2019 巨人 4625117124.996
2020 5330031.000
2021 1053417.983
2024 3927518228.993
2025 1271536.962
通算 11268344768.990
  • 2025年度シーズン終了時[注 3]
  • 各年度の太字はリーグ最高

表彰

記録

初記録
その他の記録

背番号

  • 46(2018年[11] - 2019年)
  • 24(2020年[20] - )

代表歴

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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