山田龍聖

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (2000-09-07) 2000年9月7日(25歳)
身長
体重
183 cm
82 kg
山田 龍聖
読売ジャイアンツ #64
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 富山県氷見市
生年月日 (2000-09-07) 2000年9月7日(25歳)
身長
体重
183 cm
82 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2021年 ドラフト2位
初出場 2025年6月10日
年俸 950万円(2025年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
派遣歴

山田 龍聖(やまだ りゅうせい、2000年9月7日 - )は、富山県氷見市出身のプロ野球選手投手)。左投左打。読売ジャイアンツ所属。

プロ入り前

氷見市立窪小学校4年生のときに窪スポーツ少年団に入り軟式野球を始め[2]氷見市立西條中学校では軟式野球部でエースと4番を務めた[3]

富山県立高岡商業高等学校に進学し、1年秋からベンチ入り。2年春に出場した第89回選抜高等学校野球大会では登板がなく、チームも初戦敗退した[4]。同年夏の第99回全国高等学校野球選手権大会にも出場し、東海大菅生との初戦(2回戦)で3点リードされた8回表から救援登板したが、1回1/3で6失点と乱れ、チームも敗れた[5]。 3年夏の第100回全国高等学校野球選手権記念大会にエースとして出場。春季大会から富山県予選までは絶不調だった[6]佐賀商業との1回戦で7回1失点の好投で勝利投手となり、佐久長聖との2回戦では4失点完投勝利した[7]。 3回戦では藤原恭大根尾昂らを擁する大阪桐蔭と対戦。敗れたものの後にこの大会で優勝を果たす相手に対し8回3失点、11奪三振と好投した[8]。 大会後に行われた第12回 BFA U-18アジア選手権大会の日本代表に選出され、ファーストラウンドのスリランカ戦に登坂した。

卒業後はJR東日本に入社。3年目の2021年に最速153km/hを記録するなど急成長し、注目を集めるようになる[9]。9月23日に行われた第92回都市対抗野球大会予選の東京第1代表決定トーナメント1回戦では10球団のスカウトが視察に訪れる中、東京ガスを相手に8回途中2失点と好投したが、援護がなく敗れた[9]

2021年10月11日に行われたプロ野球ドラフト会議にて読売ジャイアンツから2位指名を受けた。指名を受けた瞬間は明治神宮野球場にてセガサミーとの都市対抗東京第3代表決定戦を戦っている最中であった。指名を受けたことは試合中に監督から聞いたという。山田は9回から登板し延長15回まで無安打の好投を見せるも、10イニング目となった18回に本塁打を許しチームは敗れた[10]。翌日に行われた明治安田生命との東京第4代表決定戦においても8回から登板し延長10回までの3回無失点を抑え、チームの本大会出場に貢献した[11]都市対抗野球では、初戦のHonda熊本戦で先発登板。7回2/3を7安打10奪三振3失点で降板し、敗戦投手となった[12]。12月7日には、契約金7500万円、年俸1200万円で契約した(金額は推定)[13]。背番号は28[14]。担当スカウトは織田淳哉[15]

巨人時代

2022年は即戦力左腕という評価から一軍での活躍が期待されたが、一軍での登板はなく、二軍(イースタン・リーグ)でも9試合に登板して0勝2敗、防御率8.69という成績に終わった[16]。オフの11月22日に100万円減となる推定年俸1100万円で契約を更改した[16]

2023年は二軍で18試合に登板、うち先発は2試合のみながら、3勝0敗防御率2.48という成績となったものの、2年連続で一軍登板機会なしに終わった。右肩の故障に苦しみ、契約交渉を行った11月8日時点もリハビリを行っている。なお、交渉では100万円減となる推定年俸1000万円で契約を更改した[17]。また、背番号を90に変更した[18]。11月25日からは台湾で開催されるアジア・ウィンター・リーグに派遣される[19]

2024年は二軍で29試合に救援登板し、2勝2敗、防御率1.65の成績を残す[20][21]も、この年も一軍登板はなく、オフの10月26日に自由契約とすることが通知された[22]。翌11月には、京本眞秋広優人とともにオーストラリアウィンターリーグに参加し、アデレード・ジャイアンツに所属[23]。6試合に先発し1勝2敗、防御率は4.91ではあったが、25回2/3を投げて43三振を記録した[24]。帰国後の12月25日には、50万円減となる推定年俸950万円で育成選手として再契約した[25]

2025年、背番号が011に変更されることが公示された[26]。3月10日、ファーム・リーグ参加球団規程に基づき、翌11日から6月30日までの予定でウエスタン・リーグ参加球団のくふうハヤテベンチャーズ静岡に派遣されることが発表された[21][27][28]。くふうハヤテでの背番号は14[27]。派遣後は先発ローテーションの一角としてウ・リーグ公式戦9試合に登板して2勝2敗、防御率1.79の成績を残し、予定より約1か月前の5月28日付けで派遣終了となった[29][30]。巨人復帰後はイースタン・リーグで1試合先発登板すると、5回を投げ2安打1失点(自責点は0)と結果を残し[31]、6月9日に支配下登録された[32]。背番号は64[32]。翌10日には出場選手登録された[33]。同日、福岡ソフトバンクホークス戦(みずほPayPayドーム福岡)の2回裏、先発の井上温大が危険球退場になった直後の1死満塁の状況で緊急登板でプロ初登板を果たすと、最初の打者今宮健太を3ゴロ併殺打に打ち取り、3、4回は2四死球で無失点に抑え、5回裏に連打を許し1死1、3塁としたところで降板、後続の石川達也が同点適時打を許したため3イニング1失点(勝敗つかず)で終えた[34]。2回目の登板となった15日のオリックス・バファローズ戦(京セラドーム大阪)で1回を投げ1失点(被本塁打1)を喫すると、翌16日に登録を抹消された[35]

選手としての特徴

最速153km/hの直球スライダーが武器[36]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2025 巨人 200000000----154.031101100224.501.00
通算:1年 200000000----154.031101100224.501.00
  • 2025年度シーズン終了時

年度別守備成績



投手












2025 巨人 20000----
通算 20000----
  • 2025年度シーズン終了時

記録

初記録

投手記録

背番号

  • 28(2022年[14] - 2023年)
  • 90(2024年[18]
  • 011(2025年[26] - 同年6月8日)
    • 14(2025年3月11日[27] - 5月28日) ※くふうハヤテベンチャーズ静岡での背番号
  • 64(2025年6月9日[32] - )

代表歴

脚注

関連項目

外部リンク

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