川口冬弥

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1999-10-26) 1999年10月26日(26歳)
身長
体重
187 cm
88 kg
川口 冬弥
福岡ソフトバンクホークス #132
2025年4月11日 京セラドーム大阪
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 奈良県生駒郡三郷町
生年月日 (1999-10-26) 1999年10月26日(26歳)
身長
体重
187 cm
88 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2024年 育成選手ドラフト6位
初出場 2025年6月21日
年俸 440万円(2025年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

川口 冬弥(かわぐち とうや、1999年10月26日 - )は、奈良県生駒郡三郷町出身[2]プロ野球選手投手育成選手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。

プロ入り前

三郷町立三郷中学校時代は硬式野球チームの『香芝ボーイズ』に所属[2]東海大学菅生高校では3年間で一度も背番号をもらえなかった[3]

城西国際大学へ進学し、高校時代は最速130km/h程度であったが[3]、2年間で筋肉量を10kg増やし、3年時には145km/h前後を計測[4]。ただ、右肘の故障に苦しみ、リーグ戦で登板したのは4年時からであった。当時通っていたスポーツジムで、社会人野球のクラブチーム・ハナマウイの中山慎太郎投手コーチと偶然知り合い[3]、中山は「『野球を続けたいんですが進路が決まっていないんです』と話してくれた。こちらがハナマウイ関係者ということを伝えると、『興味ある』ということだったので連絡先を交換しました」「どんな投手か気になったのでスマホの動画サイトで調べました。投球フォームがバラバラなのに球速145km/hをコンスタントに出していました。すぐに本西厚博監督(当時)に連絡して、練習参加して入団という流れになりました」と当時を振り返り[5]、川口は大学卒業後同チームへ入団した。大学時代の最速は150km/h[6]

ハナマウイでは入団2年目(2023年)の7月に開催された一関市長旗争奪クラブ野球大会で決勝戦に先発し、7回3失点と好投[7]。チームは同大会初優勝を果たし[8]、川口は最高殊勲選手賞に輝いた[7]。また、10月に開催された関東連盟クラブ選手権大会では2試合に先発登板し、いずれも完投勝利[9][10]。チームは同大会初優勝を果たし[10]、川口は最高殊勲選手賞に輝いた[11]。エースとして活躍していたが、NPB入りを目指し[6]、12月4日に徳島インディゴソックス四国アイランドリーグplus)の特別合格選手として発表された[12]。背番号は13[13]

四国IL・徳島時代

2024年、前期はクローザーを務め、救援失敗は一度もなく7セーブを記録[14]。ただ、NPB三軍との試合では結果を残せず[15]、NPBスカウトに即戦力として見てほしいという想いから[14]、後期は先発へ転向して3勝を挙げた[16]。この年は29試合(5先発)の登板で3勝0敗2ホールド7セーブ防御率1.37と好成績を収め[17]、最優秀防御率と最多セーブのタイトルを獲得し[18]、チームの前後期優勝に貢献した[3]

2024年10月24日のNPBドラフト会議にて、福岡ソフトバンクホークスから育成6位指名を受けた[2]。11月8日には支度金300万円・年俸440万円(いずれも金額は推定)で仮契約を締結[1]。ハナマウイ出身者として初のNPB選手となった[5]。12月8日には背番号が132と発表された[19]

ソフトバンク時代

2025年は、5月の時点で腰に違和感が生じていたが、支配下契約を勝ち取れる可能性があったことからリハビリ組に合流せずプレーを継続[20]。その結果、6月までにウエスタン・リーグ16試合に登板して防御率0.98の成績を残し、同月20日に支配下登録されたことが発表された。背番号は95となった[21]。翌日の一軍初登板から5試合連続で無失点を継続していたが、7月17日のロッテ戦では同点の6回表に4失点を喫して降板。イニング成立前に試合が降雨コールドとなったため、失点は記録に残らなかった[22]が、翌18日に出場選手登録を抹消された[23]。二軍でのシーズン成績は32試合の登板で1勝0敗4セーブ、防御率0.76だった[24]が、違和感が生じていた腰の状態が悪化し、球速の低下など影響が表れ、シーズン終了後はリハビリ組に合流した[20]。10月27日に球団から戦力外通告を受けるとともに、育成選手としての再契約が打診されたと報じられた[25]。11月16日に育成再契約を結び[26]、背番号は入団時と同じ132となった[27]

2026年は、前年に引き続き、腰痛のリハビリに取り組んでいたものの[28]、4月15日、佐賀市内の病院にて、右肘内側側副靭帯再建術(トミー・ジョン手術)、関節クリーニング術を受けたことが球団より発表された[29]

選手としての特徴

投球フォームは、時計の文字盤でいえば“11時”の角度から振り下ろすオーバースロー[4]

最速155km/hのストレートスライダー、2種類を投げ分けるフォークを武器[16]に三振が奪える[15]。持ち球はその他にカーブチェンジアップがある[15]

詳細情報

年度別投手成績

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2025 ソフトバンク 500000000----216.030100700000.000.67
通算:1年 500000000----216.030100700000.000.67
  • 2025年シーズン終了時

年度別守備成績



投手












2025 ソフトバンク 501001.000
通算 501001.000
  • 2025年度シーズン終了時

記録

初記録

投手記録

独立リーグでの投手成績

出典は四国アイランドリーグplusデータサイト[17]





















































W
H
I
P
2024 徳島 29500030721.00022059.136013-285211091.370.83
通算:1年 29500030721.00022059.136013-285211091.370.83
  • 各年度の太字はリーグ最高

独立リーグでのタイトル・表彰

タイトル
  • 最優秀防御率:1回(2024年[18]
  • 最多セーブ:1回(2024年[18]

背番号

  • 13(2024年)
  • 132(2025年[19] - 2025年6月19日、2026年 - )
  • 95(2025年6月20日[21] - 同年終了)

登場曲

  • 「在るべき形」UVERworld(2025年 - )
  • 「そうしようか」Nissy(2025年 - )

[31]

脚注

関連項目

外部リンク

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