村上泰斗
From Wikipedia, the free encyclopedia
経歴
プロ入り前
猪名川町立白金小学校で1年生の時に白金メッツで野球を始める。猪名川町立猪名川中学校在学時は硬式野球のクラブチームである大阪箕面ボーイズでプレー。当時のポジションは捕手だった。
神戸弘陵学園高等学校に進学後、岡本博公監督から腕の振りの鋭さを買われ投手に転向。2年秋からエースを務めた。3年夏は兵庫大会3回戦で敗退し、3年間で甲子園大会出場はなかった[3]。
2024年10月24日に行われたプロ野球ドラフト会議において、宗山塁、柴田獅子を抽選で外した福岡ソフトバンクホークスより1位指名を受けた[4]。12月1日、契約金8000万円、年俸800万円で入団に合意した(金額は推定)[5]。背番号は20[6]。担当スカウトは稲嶺誉[7]。
ソフトバンク時代
2025年は、5月4日に行われた九州アジアリーグ・火の国サラマンダーズとの四軍戦で初の実戦登板を果たし、1回を三者凡退に抑えた[8]。非公式戦5試合に登板し防御率9.00という成績だったが、6月26日に右肘と腰の炎症によりリハビリ組に合流した[9]。結局この年に2軍戦も含めた公式戦の出場はなかった[10]。
2026年は、4月4日に行われた四国アイランドリーグplus香川との三軍戦でプロ初先発を果たし、3回1/3で72球、4安打3失点(自責1)だった[11]。その後ファーム非公式戦で7試合に登板し1勝、防御率4・67の成績を残し、4月24日のルートインBCリーグ山梨との三軍戦(山日YBS球場)では、自己最速を更新する156 km/hをマークした[12]。5月15日には初の公式戦となるファーム・リーグ西地区オリックス・バファローズ戦に6回からリリーフ登板。2回を2安打、2奪三振の2失点だった[13]。二軍戦で4登板2先発で防御率6.23という成績を残した後、8月14日には初の一軍昇格を果たした[14][15]。翌15日、対東北楽天ゴールデンイーグルス19回戦(みずほPayPayドーム福岡)で、2-6とリードされた8回に2番手として登板し、先頭に四球、2人目に右安打を許し無死一・二塁としたがその後は宗山塁、マッカスカー、YG安田を3者連続三振に抑えた[16]。この1登板のみで、翌16日に登録を抹消された[17]。
選手としての特徴
人物
詳細情報
記録
- 初記録
- 初登板:2026年8月15日、対東北楽天ゴールデンイーグルス19回戦(みずほPayPayドーム福岡)、8回表に2番手で救援登板、1回無失点[23]
- 初奪三振:同上、8回表に宗山塁から見逃し三振[23]
背番号
- 20(2025年[6] - )