松浦孝亮

From Wikipedia, the free encyclopedia

国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1979-09-04) 1979年9月4日(46歳)
デビュー 2008
松浦 孝亮
2010年SUPER GT
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1979-09-04) 1979年9月4日(46歳)
出身地 愛知県名古屋市
SUPER GTでの経歴
デビュー 2008
所属 JLOC
車番 87
過去所属 TEAM UPGARAGE
EPSON NAKAJIMA RACING
Autobacs Racing Team Aguri
apr
TEAM KUNIMITSU
出走回数 101
優勝回数 2
過去参加シリーズ
1999-2000
2001-2002
2003

2004-2007
2009
2008
フォーミュラ・ドリーム
ドイツ・フォーミュラ3選手権
フォーミュラ・ルノーV6・ユーロカップ
インディカー・シリーズ

フォーミュラ・ニッポン

松浦 孝亮(まつうら こうすけ、1979年9月4日 - )は、愛知県名古屋市出身のレーシングドライバー。

略歴

デビュー

鈴鹿サーキット主催の「鈴鹿サーキットレーシングスクール」(SRS-K及びSRS-F)の出身で、元F1ドライバー中嶋悟等からノウハウを学ぶ。

1994年にカートデビュー。翌年1995年に全日本選手権シリーズ西地域FRクラスに出場し、チャンピオンに輝く。1996年にWorld Cup in 鈴鹿FAクラスに出場して6位入賞し、アイルトン・セナメモリアルカップを受賞。翌年にはWorld Cup in 鈴鹿で日本人初優勝を果たす。以後、JAPANカートグランプリでも優勝し日本一に輝いた。同年フランスで行われた世界カート選手権の大会に出場し、2位表彰台を獲得し沢山の好成績を残した。

フォーミュラ・ドリーム

1999年にフォーミュラ・ドリーム(FD)でレーシングドライバーとして本格的に活動を開始し、初何度はシリーズ6位。翌年にはチャンピオンに輝く。このフォーミュラ・ドリームでは、井出有治柳田真孝等と争った。

F3/フォーミュラ・ルノー

2001年からARTAのバックアップを受けドイツF3に参戦。強豪がひしめき合う中、F3参戦1年目で1勝を挙げる。2002年にはシリーズランキング2位を獲得した。この年は、韓国で開催されたコリアスーパープリで3位、ポーで開催されたユーロカップで4位という成績を挙げたものの、マカオグランプリはリタイア、マールポロ・マスターズF3は下位28位という結果で終えた。ドイツF3でのパフォーマンスを評価され、2002年の末にスペインのヘレス・サーキットBAR Honda F1をテストドライブした。

2003年にはフォーミュラ・ルノーV6・ユーロカップに参戦し、シリーズ3位という結果を残した。

インディカー・シリーズ

インディ500(2005年)参戦中の松浦

2004年から、鈴木亜久里率いるスーパーアグリとエイドリアン・フェルナンデスがタッグを組んだ「スーパーアグリ・フェルナンデス・レーシング」のドライバーとしてインディカー・シリーズ(IRL)に参戦。

2007年は、スーパーアグリがパンサー・レーシングと提携したため、「スーパーアグリ・パンサー・レーシング」という新体制の下で参戦することになったが、成績には結びつかず、インディジャパンにおいては出走5秒でリタイア。スーパーアグリとパンサー・レーシングの提携も同年限りで解消されたためシートを失った。

2008年からはシリーズの中継をしているGAORAで解説を行っている。

2009年はコンクエスト・レーシングからインディジャパンにスポット参戦し17位に入った。

フォーミュラ・ニッポン

2008年から、「DoCoMo TEAM DANDELION RACING」のドライバーとしてフォーミュラ・ニッポンに参戦。フォーミュラ・ドリーム以来8年ぶりの国内レースへの参戦となる。

シリーズ開幕より芳しくない結果が続いたが、第7戦富士ラウンドのレース1で8位となり、レース2はリバースグリッドによりポールポジションからスタートすることになった。しかし折からの大雨のためスタートからセーフティカー先導で周回し、6周目に赤旗でレースが中断、そのままレース終了となり、規定により赤旗提示の前の周である5周目を先頭で通過した松浦が結果的に初優勝することになった。

SUPER GT

2017年鈴鹿1000kmでGT500優勝した松浦

2008年、09年はTEAM KUNIMITSUから第3ドライバーとしてGT500クラスにスポット参戦、2010年からaprよりSUPER GT・GT300クラスにカローラアクシオで本格参戦し(パートナーは嵯峨宏紀)、2011年および2012年は、ARTAからGT300クラスにガライヤで参戦した(パートナーは高木真一)。

2013年は、GT500クラスにステップアップしARTAからホンダ・HSV-010で参戦(パートナーはラルフ・ファーマン)、第4戦菅生で荒れたコンディションで上位陣が脱落する中で最後まで生き残り、GT500初優勝を遂げた。

2017年は、長年在籍をしていたARTAを離脱し、NAKAJIMAレーシングに移籍をする。第6戦の鈴鹿にて、自身としては2013年以来の、チームとしては10年ぶりの勝利を最後の鈴鹿1000kmで飾る。レース後の会見では感極まる場面を見せた。

略歴

シリーズ チーム レース 優勝 PP FL 表彰台 ポイント 順位
2001 ドイツF3選手権 プレマ・パワー 20 1 0 1 2 83 5位
2002 ドイツF3選手権 プレマ・パワー 19 2 6 2 5 55 2位
2003 フォーミュラ・ルノーV6ユーロカップ ARTAシグナチュール 18 3 2 1 9 286 3位
2004 インディカー・シリーズ スーパーアグリフェルナンデス・レーシング 16 0 0 0 0 280 14位
2005 インディカー・シリーズ スーパーアグリ・フェルナンデス・レーシング 17 0 0 1 0 320 14位
2006 インディカー・シリーズ スーパーアグリ・フェルナンデス・レーシング 14 0 0 2 0 273 13位
2007 インディカー・シリーズ スーパーアグリ・パンサーレーシング 17 0 0 0 0 303 16位
2008 フォーミュラ・ニッポン DOCOMO TEAM DANDELION RACING 11 1 0 0 1 3.5 18位
SUPER GT - GT500 TEAM KUNIMITSU 1 0 0 0 1 19 18位
2009 スーパー耐久 - ST-3 TEAM 5ZIGEN 8 4 3 0 6 111‡ 1位
インディカー・シリーズ コンクエスト・レーシング 1 0 0 0 0 13 36位
SUPER GT - GT500 TEAM KUNIMITSU 2 0 0 0 0 5 17位
2010 SUPER GT - GT300 apr 7 0 0 0 1 22 10位
2011 SUPER GT - GT300 Autobacs Racing Team Aguri 8 0 1 0 1 26 12位
2012 SUPER GT - GT300 Autobacs Racing Team Aguri 8 0 0 0 0 33 9位
2013 SUPER GT - GT500 Autobacs Racing Team Aguri 8 1 0 0 1 31 11位
2014 SUPER GT - GT500 Autobacs Racing Team Aguri 8 0 0 0 0 14 16位
2015 SUPER GT - GT500 Autobacs Racing Team Aguri 8 0 0 0 0 10 14位
2016 SUPER GT - GT500 Autobacs Racing Team Aguri 8 0 0 0 0 16 15位
2017 SUPER GT - GT500 NAKAJIMA RACING 8 1 0 0 1 32 11位
2018 SUPER GT - GT500 NAKAJIMA RACING 8 0 0 0 0 4 19位
2019 SUPER GT - GT300 TEAM UPGARAGE 8 0 0 0 0 22 15位
2020 SUPER GT - GT300 TEAM UPGARAGE 8 0 0 0 1 15 15位
スーパー耐久 - ST-1 フィールド・マネジメント・レーシング 1 0 0 0 1 27‡ 3位
2021 SUPER GT - GT300 JLOC 8 0 0 0 0 8 20位
2022 SUPER GT - GT300 JLOC 8 0 0 0 1 23 15位
スーパー耐久 - ST-1 D'station Racing 1 0 0 0 1 151.5‡ 2位
2023 SUPER GT - GT300 JLOC 8 0 0 0 1 19 15位
2024 SUPER GT - GT300 JLOC 8 0 0 1 0 26 11位
2025 SUPER GT - GT300 JLOC 6 0 0 0 0 17* 20位*
  • ‡:チーム順位

レース戦績

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI