特牛駅
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年表
- 1928年(昭和3年)9月9日:鉄道省小串線(現・山陰本線)滝部駅 - 阿川駅間延伸時に開設、客貨取扱開始[1]。
- 1933年(昭和8年)2月24日:小串線が山陰本線に編入、同線所属となる。
- 1961年(昭和36年)8月1日:貨物取扱廃止[1]。
- 1971年(昭和46年)12月20日:荷物扱い廃止[2]。直営駅から簡易委託駅化[3][4][5]。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化に伴い、JR西日本の駅となる[1]。
- 2023年(令和5年)
- 2025年(令和7年)9月27日:当駅を含む人丸駅 - 滝部駅間で運転再開。本数は被災前と変わらず1日11本。観光列車「○○のはなし」は、9月27日(土)から運転を再開した。また、豪華寝台特急「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」も、9月29日(月)(始発駅基準)より、山陰コース(上り)の山陰線経由での運転を再開した [9] [10]。
駅名の由来
地名「コトイ」に由来し、難読駅名として様々なメディアで取上げられる。地名の由来は、牝牛の意味を示す方言の「コトイ」から取ったと言う説と、日本海に面した小さな入り江を示す「琴江」から取ったと言う説がある[11]ほか、「重荷を負う強健な牛」の意から来たとも言われる。なお、和歌においては「特牛」は屯倉の枕詞として用いられるが、屯倉では朝廷の業務に用いる牛馬を育成したからではないかと言われており、『新撰字鏡』(巻五・牛部)・『倭名類聚抄』(牛馬部・牛馬類)・『類聚名義抄』(佛下末【2ウ】31牛牜)・『色葉字類抄』(巻下上 古 動物)・『伊呂波字類抄』(古 動物付動物躰)といった平安時代の代表的な辞書全てに「特牛(コトイ)」の項目が存在し、後白河法皇が編纂した『梁塵秘抄』(巻三)にも淡路の門(摂津国淡路にあった淀川の水門)を渡る牛を詠んだ今様の中にも「特牛」の句が登場している[12]。
駅構造
利用状況
駅周辺
下関市豊北町の北西部に位置する。駅は内陸部にあり、斜面上の集落のかなり高いところに位置している。駅前は国道435号が通っており、当駅より北側では山陰本線より西側に分かれ、南側では山陰本線に並行している。駅の近辺は田畑や民家が点在する小集落で、観光地・大規模施設などは無い。駅名と同名の特牛集落(大字神田特牛)・特牛漁港は当駅前から国道435号を約3km北西に進んだ海沿いにある。なお、当駅は角島への最寄り駅でもある。角島へは特牛漁港から国道191号(北浦街道)・山口県道275号島戸港線を北上したところにある角島大橋を通ると行くことが出来る。
- 国道435号
- 角倉山
バス路線
駅前にブルーライン交通の特牛駅バス停がある。特牛集落・角島大橋を経由して当駅と角島を結ぶ路線がある。角島大橋の架橋以前は角島への町営渡船乗り場であった肥中港・島戸港と当駅を結んでいた。また、豊北町中心部・豊田町中心部への路線もある。


