葭原神社
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位置
北緯34度28分21.0秒 東経136度43分44.0秒 / 北緯34.472500度 東経136.728889度座標: 北緯34度28分21.0秒 東経136度43分44.0秒 / 北緯34.472500度 東経136.728889度
主祭神
佐佐津比古命
宇加乃御玉御祖命
伊加利比賣命
宇加乃御玉御祖命
伊加利比賣命
| 葭原神社 | |
|---|---|
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| |
| 所在地 | 三重県伊勢市中村町字向垣外813[1] |
| 位置 | 北緯34度28分21.0秒 東経136度43分44.0秒 / 北緯34.472500度 東経136.728889度座標: 北緯34度28分21.0秒 東経136度43分44.0秒 / 北緯34.472500度 東経136.728889度 |
| 主祭神 |
佐佐津比古命 宇加乃御玉御祖命 伊加利比賣命 |
| 社格等 |
式内社(小) 皇大神宮末社 |
| 創建 | 延暦23年(804年)以前 |
| 本殿の様式 | 神明造 |
| 別名 | 伊賀井の森 |
| 主な神事 | 神嘗祭 |
| 地図 | |
葭原神社(あしはらじんじゃ)は、三重県伊勢市中村町にある神社。伊勢神宮皇大神宮(内宮)の末社。内宮の末社16社のうち、第3位である[2]。式内社で『延喜式神名帳』記載の「荻原神社」に比定される[3]。内宮の別宮である月讀宮の境内にある。
社名
祭神
歴史
倭姫命が定めた神社である[4][5]。『皇太神宮儀式帳』(延暦儀式帳)に記載がある[3]ので、同帳成立の延暦23年(804年)以前から存在した[7]ことになる。また『日本文徳天皇実録』の天安2年2月丙戌(ユリウス暦:858年3月12日)条には次のような記述がある[3]。
| 「 | 在伊勢国正六位上葭原神預官社 | 」 |
『延喜式神名帳』には「荻原神社」とあり、後の時代に葭原神社と荻原神社が同じ神社であるかどうか議論された[3]。荒木田経雅と薗田守良はともに葭原神社と荻原神社が同じ神社であると判断し、その読みは「あしはら」ではなく「おぎはら」だとした[3]。明治時代に神宮では、葭原神社と荻原神社が同じ神社であると断定し、読みを「あしはら」とした[9]。
中世に社殿が荒廃し、明治初期には社地不明となっていた[8]。神宮では明治の初期、社殿が中絶した摂末社21社の再興を目指した[11]。まず1874年(明治7年)、宇治山田神社・鴨下神社・津布良神社・大津神社の再興が実現した[12]。続いて1875年(明治8年)には5社の再興を教部大輔に願い出た[11]。この願い出は聞き届けられなかったが、1880年(明治13年)に御塩殿神社の東西御倉の古材をもって葭原神社と小社神社の社殿が造営された[11]。残る15社については再興されることはなかった[11]。
