津布良神社
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位置
北緯34度28分2.5秒 東経136度35分54.3秒 / 北緯34.467361度 東経136.598417度座標: 北緯34度28分2.5秒 東経136度35分54.3秒 / 北緯34.467361度 東経136.598417度
主祭神
津布良比古命
津布良比賣命
津布良比賣命
| 津布良神社 | |
|---|---|
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| 所在地 | 三重県度会郡玉城町積良字坪垣内1000 |
| 位置 | 北緯34度28分2.5秒 東経136度35分54.3秒 / 北緯34.467361度 東経136.598417度座標: 北緯34度28分2.5秒 東経136度35分54.3秒 / 北緯34.467361度 東経136.598417度 |
| 主祭神 |
津布良比古命 津布良比賣命 |
| 社格等 | 皇大神宮末社 |
| 創建 | 延暦23年(804年)以前 |
| 本殿の様式 | 神明造 |
| 主な神事 | 神嘗祭 |
| 地図 | |
津布良神社(つぶらじんじゃ)は、伊勢神宮皇大神宮(内宮)の末社。水の神を祀る神社で、内宮の禰宜を務め鎮座地周辺を開拓した荒木田氏との関係が深い[1][2]。
歴史
『皇太神宮儀式帳』によれば、倭姫命が津布良神社を定め、御刀田(神田)を宛てたという[8]。室町時代には、山宮祭(後述)の直会が雨天時に津布良神社拝殿で行われたという記録が残っている[9]。戦国時代以降、社地すら不明となってしまう[7]。津布良神社が廃絶している間に、地域住民は八王子社(八柱神社)を氏神としてその境内地に建てた[10]。
明治に入ると、神宮は八柱神社を津布良神社に比定し、津布良神社へ改称するよう求めた[10]。積良村の住民はこれに反発し、もし八柱神社を津布良神社に改称するのであれば、同じ境内にもう1つ社殿を建設し、その社殿を八柱神社として村に任せるよう主張した[10]。1873年(明治6年)8月に、八柱神社はそのままとし、新しく津布良神社の社殿を境内に建設することで交渉が妥結した[10]。翌1874年(明治7年)、宇治山田神社・鴨下神社・大津神社とともに社殿が再興された[11]。八柱神社は、1907年(明治40年)11月30日に外城田神社(後に東外城田神社)へ合祀された[12]。
1896年(明治29年)5月に建て替えが行われた[5]。2013年(平成25年)2月1日放送の三重テレビ放送の番組『お伊勢さん』第2回に津布良神社が登場した[13]。