江神社
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位置
北緯34度30分10.4秒 東経136度47分21.1秒 / 北緯34.502889度 東経136.789194度座標: 北緯34度30分10.4秒 東経136度47分21.1秒 / 北緯34.502889度 東経136.789194度
主祭神
長口女命
大歳御祖命
宇加乃御玉命
大歳御祖命
宇加乃御玉命
| 江神社 | |
|---|---|
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| 所在地 | 三重県伊勢市二見町江字明神奥992 |
| 位置 | 北緯34度30分10.4秒 東経136度47分21.1秒 / 北緯34.502889度 東経136.789194度座標: 北緯34度30分10.4秒 東経136度47分21.1秒 / 北緯34.502889度 東経136.789194度 |
| 主祭神 |
長口女命 大歳御祖命 宇加乃御玉命 |
| 社格等 |
式内社(小) 皇大神宮摂社 |
| 創建 | 垂仁天皇25年(伝) |
| 本殿の様式 | 神明造 |
| 別名 | 巻江の明神 |
| 主な神事 | 神嘗祭 |
| 地図 | |
祭神
歴史
御塩浜から船で五十鈴川の入り江に到着した倭姫命は、佐見津日子命に出迎えられ、江神社を定めたという[4]。神宮の摂末社では、倭姫命を出迎えた神を祭神とする神社が多いが、江神社に祀られている3柱に佐見津日子命は含まれていない[8]。『倭姫命世記』によると、垂仁天皇25年に倭姫命は堅田神社を定めた後、五十鈴川の入り江で佐見津日子命に会い、地名を尋ね、「江社」を定めたと記している[8]。その後建久3年(1192年)の『皇太神宮年中行事』に「江神社祝堅田神社祝等所役」の文字が見られるが、退廃を余儀なくされる[7]。
寛文3年10月11日(グレゴリオ暦:1663年11月10日)に再興された[7]。再興地については御巫清直が本来の社地は江寺(現・太江寺)で、退廃の際に江村の産土神(現・栄野神社)へ移転したのではないかという説を唱え、疑義を表明した[6]。また『二見町史』は、江神社が明治以前は「八王子社」と呼ばれ、祭神を「氏神佐美都彦命」としていたと記している[9]。
