度会国御神社
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位置
北緯34度29分19.7秒 東経136度42分7.9秒 / 北緯34.488806度 東経136.702194度座標: 北緯34度29分19.7秒 東経136度42分7.9秒 / 北緯34.488806度 東経136.702194度
主祭神
彦國見賀岐建與束命
| 度会国御神社 | |
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| 所在地 | 三重県伊勢市豊川町 |
| 位置 | 北緯34度29分19.7秒 東経136度42分7.9秒 / 北緯34.488806度 東経136.702194度座標: 北緯34度29分19.7秒 東経136度42分7.9秒 / 北緯34.488806度 東経136.702194度 |
| 主祭神 | 彦國見賀岐建與束命 |
| 社格等 |
式内社(小) 豊受大神宮摂社 |
| 創建 | 雄略天皇22年以前 |
| 本殿の様式 | 神明造 |
| 別名 | 度会国都御神の社 |
| 例祭 | 神嘗祭(10月19日) |
| 地図 | |
度会国御神社(わたらいくにみじんじゃ)は、伊勢神宮豊受大神宮(外宮)の摂社。外宮の宮域内にあり、北御門脇の小道沿いに鎮座する[1]。
歴史
度会国都御神の社(わたらいのくにつみかみのやしろ)と称していたが、現在は『延喜式神名帳』に記載されている名称に従い、度会国御神社と表記される[6]。
創建年代は不詳である[7]が、外宮の鎮座(雄略天皇22年)以前よりあったと考えられている[1]。櫻井勝之進は度会国御神社に関連して、以下のように記述している。
すなわち、磯部の有力者であった度会氏に豊受大御神の祭祀をゆだねた[8]際に、度会氏が祭っていた神々も伊勢神宮の中に組み込まれたものと考えられる。
創建当初の鎮座地は山田前田村であったとされ、『二宮管社沿革考』は、前野村住民は産土神として度会国御神社を奉仕したと記している[2]。中世には世義寺が境内に建てられたことにより一時祭祀が断絶するが、江戸時代の寛文年中(1661年 - 1672年)に世義寺が移転し、度会国御神社の神霊も同地に移された[2]。移転前の世義寺は、現在の伊勢市八日市場町、神宮山田工作所付近にあった[2]。後に度会国御神社の遥拝所であった現在地に、寺から分離して遷座したという[2]。
社殿は1956年(昭和31年)12月に建て替えが行われ、1980年(昭和55年)4月10日に大規模な修繕がなされた[5]。
